侵略の序章
サレルの街を出発し、森の中へ入るセラムとノルド。敵襲はないものの、ここも様子が変だった。
「馬に落ち着きがない。それに魔物の気配すら全くないのはおかしい」
「無事に森は抜けられそうだが、街も安全とは限らないよな?」
「そうだな、先を急ごう」
その後も奇妙な点はいくつかあったものの魔物の襲来はなく、何事もなく森を抜けた。だが道のりはまだまだ長い。ヘルキスまでは広大な荒野地域を4日ほどひたすら走り抜く必要がある。
2人は馬を走らせながら気になっていることを話す。
「この前報告した、怪しい無骨な戦士のことだが、あいつは襲ってくる敵のことをこの世の者ではないと言ってた。どうしてそのようなことを知っていたのか……」
「今はそのことを気にしてもあまり意味はない。どうせまた絶妙なタイミングで登場してくれるんだろう。疑問を投げかけるのはその時で良いだろう」
じりじりと照りつける太陽が2人と馬の体力を徐々に奪う。今の季節だと日の光も強く、一同は途中で度々休憩をした。そうして日が落ち夜になると、野宿できる場所を探し睡眠を取る。これを繰り返し、ひたすら前に進む。するとほぼ予定通り4日目の昼頃になって、前方に巨大な城壁が姿を見せた。
「ようやく見えてきたか。たった4日とはいえ今回は長く感じたものだ」
「……ノルド、嫌な気配がする」
セラムが警戒を促した直後、大地が揺れた。そして砂煙が一帯を覆い、それが小さく圧縮され徐々に人の形を作り出した。
「ノルド、俺の馬も連れて先に行け。俺が相手をする」
「おいおい、あのゴーレム数十体はいるぞ、お前一人じゃさすがに無理だろ」
「そうは言ってもあいつらには普通の攻撃は無意味だろうから、こいつでやるしかない。死なない程度に片付けてくる」
セラムが無骨な戦士から預かった剣を門に向けノルドに行けと促すと、馬から飛び降り、ゴーレムの元へ向かう。
数十体のゴーレムは迫ってくるセラムを警戒しながら取り囲むように連携を取る。だがそれを察知し突進しながら一体を切り伏せ逃げ道を確保しておく。切り伏せたゴーレムは元の砂となって崩れ落ちた。すぐに近くにいた別のゴーレムが自分の体から砂を分離させ剣を作り出し、セラムへと斬りかかってくる。
セラムの倍以上の身長から繰り出される一撃はすさまじい威力で、地面に突き刺さると轟音と共に亀裂を生み出した。
「こいつは食らったらやべえな……」
地面にめり込んだ剣を抜こうとしてもがいているところを後ろから刺し貫く。あまり頭は良くないようだ。それに手足ではなく本体をある程度斬ると合体が溶けて砂に戻るようだった。
敵の特徴が分かればそれに注意して動けば良いので、そこからは半ば作業のようにゴーレムの数を減らしていく。一般の冒険者であれば苦戦したかも知れないが、セラムには確かな実力があり油断もないため、勝負はすぐに決した。
全てのゴーレムを砂に戻し、セラムはヘルキス入り口の城門へと向かう。門兵にはノルドが話を付けてくれていたようで、すんなりと中へと入れた。さすがに少し疲れたのでどこかで休もうと思い宿を探すため街へ繰り出そうとすると、セラムを呼ぶ馴染み深い声が聞こえた。
「セラム、よくやってくれた。早速上の人が話をしたいそうだ、来てくれるか?」
「ノルド、俺さすがに疲れてるんだが……」
「我慢してくれ、これが一大事なのはお前もよく分かっているだろ」
「上の人って誰だよ?」
「ゴードン公爵だ。彼に話を通せば陛下まで速やかに事を伝えてくださるだろう」
「……疲れてるからとは言えないか。分かった、どこで話すんだ、連れて行ってくれ」
ヘルキスの街のことは何も分からないので、おとなしくノルドについて行く。サレルの街と比べてあらゆる点で規模が大きい。建物も道路の幅もケタが違う。
走りながらゴードン公爵のいる館まで急ぐ。その館は街の中で最も標高が高い所にあるらしく、とても遠い。王都でないのにとても大きな街だと、今回初めて訪れたセラムは驚いた。
「やっと着いたな、ここだ。ここでヘルキスの政を一括して行っている。さあ行くぞ」
いかにも貴族が住んでいそうな外見の豪華な建物だった。中へ入り、豪華だが迷いそうな廊下を進み、会議室の前で止まる。
「礼儀作法に気をつけてくれよ」
「あのなあ、俺だってそれくらいは心得てるよ」
入ります、ノルドが声を掛け、中に入る。程よく豪華で受けの良さそうな服装をした人がゴードン公爵だろう。その他にも5人、側近であろう人も一緒だった。
「セラム君だね、私はノルド君から聞いていると思うが、この街ヘルキスを預かるゴードンだ。ヘルキスまで来てもらってすまないね。なにせ重要な話だと聞いているからね」
「ゴードン公爵、このような急な事にも関わらず、お目通りの機会をいただきありがとうございます」
挨拶を済ませ、セラムはサレルの街で起きた事、経験したことを整理して話した。
「なるほど……。よく伝えに来てくれた。だが少々遅かったかもしれない」
「もしや、この街も攻撃を受けたのですか?」
