第31話[最期の足]

 7本目になる紫色の足に「最期の足だ」と、終わりが見えて喜ぶ皆だったが、この後に起こる事を誰も予想していなかった。一波乱も二波乱もあることを。



 今までの足同様、真っ黒になった部屋を紫色に光る足が素早く移動していた。その足、目掛けて槍を投げるホークさん。


《神の杖》で固定されたであろうグレッラの光る足は、その場を移動すること無く、クネクネと素早く動いているだけであった。


 破裂に備え、ホークさんの後ろ側に固まる皆。


 固まる皆の中心で僕は、ふと疑問を口にした。


「まだ瀕死エフェクトも出ていないのに、足はこれで終わりなんですかね?」


 僕が言うと、後ろから聞きなれない声が聞こえてきた。


「……おか……で……ね」


 声の方に振り返ると、花音さんがデスさんに答えていた。


「そうですね。体力は、まだ15%ぐらい残ってますし。上級ボスにしては、攻略方が簡単すぎるような」


 聞きなれない声の主はデスさんであった。


(あれっ!? えっ!? 一瞬デスさんの声が聞こえたような! なんだろう? 慣れてきたのかな……なんか、ちょっと嬉しい)


 デスさんのボソ声がちょっと聞き取れた事に驚いていると、最後の足が破裂した。


 ホークさんのスキルのおかげで、皆は破裂の攻撃を受けることは無かった。

 破裂後、グレッラが高速で動いてるのを見ながら、ホークさんは盾を構えて何かを考えていた。


「やはり、少し気になる。悪いが少し攻撃を抑えてくれ。マグニフィセントシールドを使えるようにしておきたい」


 ホークさんの指示通り、皆は攻撃を押さえ、スキルのディレイが終わるのを待った。


 ディレイが終わると、皆は一斉にグレッラへ攻撃を加える。

 前衛アタッカー陣は、足が無くなった部分の狭い範囲を攻撃していた。不満顔でプスプスと短剣を突き刺していた麦が突如、なにかを思いつく。


「なんか、もっと広いところをバッサバッサ斬りたいなー。あっ! そうだ!」


 何かを思いついた麦は、グレッラが浮いてる下の部分に潜り込む。


「こっち側なら攻撃も当たるでしょ…………って、こわああああああああ!」


 衝撃的なものを見た麦が、慌てながら足元からグレッラの後ろ側に出た時だった。


 麦の体を何かが掠めたのだ。


「えっ?」


 体を掠めたものに驚く麦。大きく手を伸ばし、宙をかきわける様に『何か』を探す。


「ちょ、ちょっとおおおおお! こっち側に見えない足あるよ!」


 見えない『何か』は透明な足だった。透明な足を掴んでこっちに叫ぶ麦。


 それを聞いた皆は驚いていた。一番に声をあげたのはマイラーさんだった。


「なんだと!?」


 それに次、焦った伝心さんが弓を打つ手を止める。


「ってことは、この後また足の破裂があるんですか!?」


 僕もなんとなく8本目の足を予想していたが、まさか透明とは思わず、破裂のことを心配した。


「えっ!? 足が見えないんじゃ、位置が分からなくなっちゃうじゃないですか! そうしたら防げないですよね?」


 ロマさんが眉をひそめて苦言する。


「あの威力の上がり方じゃ……8本目は残れる奴いるか、分かんねぇぞ」


 ロマさんの言葉に皆は余計に焦り出す。こころさんが涙目で悲鳴をあげた。


「やぁ~ん! 全滅しちゃうかもってことぉ~?」


 皆が攻撃を躊躇する中、ポポちゃんだけは攻撃の手を休めなかった。


「まだ、足が光る可能性もあるやん! とりあえず攻撃つづけへん?」


 ポポちゃんの言葉に皆は不安を抱えつつも攻撃を与え続けた。すると、グレッラは墨を吐き後ろへと下がった。


 僕らは透明の足が光ることを期待したが、やはり足は光ること無く、姿が見えないグレッラの素早い移動音のみが響いていた。


「ぎゃああああああ! 見えないじゃん! どうすんの!? とりあえず装備脱いどく?」


 麦の叫び声の後、ロマさんが麦を杖で叩く。


「アホかっ! とりあえずシェルターとダンス張れば、ホークさんとマイラーさん辺りは生き残るだろ!」


 皆が困惑した顔をする中、意外と落ち着いた様子でコンソールを操作する、こころさんとポポちゃん。


「でもぉ~、それ以外は死んじゃうんでしょお~?」


「ほんまに、ネキの言う通り武器でも取った方がええか」


 皆がそれぞれに喋ってる間、一人喋らずにいたホークさんが声を発する。


「待て、静かに。皆、私の後ろへ着け」


 ホークさんの一声に、皆は静かになった。そして静かにホークさんの後ろへ固まるのであった。


(どうするんだろ……? このままじゃ全滅するかもしれないのに……。何か策でも?)


