とあるドワーフ薬師の昔話

コガネ餅

とあるドワーフ薬師の昔話

「ローグてめぇ! 何度言やぁ、わかるんだ! 何度も言わせんじゃねぇ!」

すすと炭にまみれ、熱気立ち込める空間に今日も親方の怒声が響き渡る。


 熱と汗。手に響く衝撃。振り下ろす筋肉。耳に響く音。焦げ付く匂い。

 むさくるしいったら、ありゃあしねぇ。だが、それが俺たちの誇り。これが俺たちの職場だ。


 俺は、鍛冶を生業なりわいとするドワーフだ。ドワーフは元来、北のミノス王国に暮らす民だが、そのうちのとある一族が、中央のドゴス帝国のお偉いさんの目に留まった。相応の報酬と共に、鍛冶の技術者として引き抜かれたって話だ。その一族の、末端の息子が俺って訳。


 そんな話も末端の俺には関係ねぇ。俺がすることといえば、来る日も来る日も、朝から晩まで、次から次へと滴り落ちる汗を拭うこともなく、重いハンマーを振り下ろし続ける。ただそれだけだ。


 だが、あいにく俺は神に見放されているらしい。


 ドワーフというのは、否応なく鍛冶に特化した種族だ。種族特性ってやつらしい。俺は物心ついて、親父にハンマーを握らされてから40年間、休みなく、このくそ暑い鍛冶場の片隅で、それを振り下ろし続けている。しかし悲しいかな、いつまで経っても芽が出る気配は、ない。


 30年前に初めてハンマーを握った弟分は、今では立派な職人だ。人生ってままならないよな。


(なぁ、何が悪いんだ。神様よ)


 ローグは、ハンマーを振り下ろしながらも、自分たち一族が崇める鍛冶の神に問いかける。


 自分は、40年でようやく、親方やその弟子たちの作った作品の手入れをさせてもらえる程度だ。これだけしても、そこまでしか成長しなかった。長年、それらの作品のほとんどを目にしてきたので、武具の目利きにだけは自信がある。だが、それしか誇れるところが無いのも事実であった。


 許嫁だった女には、鍛冶の才能のないことを馬鹿にされ、とうに別れを告げられていた。もう10年も前の話だ。


 苦楽を共にした一族や自分の親にすら、才能がないと諭され続け、それでも意地だけで今日までやってきた。だが、どうにもならない現実に、とうとう心が折れた。


 才能がないことは、自分でも分かっていたことだ。そんなもの、周りを見れば一目瞭然。成長速度が明らかに違う。俺のそれは、諦めなけばどうにかなる、という類のものではなかった。努力だけではどうにも出来ない壁が、そこには確かにあった。


 親や工房の仲間からすれば、いつまでも意固地になってここに居座り続けるより、自分に見合った居場所を早く見つけた方がいい、という善意からくるものだったかもしれない。近頃の自分は仲間を寄せ付けず、暗然たる様であったので、随分心配をかけたのかもしれない。グサッとくるようなことも平気で言いやがるが、基本気のいい奴らだ。


 これまでは、周りに何を言われてもむきになって、こうこうと燃え続ける炉のように、鍛冶場の片隅を占領し続けるだけの気概があった。


 だがしかし、それは唐突に失われてしまったのだ。自分は何も成しえていないにも関わらず、こうこうと胸の奥底で燃え続けていた情熱は、突然、一瞬のうちに消え失せてしまった。


 そのきっかけが、何であったかは分からない。才能がないと言われるのも慣れてしまっている。強いて言えば、これまでの鬱憤や我慢や、それら積み重ねたものが今、今日、この瞬間に溢れ出しただけに過ぎない。自分の心に燃え続けていた炎をかき消すほどに。



 日々、親方に怒鳴りつけられても諦めきれず、鍛冶場の片隅に居座り続けた俺は、その日、長年の相棒であったハンマーを置いた。





 俺は、自分を探す旅に出ることにした。

 旅の相棒には、戦鎚ウォーハンマーを選んだ。鍛冶場で握っていた俺のハンマーは置いてきたが、やはり俺の相棒はこれしかない。


 金はある。こんな俺でも給料をもらえていたことは、感謝しかない。目利きができる分、自分の相棒、と誇れるものを見繕ったつもりだ。


 俺は、今日、ここから新しい道を踏み出す。

 歳も40を超えて、ドワーフから言えばまだまだ若造だが、人族からすればいいおっさん、いや、見た目だけなら爺か?


 長年鍛冶場に詰めていたせいか、肌はこけて乾燥し、燃え盛る熱で焼けて黒ずんでいるし、手入れなんてしてねぇせいで、髪はパサパサのチリチリ。ハンマーを握り続けた手はしわを刻み、節くれだっている。ひげにだって、白いものも混じり始めて幾分か経つ。


 今更ドワーフの多い北のミノス王国に戻るつもりはない。ここ、ドゴス帝国は人族の国だ。



「郷に入っては郷に従えってか」


ローグはニヤリと笑って戦鎚ウォーハンマーを肩に担ぐ。爺に見えるなら、爺になりきって新しい相棒を振り回すのも、また一興。それで人族を驚かせることができるなら、尚良し。





「まずは、上手い酒でも探しにいくかの」



 その日、洞窟のような閉じられた鍛冶場から、広い世界へ踏み出したドワーフは、世界を旅して美味い酒に舌鼓をうち、時に相棒ウォーハンマーを振り回して、大いにこの広い世界を駆け巡った。


「愉快、愉快。酒が美味けりゃ万々歳じゃの」




 その後、ローグは、とある出会いから調薬の才能に目覚め、その腕を世間に認められるようになる。薬師として成功した変わり者のドワーフは、とある長閑な村外れに居を構えた。

 長閑過ぎて、美味い酒がすぐに手に入りにくい土地であったのは、少し後悔しているが、近場に薬草のとれる迷宮もあり、上々の人生と言える。


 そのせっかくの腕も、度々酒に気を取られて納品が滞り、一部の知る人ぞ知る薬師となってしまう訳だが、そこは気にしない。生きていける稼ぎと酒があれば、今はもう充足しているのだ。



(鍛冶場の片隅にへばりついていたころには、考えられなかった人生じゃの)



 そんな、知る人ぞ知る変わり者のドワーフの元に、無表情ではあるが王子様然とした容姿の冒険者と、可憐なエルフが訪ねてくるのは、また別の話である。

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