無骨な戦士の正体

「おいおい、こんな奴どうすりゃいいんだよ……」


 時空が歪むように景色に歪みが生じ、セラムの目の前に現れたのはリスだ。見た目はリスで間違いないが、大きさがセラムの身長10人分というのが現実味を欠いていた。思わず目をこすりそうになる。


 とてつもなく大きくガラスのような2つの目がセラムを捉える。彼は見られているだけで自分の今までしてきた良いことも悪いことも、全てを見透かされているような気がした。


 特大リスの瞳に心を奪われそうになるが、強烈な風を感じ、後ろへと飛んだ。セラムがいた場所をリスの尻尾が打ち抜き、地鳴りが響き、進路上の全てのものを破壊する。


「おいおいお前、随分な挨拶じゃないか。お前がこのゴーレムを操ってる奴か?」

「……」


 返答の代わりに左手でのなぎ払い攻撃を特大リスが仕掛けるが、最小の動きで回避する。今度は空中に氷の槍がいくつも作られ、セラムを襲うが、常人ではない反射神経で剣で斬り伏せた。


 逃げてばかりでは駄目だ、セラムが氷の槍を切り落としたと同時に特攻を仕掛ける。思い切り飛び特大リスの首を狙い剣を振るが、俊敏な特大リスは体を捻って回避する。


 着地し、再び仕掛けようとするセラムだが、再び景色が歪んだ。そして立っていたのは、セラムが一度会ったことのある無骨な戦士だった。


「ペストリカ!」


 無骨な戦士は声を張り上げ、前方の特大リスに声を届ける。セラムはここで初めて特大リスの名前を知ると同時に、嫌な想像が膨らむ。モンスターに名前がある、つまり一定以上の存在、天使、もしくは神なのではないか。そしてこの想像は恐らく当たっている。


「ペストリカ、君はこの決定に反対の立場だったではないか!それがなぜ筆頭になり人類を虐殺しているのだ!」


 その問いに対し、ペストリカは表情を幾分曇らせながら答える。


「自らの責務を放棄したあなたがそれを言うの?笑えるわ。決定は下されたのよ。私は確かに反対の立場であったけれど、10万の神々が下した結論は人類を再生することになった。その決定をないがしろにすることはできないわ」

「だとしても、6億もの人を犠牲にすることなど許されるはずがない!」

「誰が許すか許さないかを決めるの?神?その神が決めたことなのよ」


 話し合いは上手くいっていないようだった。それより大事なのはこの無骨な戦士も敵側の一人である可能性があることだった。袂を分かったようだったが、それも確認しなければ確実なものとはいえない。


「ナルディア、あなたが決定にこれ以上異を唱えるのなら、あなたも放置はしておけない」


 どうやら話し合いは決裂したようだった。


「セラム、手を貸してくれ、ペストリカを止める」

「あんたらだけで一体何を話していたんだ?さっぱり分からんぞ。まあいい、後で説明してもらう。こいつをなんとか出来るのか?」

「私にも分からん、出来なければこの街は滅ぶ」

「そんなことこっちには関係ないんだよ!」


 半ばやけになりがちなセラムと無骨な戦士、ナルディアが戦闘を開始した。


 元々神か精霊だったであろうナルディアの戦闘力はすさまじいものがあった。神速の突撃から目に追いつかない速度で剣を振るう。そこにセラムの攻撃が加わり、とても普通なら回避することはできない。だが相手も普通ではない。


 ペストリカはそれらに体術で対抗するのではなく、魔術で対抗した。セラムの残撃に氷の壁を局所的に展開することで防御し、ナルディアの突撃には氷の槍を打ち相殺する。


「おいおい、街に被害が出てるぞ!」

「それを気にしたら最後消し炭にされるぞセラム」


 大規模な応戦によって戦闘場所の近くは破壊され更地になっていく。それすらもペストリカの仕組んだことのような気がし、セラムは思わず歯軋りした。


 戦況は徐々にペストリカに傾いていく。先にガタが来たのはセラムだった。彼は優れた冒険者とはいえ、やはり生身の人間だ。徐々に体力を減らし、動きに俊敏さがなくなっていく。だが闘志だけは衰えない。ここで退けばどれだけの人が命を失うかを考えれば、負けるわけにはいかない。


 セラムという人間は今ここで確固たる信仰であったり信念というものを認識し始めた。世界のことなど知ったこっちゃないというのが今までの彼の心境だったが、どういう気持ちの変化なのか、それはセラム自身にも分からない。


「無駄なことをするな。全ては決まったことなのよ」


ペストリカが魔法で衝撃波を放ち、2人との距離を開ける。間が空いた隙にペストリカは何か呪文のようなものを呟くと、彼女を中心にとてつもない突風が生まれた。


「まずい、セラムこっちへ来い!」


 セラムを側に来させ、魔法障壁を展開する。


 全てが風に飲み込まれる。大地が徐々に平らになり、人が営んだ生活の歴史を洗い流す。至る所から悲鳴、断末魔が聞こえ、人が突風にさらわれ彼方へ飛んでいく。


「すでにあなたたちの未来は閉ざされてる。親神さまの決定は絶対」


 その言葉を言うとペストリカの姿がゆがみ、消えた。



 セラムは周りの景色を見て絶句した。ひたすらがれきが広がっているばかりで、建物は何も残っていない。


「なんてこった……」

「おいセラム、放心している場合じゃない」

「だって、街まるごと滅んじまったんだぞ……」

「しっかりしろセラム!」

 

