合縁奇縁
渚けんた
巡り逢う縁
明日はきっといいことがある。そう思っていた。あの時までは。
どんなに待ち望んでもいいことが起きるとは限らない。悪いことばかりに偏ったりすることの方が多いとさえ言える。今この状況を打開することは難しいことではあるが無理ではない。
なぜだか檻に閉じ込められていて以前までの記憶が無い。ひとまず抜け出すことを考えなければならない。そう思い立ったのは思いの外遅く、閉じ込められてから2日経った日のことであった。檻の周りには看守が付き、刀まで携えている。辺りを見渡せば屋敷のような平屋の建物が広がっていて屋外にも関わらず火薬の匂いで充満していた。
毎日夕暮れ辺りを境に看守は離れ、そして数分後に城主らしき身なりは綺麗だがかなり大柄で太った男が私の元にきて、「私と婚約をして、子を作らぬか」と迫ってくる。これをここに来て幾ら繰り返したことか。毎度のように私は「婚約は交わせませんし、第一好きでない人と子を作りたくもありません」といって断り続けるのだ。そろそろ私を諦めて欲しいものだ。
翌明朝、私の元に見慣れない男が来た。その男も檻に閉じ込められていたらしく抜け出して看守の目を掻い潜り私の元に来たとのことであった。その男は閉じ込められていた時に看守の話を盗み聞いて、美人の娘御が檻に囚われていると聞き、身を決して助けに来てくれたという。
私の檻の鍵穴に木の枝を入れ込み格闘すること数秒。檻の戸は開き晴れて監獄生活に終止符を打つことができた。男には感謝しても仕切れない。しかしそれと同時に男は私が仮に美人でなかったら助けに来なかったのだろうかなどと心の中で思うようにもなった。しかし顔と身体目当ての城主よりこの男と共に逃げる方がよっぽど都合が良い。今の私と男の目的はただ一つ。城内を抜けて自由な生活を送ること。
広い城内を男と人の目を避けてひたすら出口へと急いだ。しかしそう上手くいく筈もなく途中で城に仕える弓矢を持った男衆と鉢合わせてしまった。こうなってはまずい。と、男は強引に私の腕を手繰り寄せ、身を挺して戦おうとしてくれたのだ。しかし武器なんて物はなく弓が当たらぬよう必死に走り続けた。城を何周もしたかも知れないほど迷い走り続けた。そして外部からの侵入を防ぐために使うであろう壁を見つけた。壁中央付近には火縄銃を入れて外部の人を狙撃できる格子のようなところがあった。そこに足をかけて私が脱出しようとした時、周りを見張っていた男が先程の男衆に弓矢で足を撃ち抜かれてしまったのだ。男は「早く逃げろ。捕まらないうちに」と私を逃してくれた。私は言いつけを守るべく壁の細い淵にもう片方の足をかけ脱出しようとした。その時だ。バランスを崩しそのまま高さ数メートルの壁から落ちてそのまま近くの山林の斜面を転げ落ちた。気がついたのはいつのことだろうか。辺りは暗く明かりを灯せるものもないこの状況。いつ何時にも熊に襲われたり、あの城の家来に見つかるかも知れない。今夜は眠れそうにない。夜が怖いのもそうであるが、あの城に戻ることが一番恐ろしかった。しかし気がかりなのはあの勇敢な男がその後どうなったかということ。私を身を呈して守ってくれた。せめて死んでいないで欲しいと願うことしかできない。私は途方に暮れていると、次第に胸が熱くなってくる。心臓の鼓動が以前にも増して胸を締め付けてくる。今すぐにでも過呼吸で死んでしまいそうだ。
暫く経ち、落ち着きを取り戻してから、なぜ胸が締め付けられる程に心臓が脈を打ったのかを考えることに。考えていけばいく程脳裏にはまるで王子様のように加工された男の顔が思い浮かぶ。もはやそれしか浮かんでこない。どんどん耳が熱くなって一瞬でこれは恋だということを身をもって自覚した。あの男に、いや王子に会いたい。そのどうにも止まりそうにないまるで恋の暴走機関車が胸の周りを駆け巡りその日は恋について夜通し考えた。気がつけば朝日が上り鳥の囀りが聞こえる。綺麗な朝を迎えたのに私の心には鉛雲がかかり清々しいとまるで思えなかった。ともかく汚れた服を着替えたいと思い、山林を歩き回った。