第16話 まずは一匹
奴らを探す途中町の法律というか、この町を統制しているシステムについて知ることになった。
どうしてここまで不安も、恐怖もなしに安定的に統制されているのか気になってたんだけど、社会主義と階級制度がその方法のネタだった。
当然なことにもこの中には悪魔たちと戦うのを恐れて探索をあきらめた人々がいた。だがみんな一緒に帰るってことを大前提にしているだけそんな人たちにも階層で得た利益を公平に分けるのがこの町の規則だった。
ただし彼らには
働かないもの食うの減らす、だな。実に適切な分配だしどっちを選ぶかは純粋に自分の意志だったのでこんなにも早く安定を得ることができたのだ。
うちの学校は女子生徒の割合が男子生徒よりずっと高かった。身体能力が男より低いだけ女子生徒たちの大半はクレーを選ぶことになるんだけど彼女たちも本来なら農業や家畜を飼っていたであろうが、男とは違って女である彼女たちには選べる選択肢がもう一つあった。
「地獄の中の幸せ。ペアリウイング、か……」
本来なら町を飾っていただけの一つの建物がピンク色と紫色が漏れ出る遊郭になっていた。
遊郭。つまり、性を遊びにしてストレスを解消する店だ。
クレーになったら農業や牧畜、あるいは警備の仕事に自分の意思とは関係なく配置されることになるんだけど遊郭での仕事だけは本人の志願でやれるようになるらしい。
ふざけてるのは遊郭での仕事が命を懸けて戦っているルビーたちよりも稼ぎが高いってことだった。おかげで女クレーの三分の一はあの遊郭で働いているらしい。
――話がずれてしまったんだけど、俺は今、夜が訪れた町の陰に隠れてペアリウイングの入り口を監視していた。三人の中で特に性欲が強い中山が毎日あの店に通っているってことを聞いたからだ。
そして予想通り…… ポーションでも使ったのか月夜にやられた傷がきれいサッパリと消えた中山が店の中に入るのが見えた。
自分の手を見下ろした。震えている。あれだけ覚悟したのにも…… 奴の顔を見た瞬間恐怖が迷いとなって体を震わせた。
でも。
『殴られたものだけが知っている恐れ。いじめられた者たちだけが持っているトラウマ。それを、打ち壊さなければ。』
震えるこぶしを強く握る。そして思いっきり、壁にたたきつけた。
「俺はもう、迷わない。」
一度の深呼吸で肺に残っていたすべての空気を吐き出し、堂々と店の中に入った。
そこには知らない女の子と何かを放しながら深く悩んでいる中山がいた。近づくと奴が俺の気配に気づき首を上げるので、顔をぶっ飛ばした!
「クアッ……?!」
「え……っ?!」
手に頬をつぶした感覚が伝わり中山の短い呻きと女の子の驚く音が順番に聞こえてきた。
倒れて呻いている中山。その光景と手に残った感触によって心臓が異常に暴れている。でもその感覚は、さらに俺の勇気をあおっていた。
「いてええぇ……!誰だてめえー…… は?如月……?!」
やっと目が合った中山の顔が驚きに染まる。続いて怒りで表情をゆがませる奴の腹をけって再び倒し、一歩遅れて悲鳴を上げる女の子の声を後にして店の外を走った。
騒ぎになることで俺にいいことなんて何一ついない。最悪の場合残った二人を呼び出すことになるかもしれない。月夜は三人まとめてかかってきても俺にはかなわないって言ってたけど、やっと勇気を出した俺としては一番確実な方法を選びたかった。
町の中で最もひとっけがないところで待つと、怒った奴の声がどんどん近づいてくるのが聞こえてきた。
「テメエ!どこだ如月!」
「おい、うるせえぞ中山。近所迷惑だろうが。」
「………!!」
俺のほうに顔を向けた中山がランプの下に立っている俺を見つける。最初はあきれたようにそら笑いをしたが、今以上に興奮した顔でこちらに近づいてくる。
「くそ野郎が。おい?うるせえぞ中山?てめえマジで死にてえのか?あ?!」
「……殺してみろよ。できるもんならな。」
強い言葉で脅すやつの目をまっすぐ見つめながらそう迎え撃つと、やつがバカにするかのようにあざ笑って軽くウォーミングアップをした。
「ああ、お望み通り殴り殺してやるよ。くそナードやろ。」
右手を握った奴が何の合図もなしにこぶしを飛ばす。それを目で追いながらも、俺はほっぺでこぶしを受け止めた。
「くっ……!」
響く痛みに反応する暇もなくやつのこぶしが俺の肩と腹を順番に殴打する。怒りをすべて込めたようなキックにはあっけないくらい簡単に倒れることになった。
「おいおいさっさと立てよくそ野郎。まさかこのぐらいで終わったと思ってるわけじゃないだろうな?」
彼の言う通りすぐ立ち上がった。
