第32話[誕生]

 初めて挑んだ上級ダンジョンのボス『グレッラ』を無事に討伐した僕を含む鷹のメンバー。


 その後、僕は約束通りに麦とえーさんの貝採りを寝るまで手伝った。


 夜も遅くなり、麦とえーさんに断りを入れてゲームをログアウトした後、僕はソファに寝転がりながらホークさんのことを思い出していた。


(あんな悲しそうな顔するならゲーム辞めないで休止とかにすればいいのに……そう言うわけには、いかないんだろうか?)


 ホークさんの言動に疑問を持ちながらも、僕は疲れで直ぐに眠ってしまった。



 そして翌日から、麦に貝採りイベントを手伝わされる日々が続き、遂にイベントの結果発表の時がやってきた。


 結果発表は運営のお知らせでも見れるのだが、先立って日曜の15時にイスアンダム島で大々的に行われるらしく、麦とえーさんの結果を見に鷹の皆もイスアンダム島へ来ていた。


「結構、人集まってるんですねー」


 想像よりも会場が賑わっているのに驚いていると、隣に居たロマさんが腕を組ながら辺りを見回した。


「こうゆう結果発表の仕方、初めてだしなー。みんな様子見に来てんだろ」


 麦とえーさんは会場の舞台の前を陣取り、ソワソワして待っていた。


 15時になり運営が操作するキャラが舞台の中央に現れた。ビキニの水着にミニスカート、首もとにスカーフを巻いた女性キャラがマイクを片手にハツラツと話し始めた。


「おっ! 結構、集まってますねー! 皆さんお待ちかねの貝採りイベント結果発表の時間でーすっ! 私が司会を務める『夏子お姉さん』でーす!」


 会場に集まる人たちに満面の笑みを浮かべて手を振る夏子お姉さん。それに大きく両手を振り、応える麦とえーさん。


「ひゃう!」

「ひゃう! ひゃう!」


 意外にも会場の反応は良く、盛り上がってる観客に、夏子お姉さんはマイクを向けた。


「今回の貝採りイベントは結構な数の人が参加してくれましたー! 自分が一番、貝採ったぞー! って人ー?」


 夏子お姉さんの質問にジャンプしながら手を上げる麦とえーさん。


「ひゃーうっ! ひゃーうっ!」

「ひゃあああああああっう!」


 その光景を冷ややかに後ろから眺めていた。


「なんで、あの二人『ひゃう』しか言わないの……」


 夏子お姉さんは会場の盛り上がりを確認すると、会の進行を続けた。


「ではでは! さっそく発表を始めようと思うのですが、発表はこの方に手伝ってもらいまーす! 広い海を探してもこの人より素敵なお家の持ち主はいない! キラキラした水面の下で分厚い殻に引きこもる! 日々、重い殻の開け閉めで鍛えぬいた体と、誰も寄せ付けない厚いハートの持ち主! ナイスガイこと『ナァァァァイス・シャコガイ』!」


 夏子お姉さんが高らかに声と腕を上げ、謎の引きこもりを呼んだが、会場には誰も現れずシーンと静まり返るのだった。


 すると、夏子お姉さんは笑顔を絶やさずにマイクを自分の口元に持ってきて、テンション高く観客を巻き込んだ。


「……あれ? 来ませんねー? きっと自分の殻にこもってて聞こえてないのかなー? みんなっ! 皆でナイス・シャコガイに聞こえるように大きな声で呼ぼう! せーのっ!」


