無差別攻撃、無差別告白

第12話 「――――ふむ、実に俺好みだ」

 逆バンジーなんて比じゃなかった。王城は既にゴマ粒のように小さく見えるし、さっきからすごい勢いで雲を突き抜けまくっているし、……というのに僕はおっさんの右腕に巻き付いているだけなのだ。


「お、おいおいおい!」

「なんだおっさん!」

「あの子、落ちてくるぞ! 剣聖と一緒に!」

「はあ⁉」


 僕がその言葉の意味を理解したとき、彼女はもう頭上わずか十メートルのところまで接近していた。飛空魔法をもってしてもガラドさんの落下速度を相殺出来なかったのか、彼女はガラドさんを頭から抱きかかえるようにして墜落している最中だった。


 急上昇中のおっさんに左腕一本でしがみついているに過ぎない僕が、急落下中の彼女に右腕を差し伸べては即デッドエンドである。彼女が僕の右腕を支えにした途端、僕の胴は胸元から真っ二つに裂けてしまうだろう。


 ――――――――。


 それは現在の状況を俯瞰して、あらゆる可能性を精査した上で導き出した結論、というわけではなかったが。しかし僕は本能的に直感した。


 僕は彼女を助けられない。彼女はここで死ぬ。ガラドさんも死ぬ。戦争は終わらなくて、大勢の人間が死ぬ。僕だけが悲鳴に蓋をして、誰も知らないどこかへ逃げて、生温い不幸を心地よく感じて生きるんだ。


 異国の風に当てられて、救世主になったつもりだったのか。環境が変われば自分が変わるとでも思っていたのだろうか、僕は。変わらねーよ。何にも抗わず、何も乗り越えず、ずっと平和ボケした人生を送ってきた僕には、何も変えられない。


 …………いや、たった一つだけ、あるのだったか。そうだ、僕はまだ、そのお礼を言えていなかった。なあ、ヘンリ。君が、僕を変えてくれたんだよ。ぬるま湯は楽だったのにさ。竜王の欠伸は燃えるように熱かったし、路地裏で啜った泥水は涙が出るくらい冷たかった。君のせいで、僕は生まれて初めて誰かを愛したいと思ったんだ。だから、さ。


 手を伸ばす理由は、きっとそれだけで十分だ。


「捕まれッ! ヘンリ!」


 雨粒のように落ちてくる君の顔なんて見えるわけがないけれど、それでも君はとても無邪気に笑っていたような気がするんだ。


「――――ふむ、実に俺好みだ。最ッ高に萌えるぜ」


 ……美しい最期に相応しくない、低く嗄れた、そしてどこまでもふざけた声。


 またまた後から聞いた話である。


 異世界一の少女漫画好きとしてかつてその名を轟かせた老狼、彼は今もこのように語られているらしい。


 付いた異名は、恋愛マスターガラド。

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