分かれ道
「人間が最上位の存在だと考えていることが大きな間違いだ。生物の差に順位はない。大事なのはその魂がそれだけ成熟しているかだ」
「人は猿が進化して生まれたってことじゃないのか??」
「それは進化ではない、変化しただけだ。全ての生きとし生けるものは霊格のランクによってのみ判断される」
「……んん?」
「今はこの話よりも、大事な事を話さなければ」
馬を走らせながら、ナルディアは右手をかざし細身の剣を出現させた。
「セラムも知っていることだが、霊格の高い存在に対してこの世の武器では当てることも傷を付けることも出来ない。ではどうするか。お主に授けた情調の剣のように、神が打ち、鍛えた武器であれば刃が届く」
「神が鍛えた武器……それなら、ちと大変だが神様に三日三晩頑張ってもらって武器を大量に作れば」
「そう上手くはいかない。神の武器はひとつ作成するのにとんでもない量の神威を使う。この世の時間で1週間に一本が限界だ」
「……それが限界なのか?もうちょっと踏ん張って期間を短くしたりは?」
「無理だ。無理矢理作れば武器の出来が極端に落ちる」
ナルディアからの情報は非常に大事だ、ドラルゴンへ着いたらしかるべき人に情報を渡し、判断を仰ぐ必要がある。
「一度お前達で判断しろ。私はいく。もう存在を保てない」
「ちょっと待ってくれ、あんたは神の座を降ろされたんだろ?ただの人間に戻ってるのか?」
「ただの人間という訳でもない、神威がないこの世界では長く姿を保てない、よって天界に帰らなければならない。面倒な体だ」
では後を頼む、そう言ってナルディアは景色に溶けるように消えた。
まずはゴードン公爵の行方を追う、ヘルキスの街が壊滅したばかりでそう遠くへは行ってはいないだろう。本当は急ぎたいところだが馬の疲れが溜まっているため、一度セラムは近くに見えた木の陰で休むことにした。
ナルディアからもたらされた情報はとても貴重なものだ、だがそれを持ってしても敵の侵略を防げるのだろうか。セラムはダムカスカ王国内でもかなりの腕の冒険者であることは確かだが、ペストリカのような驚異的な存在を前には無力だった。
人類が作り出した国という概念も、超越した存在の前には全く歯が立たない。もしかすると世界中の国を滅ぼすまで敵は侵略をやめないのではないか?セラムの心に嫌な想像が浮かび、冷や汗を流す。最悪の場合、この国を出なければいけなくなるかもしれない。だが、それをすればこの国に住む無垢な人々を見捨てることになるのではないか。いくら考えても、この時に答えは出なかった。
ドラルゴンへ向かうルートはいくつかあるが、最も安全なのは地下洞窟を使うルートだ。この洞窟には凶暴な魔物はほとんどおらず、初級の冒険者でも十分対処することができる。ゴードン公爵もこのルートを使う可能性が高いので、セラムは洞窟入り口へ向かうことにした。
数時間休んで多少体力を回復した馬は従順で、必死に目的地にセラムを導こうと走る。完全に日が暮れたところで休めるところをさがし夜を迎え、日が昇り再び荒野を走る。
およそ午前中に洞窟前を視界に捉えた時、セラムは笑顔を浮かべた。洞窟前にいくつものテントが張られていたからだ。無事だったか、そう呟き馬のスピードを落とし、テント群へと近づく。
セラムがテント群へ近づくと、それに気づきテントから人が出てきたセラムの姿を確認すると、再びテントへ入る。誰か別の人を呼んだようだ。そして奥から出てきた人に見覚えがあった。
「セラム君、無事だったか!」
「ゴードン公爵、ご無事で安心しました」
「だが、かなりの部下を助けることができなかった。私を逃してね……。彼らの為に成すべきことをせねば」
「はい。ですが状況はあまり良くありません。ご報告したいこともありますし、一度時間を頂けますか?」
「分かった。すぐに始めよう」
テント内で早速セラムによる報告が始まった。敵の正体が神や天使に属する存在であることにゴードン公爵は驚愕の表情を浮かべた。自分が治めていた街が壊滅してしまったことは予想していたが、実際にその事実を聞くとあふれる涙を抑えることはできなかった。
全ての報告を聞いたゴードン公爵は一刻も早く王国としての対応を決定するために、今すぐ出発しドラルゴンへ向かうことになった。
セラムとゴードン公爵一行は急ぎ洞窟を抜け、ドラルゴンがあるレスゴン山にたどり着いた。ドラルゴンは標高2000メートルの場所に建設された都市であり、そこまでの道のりはそれなりに厳しいものがある。その立地にあるため、動植物の生態系がこのレスゴン山にしか見られないものが多く、それを研究するために多くの学者がドラルゴンを訪れる。
そしてドラルゴンには街の一角に展望台があり、そこからレスゴン山の壮大な景色を見ることができる。雄大な景色はとても評判がなく、街は登山客でとても賑わう。
今一刻の猶予もないセラム達は整備されているとはいえ、傾斜の厳しい道を駆け上り急ぐ。普段のレスゴン山は人間を襲わない魔物、動物が多く生息しているが、今は全く出てくる気配がない。一行はその様子に不気味さを感じた。
