三人類超闇鍋大戦

第9話 【マナ無し】、【耳無し】、【角無シ】。

 さて、どうしたものか。カラ・ライと名乗ったヘンドル星の王子、地球人滅亡のS級戦犯を。……別にA級とかB級っていうのは罪の重さで区別されるわけではないらしいが、しかしこいつを正義のもとに断罪する司法なんて、もう地球上のどこにもない。地球は今頃、二本のアンテナが生えたぱやぱやー星人がディストピア世界を愉快に練り歩いていることだろう。


「トコロデ、キサマタチハドウシテソウモ不健康ナ肉付キヲシテイルノナ?」

「ええっと、それは……」


 痛い所を突かれて思わずたじろぐ。


 返答に困っていると、ヘンリが僕の後ろに隠れるような素振りをしたので、とりあえずははぐらかすのが無難なように思えた。


「……まあ、色々あるんだ」

「イヤ、ダメダ。話セ」

「ヘンリが嫌がってる」

「話セ」

「なんでムキになる」

「友達ダカラダ」


 平然と言う宇宙人。


「……僕はお前を地球人の仇だと思っているぜ」

「構ワナイサ。ダガ、キサマガ何ラカノ理不尽ヲ被ッテイルトイウノナラ、ボクハ全力デ、キサマヲ守ル」

「カッコ良いな、お前。でも分かってない。そういうカッコ良い言葉は恋人相手じゃないと効果を発揮しないんだぜ」

「ソウシタカッタヨ。出来ルコトナラ」

「何、言って」


 含みのある表現。含みのある表情。そんな顔をするこいつに、僕は少なからず不快感を覚えた。すまし顔で星一つ壊滅させるような奴が、悲壮感漂わせてんじゃねえよ。


「【角無シ】、ト言ッテナ」

「……え?」


 感嘆の声をあげたのは、僕も彼女もほぼ同時だったと思う。


「キサマハコノ角ヲ笑ッテクレタガ、角ハヘンドル星人ノ誇リソノモノダ。ダカラ、十歳ヲ過ギテモ角ガ生エナカッタ人間ハ、酷ク差別サレル」


 何も言えなかった。僕も彼女も。


「ボク、婚約者ガイタンダ。優シイ人デ、父上モ彼女ノコトヲ可愛ガッテイタ」

「…………」

「ナノニ、十歳ノ誕生日ヲ迎エテ、彼女ニ角ガ生エナイコトヲ知ッタ途端、父上ハ彼女ヲ捨テタ」


 ただ、安っぽいアンテナが付いていなかっただけで。


「父上ハ間違ッテイル、ソウ考エテシマウ自分ヲ呪ッタ。ダッテ、父上ハヘンドル星人ノ大王デ、ボクノ父親ダカラ」


 宇宙人の親玉であり、更には尊敬すべき肉親の方が非倫理的で、自分にこそ正義があるだなんて、そんな残酷な事実に気付いてしまった。


「ダカラ、父上ガ彼女ヲ捨テタノモ、ノモ、キット深イ事情ガアッテ、ダカラ」

「もういいよ、ライ」

「ナ?」


 どうでもいい、そう思った。彼等を憎むことすら億劫だ。七十五億人殺されようが、その中に僕の家族や友人が含まれていようが、全部どうでもいい。そんなことは、千年後、ヘンドル星人の歴史の教科書にコラムとして掲載される以上の意味はないのだ。

 

「みんな、同じだったんだ。そりゃあ良い奴もいれば悪い奴もいるけれど、でも、差別なんかが罷り通っているこの世界では、誰しも良い人間だけではいられない。それを貫いた人は、僕の尊敬する人は、どういう訳か、今は鉄格子の中にいる。お前の親父さんは、悪人である以前に、賢い人だ」


 【角無シ】なんかを王族に招いては国民の反感を買う、案外それだけのことかもしれなかった。


「キリがないんだよ。僕は酒場の酔っ払いを殴ることは出来ても、ライの親父さんを殴ることは出来ない。人を憎んでいてもキリがない。僕が憎むべきは、この世界だった」


 この世界は本当にどうしようもない。でも。


「でも僕は地球人で、田舎者の平和ボケしたバカだからさ。賢い人間じゃないから、こんなバカな発想をしちゃうんだ。世界をひっくり返したいって」

「晴太君?」

「キサマ、何ヲ」

「止めよう。一年後の戦争を」


 話せば分かる、なんて言うつもりはないが、それでもヘンドル星人は血も涙もないエイリアンではなかった。


 ただの人間。だから友達になれる。だから差別が蔓延する。正義も悪もあるならば、正義も悪もないならば、どうして戦争なんてしなくちゃならない?


 そういうの全部、もううんざりだ。

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