するとかすかに何かを燃やすような匂いがすることに気がついた。香りはどんどん強くなっていく。村もしくは集落が近いことを察した。歩くこと数秒、とある女性に出会した。彼女は身なりこそ綺麗とは言えないが純粋無垢な目を持っていて何か引き込まれていくような、まるで心の中を見られているようなそんな澄んだ目をしていた。そんな彼女にことの次第を話した。なんでかは分からないが何でも話してしまう。この人には敵いそうにない。暫くの時がたち、すると自分の家に案内すると言って私の手を引いて急ぎばやに歩き出した。なぜかと訪ねれば女性はこの辺りは猛獣が出やすい危険区域なのだと少し急いだ口調で話した。その地点からおおよその距離で1里ほど進んだところに多少の集落があった。そこには老若男女様々な格好をした人々が生活していた。その中になんと猛獣退治屋なるものもありそれには流石に驚いた。その日は女性が我が家に泊まって行きなさいと言ってくださった為に、言葉に甘えて宿泊することにした。女性の家には女性の夫と思わしき人と3人の子供がいた。この女性の夫は猛獣退治屋の長を務めている人であり、なかなかの良い体をしていた。しかし残念なことに少し天然のようなところがあり時々配慮のないことを普通に言ってしまうような人だが、なんだか憎めない人であった。この夫妻の子供は皆利口で、火を起すために枝葉を拾ってきたり魚を川で捕まえてきたりしている。私も手伝うと言ったが内に居てくださいの一点張りであった。まだ幼く見えるのに誠に立派な姿に感動してしまった。夕暮れ時子供と共に風呂の湯を沸かすために乾いた葉や枝を拾い火を起こして温め、風呂の順番を決めるためのジャンケンをし、久しぶりのお湯に浸かった。癒されたしとても気持ちがよく寝てしまいそうになった。湯に浸かり終わり母屋に戻ると、すでに夕飯の準備が着々と進んでいた。しかしずっと感じていたこの違和感。言葉遣いや聞きもしない職種、見慣れない召し物、建物が少し強度のなさそうな平屋建て。何かが一様にズレたような感覚。この違和感の正体を探るべく女性に年号を尋ねたらなんと「天正元年」と言った。正直どうなっているのかが全くわからない。きき覚えの無い年号を聞かされ一瞬ばかにされているのかとさえも感じるほどに。しかしこれが思わぬ功を奏し、ぼんやりとだが記憶が微かに蘇ってきた。ぼんやりと移るその先には赤い絨毯が敷かれ、天井からはシャンデリアのような物が吊るされている。その先に見えるのは数人の黒い服をきた人と椅子にふんぞりかえる人とその横で声高々何かを話す2人の人の姿が見えた。そこで記憶の再生が終わりそれ以上思い出せなかった。ふと私は目線をあげると顔を3人の子供が覗き込んでいた。なんでも、話しかけても応答がなく、その状態が2分程続いていたという。我ながら申し訳ないなと思った。家族はほっとした様子で「よかった」と言ってくれた。なぜかこの言葉に心が苦しくなるような以前感じた胸が締め付けられるのとはまた別の表現のできない体の奥底からの悲鳴を感じた。そこからの意識はない。そして気がつくと辺りにはあの家族の影はおろか、家や近隣の人の姿も見えなかった。近くには家屋の残骸と思われる木片や昨晩浸かった風呂釜などが荒れ果て、朽ちた様子で転がり、これまた年月を経て劣化したかのような感じであった。近くに誰かいるのではないかと思い歩くが人どころか動物の鳴き声さえも何も感じなかった。しかしこれまた見慣れない景色であった。しばらくすると轟音と共に強い風が体を襲ってきた。辺りの建物は忽ち飛ばされ私もまた風によって飛ばされ、頭の打ちどころが悪かったのか気を失ってしまった。そして起き上がったのは病床の上。近くには看護の人がたくさんおり、治療に専念していた。すると少し歳のとった医者らしき男が近づいてきて私の容体と私自身はとある人に助けてもらったのだということを教えてもらった。礼を言わなくはと思いその男を探そうとした時、医者に止められた。私を助けた人は軍人であるらしく、すぐに惨禍へと行ってしまったというのだ。