七月の嘘

 木漏れ日の差す木の上——というよりは木の中で、彼女は本を読みながらいつもの定位置で文庫本を読む。幹に背を預けて、足を伸ばしてくつろぐ体勢で。集中して読み耽っていると、不意に上から影が差した。


「何読んでんの? せっかくの秘密基地設立十周年記念日だってのに」

「『死に至る病』」

「それ、今、ここで読む必要あるか?」

「好きなことするのが秘密基地の醍醐味でしょ」

「まあな」

 その声にどこか不満げな響きを感じ取って目を上げると、ひどく素直に嬉しそうに笑った顔にぶつかった。気恥ずかしくて、文庫本に目を落として読書を再開すると、わざとらしいため息が降ってくる。

「……あの頃はこーんなにちっちゃくて可愛かったのになあ」

「今は可愛くない?」

 意趣返しとばかりに直球で返してみたが、くつくつと笑う気配が伝わってきたから、完全に失敗したのだとすぐに気づいた。本が取り上げられ、目の前に無精髭の残る顔が迫る。

「よくまあ、俺も十年も付き合ったよなあ?」

「……別に付き合って、なんて言ってない」

「しょうがないだろ、出会いをしちまったんだから」

「変態?」

「うるせえ」

「それに、嘘つきだし」

「ああ? 何がだよ」

「秘密基地、設立十周年て」

「嘘じゃねえだろ?」

「十年前の今日、ここで初めて会った。設立記念日が今日ってことは、あの時点では秘密基地じゃなかった」


 あ、と間抜けな表情になった無精髭のその顔に、おそらくは泣いていた子供への優しい嘘を確認して、彼女は仕方がないな、と十年前と同じ派手なアロハの襟首を引き寄せた。

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海月堂古書店綺譚 橘 紀里 @kiri_tachibana

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