 夏子お姉さんがそう言うと、熱狂的な盛り上がりをみせていた舞台前の観客達が夏子お姉さんと共に大きな声をあげた。


「ナイス・シャコガーイ!」


 後ろで見ていた伝心さんが不思議そうな顔でロマさんに聞く。


「これはヒーローショーか、何かですか?」


 ロマさんは額に手をやりながら、伝心さんへ答えた。


「茶番だな」


 すると、皆の大きな声が届いたようで、爆発音と共に舞台の真ん中からは煙が上がり、煙の中から大きなシャコ貝が姿を現した。


 巨大シャコ貝の口を中から両手で力いっぱい押し上げようとするナイス・シャコガイ。


 しかし、巨大シャコ貝はなかなか口を大きく開けてくれなく、苦戦するナイス・シャコガイに対し「頑張れー!」と声をかける夏子お姉さんと麦を含む数名の観客。


 その中でも麦は懸命にナイス・シャコガイに対して声援を送っていた。


「頑張れー! 自分の殻にこもらないでー! 頑張って出ておいでー!」


(あんな涙目で応援するほどか? 昔のヒーローショーでも思い出してんのかな)


 そんな茶番を5分ほど見せられた後、やっとの思いで巨大シャコ貝の口を開け登場したピッチピチ全身タイツの引きこもり。


「わーはははは! 皆の声援のおかげで殻から飛び出ることが出来たよ! ありがとう! よい子の皆!」


 それに大いに歓声をあげる、麦とえーさん。


「自分の殻から出れて良かった! 感動をありがとう! ナイス・シャコガイ!」

「びゃうっ!」


 泣いて拍手する麦とえーさんの後ろで呆れ返る僕達。


「どうでもいいから、早く結果発表してほしい……」


 ゲンナリしてる僕の横で、花音さんも眠たそうにしていた。


「もうシャコガイと言うより、百害ですね」



 ナイス・シャコガイはポーズを決めながら会場に向かって指を差した。


「いっぱい貝を採ってくれたお友達を紹介するよ! 会場に来てる子は名前を呼ばれたら舞台まで上がってきてくれよなっ! 舞台まで来てくれた子は、僕と握手っ!」


 そして十位から名前を呼ばれ、四位までの人が舞台に上がりナイス・シャコガイと握手し、夏子お姉さんから景品を受け取った。


 まだ名前を呼ばれていない麦とえーさんは、祈りながら上位入賞者の発表を待っていた。


「うぉぉぉぉ! こいこい! いやっ! まだ呼ばないでー! 最後に呼んでー!」


「さんまのなれずし……みかん鍋……有明海のムツゴロウ……」


(ムツゴロウ……? えーさん何を祈ってるんだ……)


 鋭い目付きで圧をおくる二人を前に夏子お姉さんは発表を続けた。


「じゃあ三位のお友達を呼ぶねー! 第三位は四位からグーンと取得数が上がって726個!  726個の貝を採ったお友達は…………麦飯さーん!」


 夏子お姉さんが三位の発表をすると会場の上には花火が上がり、舞台に設置されていた巨大モニターに『3位麦飯』の文字が浮かび上がった。


 皆がその花火を見上げる中、地面に沈みこむ麦。


「麦飯さーん! いないのかなー?」


 夏子お姉さんが会場を見渡して呼び掛けても、反応しない麦に僕は駆け寄り、うちひしがれる麦を起こした。


「麦ちゃん何してるの! 行かないの?」


「三位……麦飯の誕生ならず……」


 舞台の前で麦を引っ張ってる様子に気付いたナイス・シャコガイが、僕らの方に手を差しのべると。


「恥ずかしがらないで出ておいで! 僕と握手できるよ!」


 握手と聞いた瞬間、麦は顔を思い切りあげ、舞台へと飛び乗った。


「えっ!? 握手!? はーい! はーい! 麦飯ここに居まーす!」


(ちょろ……)


 麦がナイス・シャコガイと嬉しそうに大きく握手をして、夏子お姉さんに景品を受け取って舞台を後にすると、続いて夏子お姉さんによる第二位の発表が行われた。


「ではでは! 第二位を発表しまーす! 第二位の取得数は三位と大きく差を広げた、なんと! 883個! 第二位はこの方……『68Erろくはちいーあーる』さーん! ……で、読み方いいのかな?」


(……誰?)