「いや、ヘルキスはまだだが現在国内5都市が昏睡状態を招く濃霧の発生していると手紙で報告を受けている。ここも例外ではないだろう。だが濃霧の対処法もせいぜい屋内に避難するしか現状手がない以上、苦しい状況だ」
「ゴードン公爵、サレルの街で敵襲を受けた際、突如現れた一人の男に手を貸してもらいましたが、その男によると敵はこの世の者ではないとのことです」
「この世の者ではない?敵がアンデッドとは思えないが……」
「知っておられるでしょうがアンデッドは高度な知恵を持つ者は皆無のため、この線は薄いでしょう。それに物理攻撃、魔法攻撃が効かない点も妙です。私の予想ですが、物質に頼らずに存在を維持できる者、精霊のような者達が首謀者ではないかと考えています」
「ふむ、人類に敵対する精霊か、だとしたら脅威だな……」
「それに私たちはこの街へ入る直前襲撃を受けています。確実に次が来ます。何か対抗手段を見つけなけらばなりません。謎の男から譲り受けた剣一本だけでは……」
「今は出来ることをやろう。騎士団に住民の屋内への避難を急がせる。最悪の場合この街から疎開することも考えなければならないだろう。セラム君、君はどうする?」
「私はサレルを拠点にしていますが冒険者ですので自由が利きます、このままこの街に残ります」
「そうか、頼りになる。では各自よろしく頼むぞ」
話し合いが終わり各自がやるべき事をやるために行動を開始する。まだ日は昇っているが、夜になれば視界が悪い中で襲われることもあるかもしれない。それを念頭において行動しようとセラムは気持ちを新たにする。
日が暮れたが、特に街に異常は見られない。セラムは気分転換を兼ねて少しだけ街を見て回ることにした。
ヘルキスはダムカスカ王国でも6番目に大きい街だ。大型で洋物の建物が間隔を詰めてたくさん建っている。そんな中でセラムが借りた宿は下層に位置する場所にある。ヘルキスは上に行くほど身分が高い者が住む構造になっているが、セラムは今回肩のこる場所は嫌だと言ったので庶民向けの宿に住むことになった。
階層別に分けられているが行き来が制限されているのは一番上にある政務部だけなので、その他は自由に行くことができる。今回特に人の出入りの激しい部分を中心に異変がないかを見て回ることにしていた。
通りを歩いていると時折露天が出店しており、食べ物はもちろんファッション用のアクセサリーから武器屋まで様々な物が売られている。サレルよりもヘルキスの方が品揃えが良いわけではないが、色々な要望に応えれるのはやはり様々な人が集うヘルキスの方が分があるということだろう。
セラムは様々な人が活発に活動している光景を見ていると、この光景を守りたい強く思い、出来ることはなんでもしようと決意を固める。
そうやって街を見ていると、政務部から指令を受けたであろう役人が大声で建物内に避難するように住民へ指示を出す。住民への自由権を侵害するかもしれないという反対意見もあったため避難は取りやめにかる可能性もあったため、遅くはなったが今からでも行動してもらえるのは非常にセラムにとってありがたかった。
役人の避難誘導に従う人が大半だが、中には文句を言う者や素直に従わない者がおり、そういった者は街の衛兵が出動し可能なら説得し、無理ならやむを得ず連行されていくという光景も少数だが見られた。
セラムが貴族の住む居住区に様子を見に来ると、至る所の道路に砂が落ちていた。貴族の住む場所には定期的に街の職員が掃除をして綺麗に景観を維持している。だがここまで汚れているのはおかしい。
「もうすぐ敵が来るのか?」とセラムは警戒するが、すでに遅かった。砂嵐がどんどん強さを増していき、それが固まってゴーレムが数十体程生まれた。
セラムがいるこの辺りだけでこの数なら、街全体ではどれほどいるのだろう。だがここで何もせずにいれば住民は容赦なく蹂躙されるだけだ。無骨な戦士から託された長剣を抜き、戦闘を開始した。
ゴードン公爵によると、最悪の場合は避難可能な街や村などに分散して疎開すると聞いている。ならば住民が逃げ終わるまでに一人でも多くの人を助ける必要がある。
最初に襲いかかってきたゴーレムの凪払いをしゃがんで回避し、長剣を胸めがけて突き刺すも、刃が通らずはじき返された。もしかしてこの前襲撃が失敗したことを学習して表面を硬化させてきたのか?だとしたら厄介だ。
それならば関節は硬化できないので、そこを狙えばどうかと考え足の部分を狙うと攻撃が通った。左足を失ったゴーレムは倒れ込みながらそれでもセラムを殺そうと腕を振るうが、首わずかなつなぎ目を狙い跳ねると、さすがに活動を停止した。
続けて2体目も手足を斬って無力化し、3体目は氷魔法で凍りづけにし動きを止めた時、大きな地鳴りが響いた。
「おいおい、こんな奴どうすりゃいいんだよ……」
セラムはぼやきながらも、目の前の脅威に抗うために動き出す。
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