思いっきり振ったこぶしは何とかよけることができたけど暴力性が高い奴なだけ狙ってくるこぶしと足は止まらなかった。壁まで追いつめられることになった時にはもうよけることもできずサンドバックのように殴られた。
一つ一つが痛い。骨に届く感触、目障りな顔、舌に感じられる血の味…… すべてが不愉快だ。
それが繰り返されるたびに一つの考えが頭の中を詰めていった。
―――――――こいつには、勝てるという確信が。
「クアッ……?!」
もう一度腹をける衝撃に地面に倒れる。そんな俺をあざ笑う声が少し荒くなった息とともに聞こえてくる。
「くそ野郎が手間かけやがってよ…… はあ…… はあ…… 見たところ俺を殴ったらしいあのビッチとは一緒じゃないみたいじゃねえか……」
「………」
「カヅにも勝ったらしいけど信じられないんだよね。はあ…… はあ…… どこにいるんだ?ナイフに刺されたとも聞いたんだけどまだ生きているだろ?借りもあるし…… ペアリウイングの女どもは一度ずつ食べてみたんだから新しい味探してるんだよ。」
……何も言わずに立ち上がる。口の中にたまった血をベッて吐き出すとそんな俺を見ながら中山が鼻で笑った。
「さすがパンチマシン~ まだまだいけるじゃねえか…… はあ…… はあ…… じゃあ俺も適当にヒートアップしたし、第二ラウンド行きましょうか!」
奴がこぶしを引っ張り上げるのを見て俺も左手を握った。
あの三人の中であえてこいつを最初の相手に決めたのは理由があった。
理由というか、狩りとかをするときの当然の手順なんだけど。
それはこいつがあの三人の中で。
――最も弱いからだった。
大きく振るう奴に一歩近づく。そして握っておいたこぶしを奴よりも早く振るって、鼻を殴り飛ばした。
「クアッ……?!」と今度は奴のほうから呻き声を上げながら地面に倒れる。しばらく鼻を抑えて、震える手で流れる血を触ったやつは、それが信じられないみたいに言った。
「て、てめえ…… また俺を殴ったのか?如月のくせに?くそナードの分際で?」
「第二ラウンド…… ってつったよな。」
「え……?」
「俺も確信を得るためとはいえ、殴られるのはもうこりごりだ。だから……」
指をくいくい動かしながら笑ってみせる。
「今すぐ立てよ。くそ口だけやろう。」
「なっ……?!」
あおってる言葉はちゃんときいたのか荒く鼻血をふいてはもう一度俺にこぶしを向けてきた。それを軽くよけて今度は俺のほうから腹を、脇を、顔を、容赦なく殴りながらやつを押し付けた。
昔から奴らの動きは全部見えていた。特にこいつに関しては、どこを狙っているのかさえ全部見えてた。
暴力自体も好きじゃなかったし、何よりも体を縛っていた恐れが、恐怖が、痛みが!指一本動かせなかった。けど、
「クアア……ッ?!?!」
それから解放されるとこうも簡単に、奴を圧倒することができた。
また倒れたやつの髪をつかむ。そのまま腰までつかって膨らんだ奴のほっぺたを安物のチキンみたいにぶっ叩いた。
ベン!ベン!!ベン!!!ベン!!!!ベン!!!!!
奴の悲鳴と殴られる音がどんどん大きくなり俺の手に残る痛みもそれによって大きくなった。でも、だからと言ってやめる気はなかった。むしろさっき彼女に対する侮辱を乗せてその強度を高めていった。
歯を食いしばってこのまま奴のほっぺたの皮を脱ぎはかすと覚悟するのにー
「っ……?!」
手首を切る感覚に鳥肌が立って急いで奴から距離を開けた。
「く、くそナードが…… 調子に乗りやがって…… うあああ……!いてええええぇ……!!」
血が漏れ出る手首をつかむ。幸い深く切られたわけじゃないのか出てくる血の量は多くない。
次は奴の右手に目を動かすと、俺の血が付いた黒のナイフが握られているのが見えた。あれは……
「町の中で使えないのはスキルと…… 階層で成長させたステータスだけ…… 道具とかは使えるんだよな……」
「…………」
「知らなかっただろ?俺の職業はナイフを使う盗賊、この前には暗殺者にジョブチェンジしたんだよな……」
「…………」
「どこかで護身術でも学んできたみたいだけど…… それでもてめえはくそナードに過ぎないってことを教えてやる…… あん!」
腕に力を入れても出てくる血の量が変わんないってことを確認して身を起こす。そしてゆっくりと、一歩踏み出した。
「おいおい、俺が刺せないと思ったら誤算だぞ?死にさえしなければいいんだからな。二発くらい風穴あいてやるよ。」
「刺せよ。」
「………は?」
余裕に口先を曲げ上げてまるで散歩でもするかのように、ゆっくりと奴に歩いて行った。
