第2話 最期の曲 2

 楓とそんな話をしてからしばらくして、美緒は本格的に自分の不調が露わになってきていた。いくら練習してもタイムはだんだん悪くなるばかりで、家に帰っては母親に八つ当たりをし、終いにはその八つ当たりが新入部員にまで広がってしまっていた。そんな美緒を心配した楓や友人たちは、どうにか元の美緒に戻ってくれるよう努力したけれど、それが返って火に油を注ぐだけになった。美緒はここ最近楓と一緒に帰ることもなくなって、一人でただぼんやりと夕日を見ながら帰ることが多くなった。


 そんなある日のことだった。美緒は部活から帰って早々シャワーも浴びずにベッドに横になり音楽を聴こうとすると、知らないプレイリストが自分の端末に追加されていることに気が付いた。


 「なんだろうこれ」


 気になってタップしてみると、音楽1、音楽2、といった簡素な題名とともに、20数曲が収録されていて、アーティスト情報を辿ろうとしても、不明の二文字が画面に出てくるだけだった。


 「あれ、これって確か、楓が前に言ってたやつかな」


 不思議なプレイリスト。人生で最高の幸福を得られる音楽。


 美緒は恐る恐る一番最初の曲である、音楽1を再生してみた。


 再生された曲は、題名と同じようにとても簡素なもので、美緒は音楽のことは詳しくないけれど、これは曲というよりたった〈一つの音〉だった。そしてそのたった一つの音が、特に何かが起こるわけでもなく、約一分間無機質に流れて曲が終わる。


 「なにこれ。意味わかんない」


 言葉では表せないほどの落胆と、脱力感だった。


 この音楽、というか音を聞けば、今の自分の中にある燻りみたいなものを一瞬で吹き飛ばしてくれると思ったのに。何に対してもイラつきを抑えられない私がいなくなると思ったのに。


 「ああ!もう!」


 美緒は自分がそんな胡散臭いことに一瞬でも頼ってしまったことになんだかとても憤りを感じ、そして今の自分の態度とか友達に対する言葉遣いとかに対しても怒りを覚えて、部屋の中で叫んだ。


 明日、ちゃんと謝ろう。友達にも、後輩にも。あと、お母さんにも。


 美緒はそう決めて部屋を出て、お風呂場に向かった。シャワーを浴びて気持ちを切り替えて、明日はちゃんと楓と一緒に帰ろう。と、そう決意したのだった。


 翌日になり、美緒は朝早くに登校して、楓の教室の前でいつも早めに登校してくる楓を待った。朝早い時間の学校は人もまばらで、先生すら数人しかいない。美緒が暇つぶしに音楽を聴いていると、見慣れたポニーテール姿の楓が、こちらの教室に向かって、廊下を歩いている姿を見つけた。


 美緒は駆け寄って勢いよく頭を下げた。


 「楓!最近ごめん!最近の私、めっちゃ態度悪かった。ほんとにごめん」


 「わぁどうしたの美緒。ちょっと落ち着いて」


 二人は久しぶりにちゃんと目を見て会話した後、仲直りをした。そして美緒は他の部員のところにも行って同じように謝ったあと、仲直りすることができたのだった。


 そうしてたくさんの仲直りをした後、美緒は久しぶりにすっきりとした気持ちで部活に出た。するとこれまでの不調が嘘のようなびっくりするほどの記録が出て、顧問にも「完全復活だな」と肩をたたかれ、帰り道には楓と一緒に復活記念でコンビニのアイスを買うと、めったにない《あたり》を引き当てた。


 これってもしかして、このプレイリストのおかげ?


 家に帰った美緒は、リビングのソファに深く腰を掛けながら、不思議なプレイリストを見ていた。音楽1を聴いただけだが、なんだかすべてが好転している気がする。けれどそれはたまたまかもしれない。そんな喜んでいのか疑えばいいのかわからない気持ちを持ったまま、美緒は音楽2を聴いてみることにした。


 音楽が再生されると、音楽1とは違いちゃんと曲になっていた。最初に聴いた一つの音以外の音も当然奏でられていて、今度はさらに後ろに伴奏のようなものある。よくわからない音楽だけれど、なんだか明るさをまとったそれは、美緒の心を穏やかにしていく。しばらく聞き入っていると肩をとんとんと叩かれた。


 「ちょっと聞いてるの、美緒」


 「あ、お母さんごめん。なに?」


 「お風呂、早く入っちゃって」


 「え、お風呂?お母さんが入るんじゃないの?」


 「何言っているの。お母さんもう入ったわよ」


 「え、嘘。早くない?」


 「早くないわよ。ほら早く入っちゃって」


 美緒が時計を見ると、音楽を聴き始めてからすでに30分が経過していた。ループ再生していたのか、あっという間だった気がする。美緒は少し疑問に思いながらも、お風呂へ向かった。



 またさらに次の日、美緒が部活へ向かうと、グラウンドで楓と顧問が何やら話し込んでいるのが見えた。


 「よろしくお願いします」


 声をかけてグラウンドに出ると、二人は美緒に気づいたようで、顧問が手招きをした。


 「どうしたんですか」


 「いや、それがな。なんて言ったらいいか。その、加藤お前、今の調子どうだ?」


 「調子ですか。最近はよくなってきてますけど。どうしたんですか?」


 「その、美緒。実はね、私今日の体育の時間で足ケガしちゃって、来週の大会出られそうにないの」


 ドクンっと美緒の心臓が鳴った。


 「まぁ、つまりな。今度の大会のレギュラーメンバーにお前を入れたいと思ってる。できるか?」


 「はい。できます。」


 顧問の話を遮る勢いで、美緒は返事をした。このことはすぐに部員たちに伝わって、部員はみんな、美緒にがんばってとか、大丈夫と声をかけてくれた。その日の帰り道には、楓も頑張ってと声をかけてくれ、美緒はさらに部活に励むようになった。

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