破滅の足音
朝陽乃柚子
異変
太古の昔より、この世界のありとあゆる生き物は争い続けた。理由は様々だ、食料を獲得するため、縄張りを確保するため。
だがある時が気づいた。このままではやがて朽ちていくだけだと。それは望むことではない。
そこから、少しずつ変わっていった。全ての者でより良い未来へと進むために、争いから共存へ、そして最後には進化。全てはそこへと進むために。
だが、全ての者達。この中に人類は含まれない。
剣と魔法が織りなすこの世界。地平線の彼方までを我が物に。という思いがあったかどうかは分からないが、およそ7つの大国が覇権を争っている。
その中で最も勢力を広げているのがダムカスカ王国だった。 400年の歴史を持ち、特に50年程で陸地の二割を占めるほどの領土を支配するに至った。そんな栄光の道を突き進むこの国の歯車が徐々に狂い始める。
セラム・ダーウィン。ダムカスカ王国できままに活動している冒険者だ。30歳になり、実力もそこそこあり、これから油がのってくる頃で本人もそれに気づいており、最近特に気合いが入っている。ここ半年は中規模都市のサレルという街を拠点にして活動していた。
少し気候も暖かくなり、生き物も元気に動き出す頃の季節になってきた。生き物の動きが活発になると、当然魔物もごろごろと動き出すので、討伐関連の依頼が増えてくる頃だ。このセラムも例に漏れず、ギルド内のボードで報酬の大きい討伐依頼を吟味している。
しばらく眺めていると、気になる依頼書を見つけた。オークなど、そこそこの危険度になる魔物を討伐する仕事だが、報酬が良い。早速受け付けへと向かい受理してもらう。この仕事はパーティを組んでも良いとのことなので、ギルドの中にいた同じランクの冒険者と即席のパーティを組み、翌日の朝討伐に向かうことにした。
そして翌日、セラムを含め3人のパーティは予定通り早朝に集まり、魔物が出たと報告があった場所へ向けて出発した。
「ささっと狩りしてちょろっと稼ごうぜ」
パーティの1人が軽口を叩く。セラムはさすがにここまで油断こそしていないが、いつもの仕事と同じように、流れ作業で行えるものだと認識しているので、平常心で仕事をする心境だった。
現場へと到着し、3人は警戒しながら辺りを見回す。街から数時間で来られるこの場所は見渡すばかり荒野で、所々にサボテンや大岩がある所だ。
数分で討伐対象の魔物は見つかった。3人で陣形を組み、距離を詰めていく。だがあと10メートルまで近づいたとき、魔物に気づかれた。3人は武器を構え、攻撃を仕掛ける。
だが魔物達はセラム達が攻撃してくることに気づくと、反撃はせずにゆっくりと後退を始めた。その様子にセラム達は困惑した。
「今までこんなことあったか?普段は死に物狂いで殺しにくるもんだろ」
「どうしよっか、逃げるなら討伐しなくても良いんじゃない?」
「馬鹿、討伐しなきゃ金もらえねえだろ」
「そんなこと言ってる間にあいつら走って逃げてくぞ。どうする、殺すか?」
問いかけられたセラムは、逃げ出した魔物を追いかける事はせず、一度街に戻ることを決めた。
街へ戻ると、このことを報告するためにギルドへと向かう。建物の中へ入り、担当の受付の女性を緊急の要件があると言って呼び出す。
「あら、セラムさん、どうされました、討伐は終わりましたか?」
「それが、魔物の様子がおかしくてな……駆除しようとしたら逃げられてしまった」
「え?セラムさんのところもですか?」
女性の戸惑った反応に、今度はセラム達が戸惑うことになった。詳細が気になり詳しく話を聞くと、セラム達を含め4つのパーティで討伐しようとした魔物が逃げ出したと相次いで報告を受けたとのこと。
なんとも釈然としない思いを抱きながら話を聞き終えると、今日はもう時刻も夕方であったので宿へと帰り休むことにした。ギルドを出てすぐに解散し、セラムが宿へと向かい歩みを進めていた時。セラムの心の中には次の疑問が生まれていた。
「霧か?」
視界がわずかに霞んで見える。だが今までこのサレルの街が霧に覆われたことは、セラムがここに拠点を移してからまだ一度もなかった。
いや、本当に霧か?光の加減で霧のように見えるだけなのでは?セラムはそう結論を出すと、疑問を半ば無理矢理押し流した。
翌日、少し寝坊したがまだ朝と言える時間に目が覚めた。だがセラムにとって心地よい目覚めとはほど遠かった。
「ん?」
廊下に出る。人の気配が全くしない。それに少し視界が白っぽく見える。何かがおかしい。セラムは階段を降り、1階にいるはずの女将の姿を見つけ出し、声を掛ける。
「おばちゃん、おはよう。何かあったの?」
「あんたは大丈夫?体なんともない?」
ひどく驚いた表情を見せそうセラムへ尋ねる女将。一体何のことだか分からないセラムは詳細を尋ねる。
「街中濃い霧が出てさ、そしたら急に霧の中にいた人がバタバタと倒れちゃってね。息はしてるみたいなんだけど、全然意識もないんだって。
「なんだそれ……それじゃあこの宿の客も危ないんじゃないのか?」
