第1話 湯川凛
耳を澄ますと聞こえるノイズは心地よくて、人が群れを成して行き交う光景に電車がひっきりなしに来る景色が想像できる。
閉じていた目を開いて確かめるように見れば、想像通りの景色が見えるのだった。夢でも現実でも無い世界でも感じることのできる事はなんと表現すればよいのだろうか。僕の語彙力では説明ができないようだ。
>まもなく2番線に参ります電車は千葉新都心行の電車です。危険ですから黄色い点状ブロックよりお下がりください。
何気ない日常の中のワンシーンの中でも、変化はあるものだ。駅の放送も新たに更新されていく。もう、昔のおじさんとおばさんの声は聞けないらしいようだ。だけれども、乗り込む乗客はその事を気に留める様子は皆無で各々が今日も決められた結末までの刹那の連続を過ごす。
そして僕は明日。
この世界の住民では無くなる。その事は僕が、意識を認知できる様になった時にはすでに理解していた。概念とか常識に近いものなのだろうか。
「(僕)は、明日いじめられる。 いじめっ子によって投げられた消しゴムに足を滑らせいじめっ子の方へよろけ殴られる。殴られた僕は運悪くころんだ先の階段から落ちる。大怪我で動けない僕を放置して翌日発見される。そして...」
独り言を囁いてようで、電車の前に立っていた女子高生はなんとも言えない憐れむような表情を浮かべていた。
「僕は、明日まで消費期限みたいだ。君は?」
知らない彼女は、小さな声で応える。
「6年後の春。震災で精神的に傷ついて終わり」
「そうなんだ」
終点に着いてから知らない彼女は何事も無かったかのように対向の乗り換え電車に乗った。僕は、改札口へと向かい帰路につく。
その日の夕方。千葉新都心上空では雲ひとつ無く透き通ったシャンパンゴールドの夕日が沈んでいた。夜が来るのを待ちきれないように急いて行ってしまうようだとおもった。
***
物語に忠実に従う。これは、僕の意思でありそうでない。 結果があって行動が決まる。この世界の理に僕は従ったまでだ。
「やぁ、(僕) ちょっと来いよ」
見覚えのある顔が僕の手を強引に引いて廊下へと連れて行こうとする。いつものいじめだが、今日で最後だ。
クラスメイトの視線は、いつもと違っていたが 明日からはもう無い光景に安堵したのかも知れない。
「今日は、的あてゲームだ。 消しゴムをダース買いしたからなたくさん当ててやるよ」
連れの仲間たちと笑いながらも、いじめっ子の目は魚のようだったのだけは不思議だった。
だけれども、予想外な事が起こった。
いじめっ子が投げようとしていた消しゴムのパッケージを開けた時、消しゴムがこぼれた。 拾うように行った仲間の一人がふざけて僕へ消しゴムを拾うように言った。
拾おうとして後ろから押されて、消しゴムに足を滑らせいじめっ子によろけた。
そこまでは良かった。
いじめっ子が僕を殴ろうとした時、いじめっ子の背後から凍てついたような声色が聞こえて静止する。
「あなたも偶然とはいえ、人を死なせたくは無いでしょ?」
言葉に反応していじめっ子が振り向き、視界がひらけるとそこに立っていたのは見覚えの無い少女だった。 ミディアムボブでくらい灰色をした髪色の彼女は、色白でかわいいというよりは綺麗だった。
「でも、こうなる結末なんだよ。 こいつ(僕)の人生でもあり、俺にとっても結末に繋がるんだ」
確か、いじめっ子の彼は僕をいじめていた事がバレ、内申点や評価で脅され、怒られる。学校を逃げ出した先で工事中で偶然にも空いていたマンホールに落下するんだったけ...
少し取り乱した様子のいじめっ子に対しても彼女は、無機質で希薄感情な様子で言う。
「そう。でも、彼が生きているのだから変化があるかもよ」
「(僕)は、生きている。理由はわからないが前代未聞のことだから、先生たちも困惑しているんだ。クラス名簿に書かれた結末とは異なるし」
放課後。死んでない僕を不思議そうにする担任が職員室の自席で頭を抱えていた。仮想でない状況で例えるのならば、昨日まで学生だった者が次の日に初老になっていたくらいにありえないのだ。玉手箱を開けたわけでも無く、唐突に起こった事に困惑している。
僕自身も驚きが余韻としてまだ残っている。だけれども、隣に立つ少女は変わらない様子で応える。
「そんなこともありますよ」
そして、僕は彼女が誰か知らないでいた。気になって、胸元の名札を覗き込むと湯川と書かれているが僕の記憶では湯川というクラスメイトはいないはずだ。
「私は、湯川凛。 君に恋をしている少女ということにしておいてよ」
僕の視線に気がついた彼女は囁くように教えてくれた。
一方の担任はといえば、僕が抱いていたような疑問は無く彼女を当たり前のように認識していた。
「先生。彼女... 湯川さんって転校生ですか?」
僕の問いかけに担任は頭を抱えてうつむきながら答えた。
「そんな... お前は頭もおかしくなったんだな。4月からいただろ」
笑いを堪えるように湯川という彼女はうつむいた。
「凛でいいよ。湯川って呼ばれるのは慣れてない。あと、君が考えていることはわかるけど、今は教えない」
湯川...
いや、凛はそう言い残して、振り向いて職員室を出ていく。
かすかに香る彼女からは、甘くも透き通るような香りでもなく無機質な消毒液のような香りがするだけだった。
「彼女変わってますか?」
担任は彼女の後ろ姿を見ながら言う。
「変わってるのはお前だろ」
ROM*3 東雲夕凪 @a-yag
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