第15話

 汚れてしまった制服を保健室に預け、それぞれの教室に戻ることになった。

 すでに授業が始まっている中に入っていくことになったが、糸魚川は躊躇わずに教室の扉を開ける。それと同時に、黒板に目を向けていたクラスメイトと松田が一斉に入口に注目し、糸魚川のジャージ姿に驚いた様子だった。


「先生すみません、保健室に行っていました」

「ああ、それはいいが……制服はどうした? 朝は着てたよな?」

「探し物をしていて汚しました。これは保健室から借りたもので……」

「そうか、探し物は見つかったのか?」

「……はい。お騒がせしました」


 その一言に、思わず垣田が椅子を勢いよく引いて立ち上がった。松田にしっかり説教されたのか、目元が赤かった。糸魚川は自分の席に向かうと、垣田が腕を掴んで引き留めてきた。


「い、糸魚川! 悪かった、本当にごめ――」

「垣田」


 謝罪の言葉を遮られると、垣田は突然怯えだした。真っ直ぐと見据えた糸魚川の目に怒りの色が見えて、反射的に掴んでいた腕を離して身を引いた。糸魚川が何事もなかったように颯爽と席に戻ると、授業が再開される。


 たった一言、名前を呼ばれただけだったのに、垣田には空耳が聞こえた。

 一生許さない、と。



 その日は「詳しい話を聞きたい」という松田の声をすっぽかし、糸魚川は真っ直ぐ海田家へ帰った。

 早速外れてしまったチェーンとロケットをどうにかしてくっつけようと、慣れないペンチを使って試行錯誤していると、珍しく平日に有休を取っていた明夫に見られてしまった。


「航? どうした? ……ああ、外れちまったのかい」

「あ……えっと、はい」


 学校で奪われ、隠されていたことは伏せて、元々緩かった留め具が壊れてしまったのだと説明すると、明夫は日曜大工で使う道具箱を持ってきて、ものの数分でペンダントを作り直してくれた。


「チェーンはまだ使えるから、留め具だけ変えようか。確か昔使ったのが残ってたような……」

「昔?」

「ああ。若い頃に母さんにペンダントを作って渡したことがある。……あった。今のとちょっと形が変わっちまうな。どうする? 今度の休みに同じものを探してみるか?」

「……いいえ、それがいいです」


 直してもらったペンダントを見て、産みの親と糸魚川を繋ぎとめたのは、紛れもなく海田家だと思った。


 人は紡いでは切り離し、また新しい人を紡ぐ。――お人好しで真っ直ぐな生徒会長の言葉がふと頭をよぎると、糸魚川は思わず口元を緩めた。


【轟木ほまれは応援したい~生徒会長があなたのお悩み、解決します~】 〈了〉

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轟木ほまれは応援したい~生徒会長があなたのお悩み、解決します~ 橘 七都 @flare08

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