 夏子お姉さんも読み方に困惑した『第2位68Er』という文字がモニターに大きく出ると、舞台の前に居た人物が手を挙げた。


「ひゃう!」


「えっ! えーさんだったのか……なんで、えーさんなの」


 何故あれでえーさんと呼ばれてるのか疑問を口にすると、不意に後ろからボソっとデスさんが教えてくれた。


「……あれはエルビウムを表す記号と番号みたいですよ」


「ひゃあ!」


(急に出てくるの止めて……心臓に悪い。それより、あんなに頑張ったのに、えーさんの方が百個以上も上回ってたか……残念)



 第一位の発表を前に会場も一段の盛り上がりをみせていた。夏子お姉さんがマイクを握りしめ、会場の賑わいに負けない大声で一位の発表が始まった。


「さぁぁぁ! 遂に第一位の発表です! 激しい貝採りイベントを制したのはこの人だー! 所得数は……驚異の千超え! 1093個で堂々一位! 貝採りイベント第一位は……」


(麦とえーさん以上に採った人かぁ。純粋に気になるな。どんな人なんだろう?)


 あの廃人二人を抑えて一位になったのだ。きっと同じく廃人だろう。そう思って、勝手に大手ギルドの人が出てくると予想していたが、意外な人物が出てきて僕らを驚かせるのだった。


 ドラムロールが鳴り終わり、夏子お姉さんが口を開いた。


「男性アサシン! カタカナの『トチギ』さんでーす!」


「えっ!? トチギさんって……えっ!?」


 その名前に驚いてると、舞台の上に来たのは、やはり『わんわん』のトチギさんだった。


 トチギさんは少し照れた様子でナイス・シャコガイと握手を交わし、夏子お姉さんに一言求められるも、一礼だけして舞台を颯爽と去っていった。


(そういえば、トチギさんもイベントアイテム結構持ってたもんなぁ。麦達と同類だったのか)


 衝撃は受けたが、思い返すと府に落ちる部分もあり、僕は変に納得していた。


 だが、納得出来ない二人が結果発表後もトチギさんの足にすがっていた。


 去ろうとするトチギさんの足に引っ付き、涙目でお願いする麦。


「ぎゃああああ! 誕生装備ちょうだい! もう『トチギの誕生』でも、いいから! お金出すから! ねっねっ!? 装備とか売り飛ばせば2Gゴールドぐらいなら出せるぜ旦那!」


 麦が引っ付いてる反対の足には、えーさんが膝まずき靴磨きをしていた。


「……旦那様……5Gありますゆえ」


 そう言って、トチギさんに大金を提示するえーさんに目を丸くして驚く麦。


「ちょっ! えーさん! なんでそんな持ってんの! ずるいずるい! 待って! 一緒に走った仲じゃあああああん! 紅白戦出れるようになったじゃあああああん!」


(情に訴えかけ始めた……)


 トチギさんの足元で醜い争いを始めた二人に呆れていると、トチギさんは足元にいた二人の頭にそっと手を置き語りかけた。


「…………他人にばかり頼らずに、道は自ら切り開いてこそ……です」


 そう言って二人から、そっと離れたトチギさんは《トチギの誕生》を装着して後ずさりを始めた。大きな貝に乗ったトチギさんからは後光が射し、そのトチギさんに向かって手を合わす、麦とえーさん。


「か、神や……神はんがおるで……」


涅槃寂聴ねはんじゃくじょう……」


 鷹の皆が呆れて帰る中、僕は隣に居たロマさんに訊ねた。


「何を見せられてるの……?」


「茶番だな」



 貝採りイベントも無事に終わり、一抹の不安を抱えたまま夏イベントは後半に入ろうとしていた。


(もしかして後半のイベントも手伝わされるんじゃ……)

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僕の妻はゲームに生きてます 放牧村長 @setsuden

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