約6時間かけてようやく街の門までたどり着いた。ゴードン公爵の従者が門兵に事情を説明している。程なくしてセラムを含めた一行は中へ通された。
早速ゴードン公爵一行はすぐに政務部に向かい、その間セラムは指定された宿で待つことになった。一刻も余裕がない状況で、ゴードン公爵がいかに緊迫した状況であるかを説明できるかにかかっている。今の時間が夕刻だから、時間がかかると言われていたので呼び出されるのは翌日になるだろう。急に疲労がセラムを遅い、ベッドに横になった。
一方その頃、ゴードン伯爵はドラルゴン大会議室にて政務執行者達と議論を行っていた。
「現状我々に手の内はありません。ナルディアという者が唱える方法によってのみ対抗できる武器を生成できます。ですがそれでは時間が足りない」
「やはり間に合わない!これでは次々と都市が落とされて民が殺される、この繰り返しだ!これ以上の被害を出さないために降伏も考える必要があるのではないか?」
「降伏などもってのほかだ!この地ははるか昔からダムカスカ王国のれっきとした領土だ、神の斥候だか知らんが渡すなど論外!」
議論はなかなか進展せず、一時中断となり翌日に持ち越された。その間セラムはどうしていたかと言うと、宿で食事をしたり、部屋で瞑想をしたり、窓からひたすら景色を眺めたりなどして時間を潰していた。
日も暮れそろそろ街も眠りに入ろうかという時間帯になり、ゴードン公爵が乗った馬車がセラムの滞在する宿へ急行した。物々しい雰囲気に宿屋の女将が外へ様子を見に来る。そして一行が慌てた様子で近づきセラムに用があることを伝えるとすぐに中へ通す。
外の騒がしさにセラムも気づき、部屋から1階へと降りゴードン公爵を迎え入れる。さっそく議論がどうなったかを尋ねた。
「公爵、どうでしたか?」
「全く話にならん。あいつらは自分が任された領地のことしか考えていない」
「こちらにとって不利になる状況、情報のみ伝えられればやはり動揺し敵に膝をつくことを考えるものもいるでしょう。何か手があれば良いのですが……」
一同はその場でしばらく黙り込む。重苦しい雰囲気が場を包み込んだ。だがしばらくしてゴードン公爵が口を開く。
「ナルディア殿は、敵は高位の存在、神か又はその眷属のような存在だと言っていたそうだな?」
「ええ、そうです」
「ならばこちら側にも高位の存在を味方につけ、共に剣を取ることはできないだろうか……」
「ですが、我々に力を貸してくれる者が果たしているかどうか……」
「この世には幾千万の神々がいるというではないか。それなりの対価を差し出すなど、なにか向こうにとって有益な条件を提示できればもしかすれば」
「では、ナルディアに提案してみます」
ようやく結論が導き出され、この場は解散となった。だがどうやってナルディアを呼び出せばいいのか分からない。彼はいつも神出鬼没だが、いつもこちらの都合の良い時に現れてくれたので、呼び出し方を尋ねるのを忘れてしまった。
中々に重大なミスをしてしまい途方に暮れるセラムだったが、その時部屋の窓がガタガタと揺れ、部屋にナルディアが現れた。あまりにも都合の良いタイミングで現れてくれたことに、彼は天界から聞いていたのではとの疑惑が生まれる。
「呼ばれた気がしたので来てみたが、当たりだったようだな」
「あんたは超能力者か……」
「いや、元神だ」
「全く笑えねえよ」
ナルディアはわずかに頬を緩ませた、その笑い方はひどく不器用なものだった。
「あんたに頼みたいことがあるんだが。単刀直入に言うが、俺たち人間側に付いてくれる神様に心当たりはないか?」
ナルディアは打って変わって困惑した表情になった。
「お前たちが相手にしているのは、いわば世界そのものだ。この世の樹木、草木、大地そのものがお前たちを滅ぼそうとしている。そんな状況で手を貸してくれる者に心当たりなど……」
「でもあんたは俺たちに手を差し伸べてくれた。この圧倒的不利になる状況を分かっていながら何か思うところがあったんだろ?神様も色々な考えを持ってる人いるんじゃないのか?」
「心当たりがないこともない、だが私はこの選択を極力勧めたくない。一時だけ軍勢を退けることができたとしても、お前達が差し出す代償は計り知れない。それでも良いというのなら、その者のところまで案内しよう。」
「そいつは俗に言う邪神の類ってことでいいのか?」
「お前達から見ればそうなるだろう」
「上のものにすぐに掛け合ってくる。少し待っててくれ」
ナルディアの提案はセラムからゴードン公爵へと伝えられ、さらに王都の国王へと早馬によって手紙で伝えられた。帰ってきた返事は、その異形の神と接触しろというものだった。これが人類にとって吉と出るか凶と出るか、今はまだ誰にも分からない。
破滅の足音 朝陽乃柚子 @photoyuuta
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