 僕がそう思っていると、ホークさんがおもむろに槍を天に向け投げた。


【神の槍】


 その行動に僕はびっくりした。


(そんなっ! グレッラの位置が分からない状態なのに当たるはずが……!)


 しかし、僕の想像を遥かに超えるホークさんのプレイヤースキルを目の当たりにするのだった。


 槍が落ちてきた音がして、同時に何かに刺さる音。

 そして、さっきまで聞こえていたグレッラの移動音が止まったのだ。


「まさかっ! この見えない中で当てたって言うのか!?」


 僕の驚きの声に反応しながらも、ホークさんはグレッラの方向に盾を構えた。


「音でだいたいの位置は分かる。さっきまでの移動の仕方から、予想した結果だ。Mobの動きは大抵、規則性があるからな。予想しやすいんだ」


 マイラーさんが嬉しそうに笑って、ホークさんの肩を叩いた。


「神の杖はマスターの十八番だしな! 本当、大した腕だ!」


「つっても、ヒヤっとしたぜ。当たらなかったらシェルターも張ってねぇし、全滅してたぞ」


 ロマさんがそう言った瞬間、破裂音がして、ブラインドにかかった。

 ブラインドを解くと、僕らの目の前には、想像もしていなかったグレッラの姿があった。


 足が全て無くなったグレッラは、先ほど浮いていた位置よりも高く浮かび上がり、逆さまになっていたのだ。


 皆は上を見上げ、まさかのグレッラの様子に目を見開き驚いていた。えーさんがポツンと一言こぼすと、続いてモンスター情報を確認していた花音さんが早口で話し出した。


「逆さま……」


「弱点位置が無くなっています」


 弱点位置が無くなったという花音さんの言葉に皆の表情は曇った。


 ホークさんは睨むようにグレッラを見つめていた。


「無くなった、か……もしくは移動したかだ」


 弱点位置が無くなることも移動することも知らなかった僕は、隣に居たハーゲンさんに驚いて質問をぶつけた。


「えっ!? 弱点位置って移動するんですか?」


 ハーゲンさんは顔をひきつらせながら、グレッラを見ていた。


「難易度が高いボスに稀にあるんですよ。ラスト弱点位置が小さくなったり、場所が移動したり」


 後ろからはダーハルさんが逞しい声で叫ぶ。


「一体、どこへ移動したんでしょうかぁぁぁ!?」


 すると、ロマさんはグレッラを指差しながら、僕らの方に顔を向けた。


「無くなったように見えるって事は、可能性的に『あそこ』だな。裏っかわ」


 ロマさんが指さしたのは、頭の裏側、今は上を向いている足側だった。


 逆さまになったグレッラの頭に矢を放つ伝心さん。しかし、その矢は跳ね返されてしまい、先ほど同様、頭にあたる部分は物理攻撃反射を物語っていた。


 高い位置へ浮いてしまったグレッラにジャンプでは届かず、攻撃が届かない前衛陣は後衛陣が攻撃するのを唇を噛み締めながら見つめていた。


 麦が少し拗ねた様子でナイフをグレッラに投げる。そんな麦に、腕を組ながら見ていたえーさんと、やる気なく肘をついて座っていたポポちゃんが投げやりに言葉をかけた。


「遠い……」


「当たらんって」


 投げたナイフはグレッラに届かなかったが、小さな事に気づく三人。


「あれ? いつもよりナイフが遠くいかナス」


「ひゃう!」


「ほんまや! ジャンプ力は上がっとんのに、遠投系は下がってるんか」


 ナイフを見ながら、フィールドの重力関係を話す三人の足元に大きな影が迫った。


【大蛸スタンプ】


 グレッラが三人めがけて勢いよく落ちてきたのだ。


 だが、影に一瞬早く気づいたポポちゃんとえーさんは咄嗟に避け、難を逃れた。


 グレッラが地面から離れると、地面にのめり込む麦がいた。しかも、HPがギリギリの状態で。


 HPが尽きそうな麦の上に、またもグレッラは落ちてこようとしていた。


 起き上がらない麦に駆け寄る僕とロマさん。


「おいっ! 麦! 早く起きろ! 何してんだ!」


 グレッラの攻撃範囲に入らない所から、麦にヒールをかけ呼び掛けるロマさん。しかし、直ぐにグレッラは勢いよく落ちてくるのだった。


【大蛸スタンプサービス】


【アトラクト】


 グレッラが麦の上に落ちる手前で、僕はなんとか《アトラクト》が間に合い、目をまわしてる麦を救出することが出来た。


 麦が目をまわしてる事を皆にバレないよう、ペチペチと頬を叩いて小声で起こす。


「麦ちゃん、起きて!」


「……ぶはっ! 凧に乗って名古屋城に降り立つ夢みた……やけにリアルなシャチホコだったぜぃ」


「何言ってんの…………ん? 降り立つ?」


 僕が顎に手を当て考えていると、グレッラはまた高く浮かび上がり、その場を回りながら火の玉を飛ばしていた。