 ナルディアの一喝でセラムは我に返る。そうだ、まだできることがある。生き残った人がいるかもしれない。


「セラムお前は生きている人を助けろ、私は少し疲れた、少し休む……」


 そう言ってナルディアの姿も徐々に消えていった。だが彼のことを気にする余裕などない。セラムは周りに生きている人がいないか探し始めた。


 街全体が壊滅状態なので、どこから手を付けて良いのか途方に暮れそうになる。セラムにできることは多くないが、辺りを彷徨っていると小さい声で助けて、といった声を聞き、精神を集中させて場所を特定し、がれきをどける。


「痛い……痛い……」

「お母さん、どこ……?」


 悲痛な声ばかり聞いているせいか、セラムも精神の調子を崩してきた。はやくこの苦行から逃れたいという意識が膨れ上がりそうになるのを必死に押さえる。


 助け出した人を、生き残った衛兵に預けて捜索を続けるが、生きている人よりも亡くなった人が圧倒的に多い、探しても見つかるのはすでに魂の去った肉体だけ。気が狂いそうになり、その場に座り込み少し休む。


 そういえば、ゴードン公爵はどうしているのだろう。ノルドは無事なのだろうか。無事疎開できたのなら良いが、もしこの突風に巻き込まれていたら……。


 衛兵なら所在を知っているかも知れないと思い立ったとき、さっき住民を受け渡した時に尋ねておくべきだった。極限の状況で思考力が低下している。


 救助活動を初めて1時間程でセラムが助け出せた人はわずか3人だった。これ以上はセラムの体力が持たない。そんなことを考えていたとき、セラムの元に向かう人がいた。


「セラムさんですよね?」

「そうだが、あなたは?」

「私はゴードン公爵の部下です。公爵は無事です。ドラルゴンへ避難されました、2日後に到着予定です」


 ドラルゴンはヘルキスの北にある都市だ。ゴードン公爵が無事なのは良かった、やっと一つ朗報が舞い込んできた。


 今ここにいてもセラムにできることは少ない。すぐにドラルゴンに行こうかと思ったが、肝心なことを思い出した。


「おい、ナルディア、聞こえてるんだろ!」


 空に向かって呼びかける。何も変化がないのでもう一度大声で呼びかけると、目の前の景色が歪み、元に戻るとナルディアもそこにいた。


「お前、人がさんざん苦労してるときにどこいってたんだよ」

「すまん、私にも色々とがあってな。それよりも大事なことがある。少し話せるか?私が現界できる時間は長くない、できればすぐが良い」

「丁度良い、俺もあんたに色々聞きたいことがある」


 今必要なのは、何か事情を知っているナルディアに可能な限り詳細を尋ねることだった。

 他にも気になることは多々ある。友人のノルドは生きているのか、それも分からない。だがゴードン公爵の部下がこの街を捜索し、もし発見し次第ドラルゴンへ手紙で知らせてくれるそうなので、セラムは急ぎドラルゴンへ出発し、その道中でナルディアと話すことにした。


「ノルドのこと、よろしく頼みます」

「承知致しました、お気を付けて」


 セラムは生き残った馬を1頭借り、ドラルゴンへ出発する。ナルディアは半透明の幽霊のような馬を出現させ、セラムの後をつける。かなりのことでも驚かなくなっていたセラムだが、この人外の存在については突拍子もないことをするのではと思うと少々げんなりした。


「それで、あんたは何者だ?ただの人でないことは分かるが……」

「私は、かつてはお前達が神と呼ぶ存在だった」

 神妙な顔つきで,、神であったことを告白するナルディアにセラムは怪訝な表情を見せる。


「だが、人類の再生が決定されたとき、私は反対した。それだけならにとどまらず、いくども再生を妨害し、神の座を追われた」

「その人類の再生というのは何だ?」

「人類は罪を犯しすぎた。よって全てをリセットし、あらたに作り直す。つまりは間引きだ」

「随分なことを言ってくれるじゃないか……。神様にとって人間はこの世界を荒らす害獣だと考えているのか?}」

「今の人間のどこにそうでないと否定できる?環境を破壊し、わずかな素材のために魔物を虐殺し、挙げ句の果てには人間同士で小さなもののために争っているではないか」


 ナルディアの言っていることは理解できるが、それが人類を滅ぼすほどの判断になるというのは、いまいち納得が出来なかった。


「だが一番の問題は、人類が魔物を殺し、自然を破壊することで、この世界の生命が進化することを妨害している点だ」

「進化?どういうことだ?」


 ナルディアの言う生命の進化がどういう物のことをいうのか分からず、セラムは尋ねる。


「お前達は、人間が進化の果てに生まれた存在だと思っているのか?}」



 セラムとナルディアの話は続く。 

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