第13話 『彼女を見ろ』

 ……てっきり気絶していると思っていたのだが。


 まんまと彼のくだらない悪ふざけに引っ掛かったらしい。恋愛マスターなんて陳腐な蔑称をむしろ気に入ってそうな彼は、おもむろに腰から剣を抜いたかと思うと、地に向けて一振りした。空を切ったその刃は、しかし空振りというわけではなく、そのは遠くのゴマ粒のように小さい王城を壊滅させ、地下司令部を吹き曝しにした。


「終戦の時だ。下の奴等にもちゃんと見てもらわねえとなあ」


 。ガラドさんは僕やヘンリが命懸けで助けるまでもなく、自力で空を蹴って浮遊していた。


「終戦って、どういう意味です。ガラドさん」


 僕は彼に対するあらゆるツッコミ衝動を堪えて尋ねた。頭上では一斉停止したUFOに、F-22と魔導士達が攻撃している。戦いが終わるというのならそれ以上のことはないけれど。


「俺に聞くなよ」

「え?」

「お前がどうにかするって言ったから、俺は呑気に縄無しバンジーに興じていたわけ。さ、ちゃちゃっと頼むぜ」

「それは、失敗というか」

「失敗ぃ? なんっだよそれぇ。しゃあねえなあ。だけ手伝ってやるよ。おい若僧、緑魔法つうんだっけ? ややこしいからあんまり覚えてねえんだけどよ。とにかく俺の声を大っきくしてほしいんだわ。おお、こりゃあいいや。よし、それじゃあ――」


 ガラドさんの喉元をほのかな萌葱もえぎ色の発光が照らす。半分?


『あーあー。異世界人の皆さん聞こえますかあ。俺はガラドという者です。これは格調高い剣聖としてではなく、恋愛脳のクソジジイとしての戯言なんですけどね。……萌えねえから。振られた相手に未練たらたらの当て馬先輩なんて萌えねえから、さっさと止めろ』


 無抵抗の宇宙人に執拗に攻撃するのを少女漫画の先輩に例えたらしい。そのセンスはともかく、戦争中に突如として性癖を全国公開するという変態性については目を見張るものがあったようで、異世界人は見事に全軍停止した。


 ガラドさんが意地悪い笑みを浮かべて僕に言う。


「じゃ、もう半分はよろしく」

「半分ってそういう……」


 宇宙人だけでなく攻撃しているのだから、地球人というのはやはり戦争好きらしい。


 おっさんに緑魔法をかけてもらい、仄かに発光している喉から僕は全てを吐露した。


『……………………僕は、地球人です』


 まだ変形を披露していないからだろうか、アースは僕の言葉に見向きもしない。


『……………………僕達は、地球人です。七十五億の同胞を失った痛みが消えることはないでしょう。差別され、拉致され、労働させられた絶望が晴れることはないでしょう』


 F-22が五千の魔導士に機関銃を浴びせている。僕らが異世界人を攻撃する理由は、確かにあった。


『……………………僕は、日本人です。戦争とか差別なんてものは教科書の中の世界でしかありませんでした。でも、違いました』


 僅かに、空が静まった気がした。


『この世界で地獄のような半年を経て、ようやく気付いたんです。ゴミなんだよ。全部ゴミだ。人種とか性別とか身分とか宗教とか異世界人とか宇宙人とか【マナ無し】とか【耳無し】とか【角無シ】とか全部全部全部全部全部ッ! 全部ゴミでっ! ゴミ以下でっ! それでっ! ……………………それで、それなのに、決して無くなることのないものだと、思い知らされました』


 有人ロボットの駆動音はもはや聞こえない。


 渡り鳥の鳴き声だけが一段と派手に聞こえた。


『…………と、思っていたんですが。案外そうでもなかったみたいです。皆さんもご存知の通り、迫害し合っていたはずの僕らは、より強大な敵が現れると、呆気なく団結しました。そんなことで、って思いました。【耳無し】の彼女は、きっと生まれたときからずっと戦っていたんです。ずっと苦しんでいたんです。でも、その程度のことでした。世界が異なれば、宇宙人に侵略されれば、憎悪の対象が変われば、差別なんて無くなる。ですが、どうせ無くなるなら、憎むことではなく、愛することで無くなってほしいと、僕は思います』


「…………ぅえ?」


 その声の主は、彼女だった。どこまでも悲しい顔をしている。終わらせよう。君にそんな顔は似合わないから。


『――――――――彼女を。彼女を見ろ! 彼女は異世界人だよ。僕達地球人を粛清した異世界人だよ。それに、【耳無し】だ。人族とかいう下等種族で、立派な耳も無い出来損ないの人種だ。だから、差別されて当然の人間だ。……………………わけねえだろ。わけねえだろうが! おまえらがいつまでもふざけた理由で彼女を差別するというのなら、僕はふざけた理由で彼女を愛してやるさ! 僕は、僕はな。僕は彼女が好きだ! 顔が良いから好きだ! ヘンリという名が美しいから好きだ! その赤髪が綺麗だから、笑顔が素敵だから、僕の手を取って共に生きてくれたから、僕に生きる意味を与えてくれたから好きだ! 異世界人なのにじゃねえよ、【耳無し】なのにでもねえ! 異世界人だから好きなんだ! 【耳無し】だから好きなんだ! ――――彼女が、彼女だから好きなんだろうが!』


 僕らは愛し合える、僕らは分かり合える、これ以上ない綺麗事だけれど。


 しかしだからこそ、彼女は泣き崩れた。理不尽に潰されまいと踏ん張っていたその両脚を、ようやく休ませるように。


 晴天だった。F-22の風切り音が聞こえない空で、五千の魔導書がひとりでに振ってくる空で、まして、ぱやぱやーなんて訳の分からないオノマトペの聞こえない、極めて普通の、そして極めて平和な空だった。


 この日、彼女の戦いはようやく終わったようだった。


 こうして三人類超闇鍋大戦は終わりを迎えた。

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