「刺せて言ったんだよ。腹でもなんでも。好きなところ好きなだけ刺せよ。」
「な、何言ってんだてめえ。本当に刺すぞ俺は。」
「だから俺も刺せつってんだろ。早く刺せよ、あ?」
本当に止まらない俺の足取りに中山のほうから、一歩二歩下がり始める。
「早く刺せよ。ここら辺とか目玉とか。大丈夫だ死にはしねえよ。」
「な、なんだよこいつ…… 完全にくるっていやがるじゃねえか……」
「早く…… 早く刺せ。」
すぐ前まで来たのにも動けないやつを見て、歯を食いしばった。
「 とっととさせつってんだろうが!!!!」
「クアッ……?!」
足にけられて地面を転んだ奴がナイフを落とした。胸を握ったまま苦しんでいやがるやつに駆けつけ、そのまま顔を蹴り飛ばす。
奴の口から高くない悲鳴と血が噴き出た。それを無視して立てられないやつの腹をける。昔俺にやってたように。
こいつは地面に伏せいでいる相手をけるのが好きだった。最初の一撃はいつも腹。
「くあっ……?!」
次も腹。
「うあ……!」
また腹。
「ブウェッ……!」
そして最後は、いつも体重を乗せて顔をけった。
「ウエア……?!うう…… うううううううぅ………」
気が遠くなったのか呻いている奴はもう抵抗する意思を見せなかった。そりゃそうだろうな。脳みそがグルングルん揺れるその感覚は本当に最悪なんだから。
でもそんなものでは俺の気が休まらない。だから再び足を上げると、やっと奴が急いで反応した。
「ちょっと待って……!もうやめて…… やめてくれ……」
「………」
「俺が悪かった…… 俺が悪かったから…… もう殴らないで…… お願いだから……」
命乞い、のような大したものではないけど俺の腰にくっついてぶら下がる姿はかなり無様だった。
今まで俺をイジメてきたやつがこんなざまになるとすっきりするどころかむしろあきれて頭が真っ白になる。ペイントが塗られる。
そんな俺の耳元に、代わりに選んでくれるというかのように過去の自分の声が聞こえてきた。
ぶっ飛ばせ。
過激だなおい、と思いながら、カバンから取り出したスタッフで奴をなぎ払った。そしてゴルフでもする素振りで奴の顔をぶっ飛ばした。
パチン!
鼻をつぶした感触とともに、マジシャンとしてもらったスタッフも壊れた。
月夜に出会った時から一度たりとも使ったことがなかったけど、スタートアイテムだしそろそろ限界とは思っていた。折れても別に惜しくはないけどそれなりに記念日的な武器だったので少しだけもったいない気もした。
スタッフを捨てて奴を見下ろす。歯まで折れたやつはもう本当に指一本動けない状態になっていた。
でも気を失ったわけではない。周りを見るとさっき奴が落としてたナイフが見えてそれを拾った。
それを見たのか真っ青になった奴が叫んだ。
「ま、待てよ、うそだろ……?!」
じたばたはしてるけど逃げることはできなかった。そんな奴に近づいた俺はナイフを持ち上げて、そのまま本当に振り下ろした!
「ギャアアアアアアッ?!!?」
キイーン!!
奴の頭、そのすぐ前の地面にナイフを突き立てた。
コンクリートなだけナイフが刺さるどころか振った俺の手が痛くなった。でもその代わりに効果は抜群だったのか小娘みたいな悲鳴を叫んだ奴がびくびく気を失ったのが見えた。
「………ああ?」
ゆっくりと腰を伸ばすと奴のズボンが濡れていくのが見えた。我慢でもしてたのか、それとも何かいっぱい食ってたりしたのか出てくる量が相当だ。
きたねえな……
そんな感想はあとにして、喧嘩も終わったし身の状態を確認した。
切られた手首の血はあれだけ力を入れたのにも出る量が増えるどころか少しずつ傷口がふさがれて減っていった。これなら大丈夫だけどまんがい一のため買っておいた包帯を巻いて応急処置をしておく。
次は殴られたところを触ってみる。
さすがにいたくないわけじゃないけど全然問題ないぐらい動くことに不便を感じるとこはいなかった。あれだけ殴られてきたおかげだと自虐するかのように笑う。
それまで終わったらこんどはこの陰湿なところを抜け出るとする。
当然といえば当然だけど街には騒ぎとかは全然起きていなかった。むしろ町での仕事が終わった奴らが宿に戻ったり酒に酔っぱらって歩いていく結構平和な風景が演出されていた。
そんな奴らに目立たないようにフードをかぶって静かに歩きながらつぶやく。
「あと二匹。」
DEVIL TAKER~この世にいちゃいけない悪魔たちに俺自ら復讐を下してやる~ 本を読むスライム @dbgml1622
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