襲撃

外に出たセラムは見た光景を少しの間幻ではないかと考えた。あれは木だ。大木が根っこごとドシン、ドシンと地面を揺らしながら街を闊歩している。木の枝を人間の腕のようにしならせ、人をを滅多打ちにし、投げ飛ばす。


 ギルドから様子を見るために外へと出てきたセラムは、回れ右をして中へと引き返した。根性なしにもみえる行動だが、今回は正解だ。あんなもの1人ではなにもできない。せいせい枝で鞭のように打たれ、踏みつけられて終わりだからだ。


「嬢ちゃん、今動ける冒険者を全部ここに集めてくれ。状況を説明する」


 そうして集まった冒険者の人数を見て、セラムは思わず苦笑いを浮かべた。たったの7人。それ以外の者はことごとく濃霧にやられてしまったのだろう。


 動ける7人の冒険者へセラムがさっき見てきた現状を説明する。


「みんな聞いてくれ。俺はさっき状況把握のために外へ出て様子を見てきたんだが、なんと言ったら良いのか……大木の化け物が片っ端から住民を血祭りに上げてた。それにこの人数だ。ここは外に取り残された住民を避難させることを優先しよう。討伐するのは二の次にする。これでどうだ?」


 セラムの提案に皆即座に同意を示し、現状可能な限りの装備を整え外への準備を行った。


「俺たち冒険者は王国の騎士達と違って得意じゃない。だから皆で各自行動してくれ。それと住民を助けるときも一度にたくさんの人をまとめて救助するのはよそう。身動き取れなくなるからな、言わなくても皆分かるとは思うが。じゃあ行こう。くれぐれも生き残ることを最優先してくれ」


 セラムを含めた8人はギルドを出発し、散開した。セラムは今のところ濃霧の影響を受けていないので、率先して町外れの方まで広範囲で住民を探すことにした。


 頭の中に絶えず悲鳴が聞こえ、精神力を徐々に削られる中逃げ遅れた住民を見つける。


「おいおい、まだ子供が外にいるのかよ。おい君、外にいたらこいつらに殺される、付いてきてくれ」


 号泣している子供がすぐに言うことを聞くはずがなく、抱きかかえて身近な建物を目指す。

 たった100メートルほどの距離が今はとてつもなく遠く感じる。しかも動く大木の一体がセラム達に気づき、即座に攻撃を仕掛けてきた。


 鞭のようにしなる枝の部分を横へ上へと飛びながら回避する。やがて建物の玄関へ辿り着き玄関を蹴り飛ばし、子供をそこへ投げ入れた。その直後にまた大木が仕掛けたなぎ払いを受け流そうと、剣を抜き受け流す構えをするが、木の枝はその剣をすり抜けてセラムへとダイレクトに打ち抜かれた。


 何が起きたかも分からないままセラムは吹き飛ばされる。地面をバウンドしながら50メートルほどでやっと止まった。致命傷は避けられたが、全身打撲の状態になった。


「今俺の剣をすり抜けてきたよな……どういうことだ?」


 全身が痛みに襲われるが、なんとか立ち上がり思考を回す。だが何も名案は浮かばない。大木がセラムめがけて走り出し、もう一度なぎ払いを仕掛けてきた。先ほどの事がありガードするのも危険だが、まだ痛みのせいで体が動かない。これは詰んだか、諦めようとしたその時、セラムは何かに抱きかかえられかろうじて大木の攻撃を回避できた。


 一体何だ、何が起きた?状況がよく分からないが、誰かに助けられたことだけは確かだった。


「ひどい様だな、動けるか?」


 助けてくれた人を見る。かなりの長身で、がっしりとした体格であることが分かる。全身に頑丈な装備を着ており、重騎士といった印象だった。顔は鬼のような造形の仮面を被っており素顔を見ることは出来ない。


「おい、名は何という?」

「セラムだ」

「セラム、あいつらはこの世のものではない。通常の攻撃ではかすり傷すらつけられない」

「あんた、あいつらを知ってるのか?」

「古い因縁があってな。今は俺のことはどうでもいい。セラム、これを使え」


 無骨な戦士が差し出したものは、神聖なオーラが漂う長剣だった。刀身が半透明で、クリスタルのように輝いている。


「あんた、この剣は何だ?」

「今説明している時間はない。実践が手っ取り早い、それで斬ってみろ」


 初めて持ったにしては、やけに馴染む。セラムは先ほど潰され掛けた大木と再び戦闘を始める。


 右から左から目眩がするほどのなぎ払いを冷静に回避しながら、動きを観察する。どうやらこの大木は数発なぎ払いをした時にわずかに隙が生まれるようだ。痛みも引いていき、セラム本来の機動力を生かした戦い方を用いて徐々に距離を詰め、長剣を一閃した。


斬った時に手応えがあった。その感触が示すとおり、大木から伸びていた木の枝が重い音を立てて地面へと落下した。そして大木は切り落とされた部分から光の粒子となり消えてしまった。