「あんた以外に2人お客さんいたけど、2人とも意識なくてね。ほんとどうしたらいいのか……」
女将の言葉を聞き、セラムは自分にその症状はないかを疑う。だが体の重さや、意識の混濁などは一切ない。
「……おばちゃん、絶対に外に出るな。もし地下室があるんなら、そこに避難してろ」
「おいちょっと、あんたはどうするんだい!」
女将の言葉を待たず、セラムは玄関を叩きつけるように開け通りに出ると辺りを見回す。至る所で人が倒れていた。一番近くにいた衛兵の元へ駆けつける。
「おい、大丈夫か、しっかりしろ。俺の声が聞こえないのか?」
続けて数人の肩を揺すり、声を掛けるが反応がない。
だれがこの状況を説明してくれ、訳が分からない。膝を付き冷静になろうとするが、今のセラムにとってそれは不可能だった。
「セラムさん!」
自分を呼ぶ声が聞こえ、セラムが振り返ると、ギルドで世話になってる受付の女性だった。
「嬢ちゃん、なんでここに。体は大丈夫か?」
「かなり体が重たくて眠いけれど、まだなんとかね。私の事は良いのよ。今ギルドで動けそうな冒険者を集めて対策を話し合おうってなってさ。セラムさんもすぐに来て」
口を服の端で押さえながら向かい、ギルドへ着くと急いで中へ入る。中には普段ほどの賑やかさはないももの。10人程度の冒険者、それと数人の子供が避難していた。
「これだけしかいないのか?」
「他にもいるんだけど、ここにいる人以外は意識がなくて、臨時に設けた部屋で休んでるわ。あと子供達はこの近くで遊んでたんだけど、家まで遠くて帰るまでの間にあの霧の影響を受けるといけないから、ここに連れてきたわ」
「原因はこの濃霧だろ?」
「だろうね。分かることといったらそれだ。どうやって対処すればいいかも分からない。口を塞いで霧を吸わないようにすれば良いのかもしれないけど、ずっと外に出てない人も症状が出てるわ。ほんとどうしたらいいのか……」
「ギルド長はなんて言ってるんだ?}」
「情報を集めてるから、それまで建物の中で避難してろって」
「それが得策だろうな」
キリの良いところまで話をしたセラムは、子供達の様子が気になり、声を掛けることにした。遠くから見ていても不安そうな様子がすぐに伝わってきた。数人いる子供達に優しく話しかける。
「君たち、大丈夫か?」
「お兄さん、怖いよ……」
「私たち死にたくない……」
「死ぬもんか。俺たちに任せろ。今どうすればいいかみんなで考えてる。君たちを守ってやるからよ。どうだ、少しは安心したか?」
「……」
「まあこの状況で落ち着けってのが無理な話だよな。それでも俺たちを信じてくれ。そうすれば突破口も生まれるかも知れない」
さて、これからどうしたものか……。ギルド長に会ったところで状況は好転はしないだろうことはセラムにも容易に想像がついた。ならばと自分なりにこの状況を考えてみる。
一番可能性があるのは、敵国からの襲撃だろうか。だが魔法でこの現象を起こすのは無理だ。どうやら濃い霧は街中を覆っており、どれほどの高位魔術師をもってしても出来ることではない。だがそれでも敵襲だとして、どこの国の仕業だ、とセラムは考える。だがダムカスカ王国は敵が多すぎた。周り中の国を相手取り戦火を広げたツケが今になって返ってきているのかもしれない。
考え抜くが、何も策が生まれず時間が過ぎていく。日の昇り具合から、もうすぐ鐘の音がなる時間だろうことが分かる。いっそのこと動ける者だけでも脱出するべきなのではと馬鹿な考えが浮かぶ。だがもしここを逃げられたとして、他の街が安全であると考えるのは愚かなことだ。
ついに鐘の音がなった。普段なら凜としたこの音色に心奪われるのだが、今のセラムにとっては無駄に時間を過ごしたことへの侮蔑にしか感じられない。
昼になり、少しは濃霧も薄れてきているだろうか。全く症状のない自分だけで外を見てこうと思い立ち上がった時、地面が揺れた。あまりの揺れに尻餅をつく者がいたり、子供は恐怖で泣き叫ぶなど多少落ち着いていた空気が一瞬で崩壊した。
「みんな大丈夫?」
受付の女性が叫ぶが、みんなパニックに陥っており、応える声はまばらだった。セラムもいち早く視線を動かし現状を確認する。物が倒れたりといったことはなさそうだし、大きな怪我をしている人も今のところ見当たらない。ひとまず良かったと胸をなで下ろす暇もなく、次の異変が起こる。頭の中で人の断末魔がいきなり響きだした。
身の回りで怪我をした人はいない。ならばこの断末魔はどこから聞こえてるんだ?もしかして外から聞こえているのか。低い可能性だがそれしかないのではと思い外を眺めたとき、人が吹っ飛ぶ光景をセラムは見た。これには思わず外に出て確認するしかないと思い、外へと向かう。
「一体何が起きてるんだ……」
そうつぶやきながら外へ出たセラムは信じられない物を見た。
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