「このままじゃ、じり貧だぜ! 早く倒してくれ!」


 必死に回復や防御スキルで攻撃を抑えていたが、ラストに近いグレッラの攻撃力は強さを増していて、皆のHPは少しずつ減っていった。


「こっちも頑張ってますけど! それより、さっきのスタンプがきたら後衛は耐えられませんよ!」


 伝心さんの言う通り、先ほどの攻撃は比較的HPの高い麦が一発食らって瀕死近くなったのだ。HPの低い後衛職が受ければ、きっと耐えられないだろう。


 足が速い職なら、まだ避けれる可能性もあるが、グレッラの落ちてくる速さだとソーサラーではまず避けれない。


 火の玉を防ぎながらも後衛陣がグレッラを必死に削っていた。


 僕はさっきの麦の言葉で、思いついたことを実行できるか分からなかったが、麦に伝えることにした。


「麦ちゃん! 僕を担いだままグレッラに向かってジャンプして、おもいっっっきり僕を投げて!」


「合点承知の助!」


 きっと、こんなギリギリの状態で支援が抜けるなんて、断られると思っていたのだが、麦は直ぐに承知して僕を担いでグレッラに向かって走り出した。


「えっ!? 自分で言っておいてだけど……そんな、すんなりOKしちゃっていいの?」


「なに言ってんの文ちゃん! 旦那信じなくて、どーすんの! 何か考えがあるんでしょ? 失敗してもいいから、やろうよ!」


 笑顔で答える麦に、僕は担がれながら弱点サーチや支援をかけ直した。


「お前ら、どこ行くんだ!」


 後ろからは、ロマさんの怒鳴り声が聞こえたが麦は振り返ることをせず走った。


 グレッラの近くに着くと、麦は高くジャンプし、僕を上へ放り投げた。


「ほぉぉぉらっ! いってこぉぉぉぉい!」


 投げられた僕は上に進みながらも、麦の方に手を伸ばす。


「麦ちゃん! 信じてくれて、ありがとう。でも……行くのは君だ!」


「えっ!?」


 僕の言葉に驚いてる麦を《アトラクト》が届くギリギリの位置で引っ張り上げる。


「今度は僕が信じる番だ。グレッラを倒してね!」


 そう言うと、麦は僕の作戦を理解したみたいで、引っ張られながら親指を立てた。


「なるへそ! おけぇぇぇぇぇ! この麦飯さんにまっかせなさーい!」


「ちょっ、顔ふみつけないで……」


 僕の顔を踏みつけて更に高くジャンプした麦は、グレッラを見下ろすほど高い位置にたどり着く。


「あそこかっ!」


 弱点サーチをつけた麦は、グレッラの弱点を確認していた。


 グレッラ目掛けて落下する麦。真下には、鋭い牙を沢山生やした口が大きく広がり麦を待ち構えていた。


「うひょおおお! こわっ! だが、食べるなら……ほぉれ、これをお食べ!」


 麦はそう言って、毒を塗布したナイフをグレッラの口に放り投げた。


 毒付きのナイフを食べたグレッラは毒状態になり、毒エフェクトが表れる。毒状態のグレッラ目掛けて、短剣を構える麦。


 麦とグレッラが接触する寸前。グレッラからは火の玉が止まり──。


【大蛸スタンプラリー】


「やらせんよぉぉぉ!」


 グレッラがスキルを発動し始めるのと同時に、麦の短剣がグレッラの口端に突き刺さり、麦がスキルを発動。


毒破裂タクシン・ラプチュア


 麦が刺したところから強烈な爆風が起こると、グレッラには大ダメージが入り、残りわずかであったグレッラのHPは見事に削れたのだった。



『タクシン・ラプチュア』毒状態の敵にのみ有効。通常攻撃の300%の攻撃を与える。



 宙で消滅したグレッラの戦利品と共に、落下してきた麦を抱き止めたのは……僕では無く、ホークさんだった。


 空中で麦に思い切り蹴り飛ばされた僕は、えーさんが瞬時に《縮地》を使って助けてくれていた。



 僕らの突然の行動に鬼の形相をしていたロマさんも、ポカンと口を開けていたポポちゃんも、呆れた顔で見てきた花音さんも、皆が僕らに近寄り、称賛してくれた。


「おいおい! なんだよ、あれっ! すげぇじゃん!」

「すごいやん! たまげたわ!」

「あんなスキルの使い方があるなんて……驚きです」


 大手の人達に褒められ、緊張と照れ臭さで下を俯くと、麦がポンっと僕の背中を叩いた。


「文ちゃんが考えたんだよ! もっと褒めて! 名前は『麦ふみ始めました』かな!」


 麦の適当な言葉に少し緊張がほぐれ、顔を上げると……皆の笑っている顔が見えた。その光景を見て僕は、なんだか不思議と胸が熱くなるのだった。



 しかし、僕は気づいてしまったのだ。ひとり、輪の外側で目線を落とし、少し寂しそうに笑うホークさんの姿に。


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