 良かった、これで少しは大木の連中に対抗できる。わずかに希望が見えほっとしていると、無骨な戦士はすでにこの場を立ち去ろうとしていた。


「おいあんた、どこ行くんだ?」

「奴らに気づかれるといろいろと面倒だからな。また会おう」


 そう言って無骨な戦士は景色に溶けるように姿を消した。彼は何者だったのか気になるところではあるが、こちらに手を貸してくれたこともあり、今のところ敵対勢力ではないと判断した。一度ギルドに戻ろう。意気揚々と住民を助け出すと言っておいてこの様か、セラムは悲観主義者ではなかったが、それでもこの結果には疑問を抱かざるを得なかった。


 ギルドに戻ってみると他の冒険者と合流する。全員生き残っていたようで安心した。再び8人で情報の共有を行う。


「もうみんなも分かってるだろうけど、一応確認も込めて。あいつらは私たちの物理攻撃、魔法攻撃の全てが当たらなかったわ。けれど向こうがこっちを攻撃するときは別。反則よね」

「とにかく全員生きていてなによりだ、それに尽きる。それに外を見てみろ」


 セラムが外を見るように促すと、少し濃霧が薄くなっていた。


「間違いなく、今回の事は仕組まれてる。濃霧で戦力を削ぎ、大木の攻撃で残った奴らを仕留める。ここまでは分かるんだが、あの霧を吸っただけでどうしてあそこまで人体に影響が出るのか、それはさっぱりだ」

「一度この情報をギルド長に報告しましょう。少しでも情報はあった方が良いでしょうし」


 話し合いはギルド長に情報提供をすることでまとまり、代表としてセラムが赴くことになった。だがギルド長も街の状況を調べるために忙しく、面会できるまであと数時間程度かかるらしい。一刻も早く会いたいところだが、焦ってもどうにもならないので壁際にあるベンチに腰を下ろす。


 待ち始めて1時間が経った頃になって、ようやく霧はほとんど消滅した。これで今のところ、様態の悪い者が増えることはないだろう。


 2時間経って、ようやくギルド長の準備が出来たと呼び出しを受けた。セラムは急いでギルド長室へ急ぐ。


 ギルド長のノルドはセラムとはそれなりに深い付き合いがあった。ノルドとセラムはかつて同じパーティを組み何度も死線を共にしてきた。だが3年前に子供が出来たことで冒険者の仕事に対する思いに変化が生まれ、裏方のギルドでの仕事へと移った。セラムは今も冒険者として腕を磨き続けている一方で、ノルドはそこまでの想いはなかった。だがノルドはセラムの真っ直ぐに己の道を究める姿勢を褒め称え、セラムはノルドなどの裏方の支援のお陰で冒険者は自由に動けることをとても感謝していた。


部屋をノックし中へ入る。相変わらず何もない殺風景な部屋だった。


「遅くなって悪かった、なにせ街が街として機能してなかったからな。じゃあセラム、何か分かったことはあるか?」


 セラムはまずは要点をまとめ簡潔に話す。


「そうか、こちらの攻撃が一切通じないねえ。それじゃあ今のところ手が届くのはお前のその剣だけってことか。謎の騎士が押しつけたそれには一体どんな秘密があるのやら、秘密主義は良くないぜ。こっちからもひとつ情報がある。あまり芳しくない情報だ。霧はようやく収まったが、すでに症状が出てしまっていた住民は誰一人回復していない。治癒魔法を用いても体に起きている倦怠感をわずかに和らげる程度が限界らしい。

「つまり、一度発病というか症状が出れば今のところ死に向かって一直線ということか……」

「それだと困るから一度ヘルキスへ向かい上の人と対策を考えることになった。セラム、お前も来てほしい」

「やはりそうなるよな」

「この街を襲った濃霧が他の街でも引き起こされている可能性もある。少しでも何か分かれば良いのだが」


 その後、ノルドとセラムはしばらく打ち合わせを続けた。




 この世界の北のさらに北に位置するところで、会議が開かれていた。もっとも会議と言っても人類のように無駄話をしたり騒々しいものではない。出席者が淡々と事実を報告していく。それを静かに聞く、一番奥に陣取る者がいた。自然界は考えられない程の大きさと失明するほどの輝かしい白一色な狼の見た目をしている。とうの昔に肉体を捨て、神秘の存在となり皆を導き数千年。


 どうやら初動の計画は成功したようだ。だがこの場にいる者で本心から歓喜しているものはいないだろう。ただ、粛々と事を成すのみ。


 進化の道を自ら捨て去る愚かな行為に目を瞑る事はできない。だからこそ彼女は決断をしたのだ。自分の子供を差し出すことを、腹を裂かれる想いで承諾した。ほとんどの人類が無垢の生き物へと還るのだ。


 この計画に全ての進化の民が賛成した訳ではない。人類に肩を貸すためにその立場を、神格をも返上し下界へと降りた者を思い出し、嘆く。砂時計の砂が下から上へ昇っていかないように、物事は時に淡々と、時に無慈悲に進んでいく。


 せめて、私だけは忘れずにいよう。人類の為に全てを捧げた彼のことを。そしてもうこのような悲劇を二度と生み出さないために、手を取り笑い合うことができたあの時へ時間を戻すだけなのだ。そう、それだけだ。


 





 翌日になり、セラムはすでにノルドと共にヘルキスへと出発していた。不気味なほどに静まりかえってしまった街を振り返り、心の中で涙した。衛兵が管理する門を抜け、森に入る。ここからは、街以上に何が起きるか分からない。慎重を期しながら、2人は森へ入っていく。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る