心では諦め切れなかったがまたどこかで逢えると期待して待つことにした。家屋が息苦しくなり外へ出ると少し遠くの山が燃え煙が上がっていた。ひょっとしたら何かが起こったのかもしれないと思いこの集落の外へ出て煙の広がる方へ向かってみることにした。するとそこにはこの世のものとは思えないような赤色のなんとも言えない景色がただただ一面に広がり、遠くから聞こえる微かな叫び声と鼻の奥をつくような焦げた匂いで充満していた。私は思わず息を呑んだ。地球が今にも無くなるのではないかと思えさえするような地獄絵図。微かな叫び声を頼りに歩き続けるとそこには子供の姿があった。小さい子供でおそらくは寺子屋の生徒と同じ程だろうか。そして子供はまだ生後間もないであろう赤子を負ぶっていた。私は子供に「父や母はどちらにいるの」と話しかけるが無言のまま沈黙が続いた。私は子供の手を取り集落へ戻ることにした。少し集落が近づき歩く道が明るくなってきた時、私は妙なことに気がついた。子供の負ぶっている赤子のことだ。子供の体から紐をほどき、赤子の様子を見るとまるで息をしていない。それどころか体は少し硬くなっていて目は少し白目を向いていた。死を悟った。心がここまで苦しくなるのは初めてだ。目の前に亡くなった人がいるのも初めてだがあまりにも短すぎる生涯ではないかと。そしてそれを理解しているかはわからないが子供が負ぶっていたことに涙が止まらなかった。涙を垂れ流し子供を強く抱きしめた。いや、それしかできなかった。しばらくして改めて子供の手を取り歩き始めた。集落に着き事情を説明すると皆が顔を手で覆い涙をしていた。
そして集落の皆口々に子供に対して「よく頑張った」と。
数ヶ月後。玉音放送などと呼ばれた放送で私は今までの惨禍がどういうことであったのかの全貌を知ることになった。時が経ち子供のことも記憶の整理ができた。それとほぼ同時期に私を助けてくれた軍人を探すことにした。しかし探し当てたのは良かったがその者もまた亡くなっていた。神風特攻隊として国のために散ったと軍人の家族は言った。私は言葉が出なかった。こうも自分の身の回りの人は苦しんで私の周りからいなくなるのかと。
突如私は激しい頭痛に襲われた。頭の中がほじくり回されるようなその痛み。床にのたうち回り「痛い」という言葉しか出なかった。軍人の家族に付き添われて病院へ行くと被曝の影響だと言われた。すぐに検査すると癌ではないかということだった。しかし私は癌などという言葉を知らなかった。病院の先生に今はいつなのかと聞くと昭和20年と言った。またも知らない名前の年号を言われとうとう医者に「本当なのですか」と聞いてしまった。医者には顔を顰められたが。
今日明日は病院に居てほしいとのことで、院内で生活をした。朝ごはんに出されたのはパンであった。見覚えしかない。食べたことのある味と匂い。ふと記憶がまた蘇ってきた。「そうだ私は明治生まれだったのだ。確か歳は17」。
検診に来た看護師に明治から何年経ったかと聞いたら「40年くらいかしら」との返事があった。
もしかしたら私を知っている人がいるかもしれないと思った。天正元年のあの時どうして捕らえられていたのかもわかるかもしれない。願わくばあの王子のような人に会えるかもしれない。
自身が侵されている癌というのがどのようなものかはわからないが希望が持てた。
筈であった。翌日医者に余命宣告というものを受けた。あなたはもうすぐ死ぬと。今の医療ではどうすることもできないとまで言われた。頭の中が真っ白になり自然と涙が出てきた。泣きじゃくり、ふと我に帰った。医者にあとは自分のしたいことをしている方が気持ちが楽になるとだけ言われ診療が終わった。病院を追い出され途方に暮れていると手を繋ぐ家族の姿を道で見つけた。幸せそうなその姿に嫉妬もした。私の頭の中であの王子と一緒に暮らしたいという思いが芽生え、決心がついた。私の行き先はただ一つ。天正元年のあの世界に行くこと。そのために私を知る人を探さねばならない。病院から出てかなり歩いた時に海の見える丘で建築現場に遭遇した。大きな男たちが自分たちの寝床を確保するためなのか小さな家を作っていた。そんな景色を眺めながらしばらく歩くとこちらに手を振る女が見えた。怪しがりつつも近寄ると、「あなた若い頃の私ちゃんにそっくりね」と。どこか聞き覚えのあるその名前であったためにその女にその私ちゃんという子の話をしてほしいと頼んだ。「私ちゃんは大金持ちでいつもお淑やかな振る舞いで周囲を魅了していた。私とは仲がよくて一緒にダンスのパーティーに出席したりもした。だけど私ちゃんは家族と仲が悪くていつも邪険にされて煙たがられていの。そんなある日私ちゃんは誘拐されて犯人集団が身代金を要求したの。だけど私ちゃんのお父上は身代金は渡さない。好き勝手にしろと犯人集団に言ってその後で犯人集団は逮捕されたけど私ちゃんの姿は犯人の基地にもなかった。このことで世間から批判されて私ちゃんの家族は皆で煉炭自殺した」と女が言った。確か一番最初に思い出した記憶にはシャンデリアのようなものと赤い絨毯と黒服の人、声高々に何かを話す2人。思い出したことを女に言うと、女は涙を流しながら「私ちゃんなの?」と。可能性が高いと言う話をすると強く抱きしめられた。会いたかったと言いながら。
この女と共に暫くは行動を共にすることにした。女には夫と3人の子供がいた。頭の中であの家族と同じじゃないかと少し笑ってしまった。皆人情味が溢れていてとても温かい気持ちになれた。
晩、女に自分が癌であることと何故か色々な時空間を移動したことを打ち明けた。私が癌であることには驚いた様子でしかし親身に話を聞いて貰えた。私はもう先は長くないと。女は涙を我慢しているようだったが遂には泣いてしまった。
私はこんな体だけれど一緒に私が誘拐・監禁されていたと思われる基地に行きたいと女に言うと「分かった」と一言だけ言って頷いた。どこか不安そうな顔を横目に自分の願いを叶えるためにことを実行した。翌日私が誘拐・監禁されていたと思われる基地へと出発した。思いのほか基地まで遠く半日以上をかけて基地へとたどり着いた。出発した時は早朝だったにも関わらず基地に着いた時には日暮れが近づいていた。かなり前に私が誘拐されただけに基地そのものがあるか不安であったが建物は少し朽ちながらも残っていた。
女と手分けをして基地の周りに何か手掛かりがないか探して回った。すると少し周りが焼けて灰になった跡を発見した。煙草の類かとも思われたが煙草にしては大きすぎる焼け跡と円状に広がる焼け方から見て、そうでないかも知れないとの察しがついた。焼け跡の周りに何か落ちていないかと探すと土を再度埋め立てた様な妙な跡を見つけ掘り返してみると黒くて重い箱状の、そして箱から棒が飛び出ているものを掘り当てた。女曰く無線というものらしい。無線のあちこちを触ると急に周りが光り出した。私の体が下半身から透明になって行く。女の方を見るとこのことが起こるのを知っていたかのようにこちらに向かって手を振っていた。下半身が消え上半身も徐々になくなり暗い空間を彷徨った。気づいたのはいつだろうか。私の周りにいたのはあの猛獣退治屋一家であったのだ。子供たちとあの女性が私のことを見ていた。女性曰く急に倒れて動かなくなったから死んだのではないかと思わせるほどのものであったらしい。しかし昭和20年に出会ったあの女は何者なのか。何をしたかったのだろうか。
そうこうしているとみんなが一斉に私に抱きついてきた。涙を流しながら。私もみんなを強く抱きしめた。女性が「話して」と言いながら背中をさすってくれた。心に溜まった不安を全部吐き出した。やはり綺麗な目には叶わないかな。
元はあの王子を助けたいがためこの天正元年に戻ってきた。私の目的と自身は別の時代の人間であることも洗いざらい全て話した後で女性の夫が「あの城の城主には呆れている。この集落から年頃の女性を出せと銃を突きつけてきたり、反抗すればいつでも攻撃できる準備をしていると脅してきたりと」そういうと子供が次は私の番かも知れないと震えていた。
私はあの王子を助けたい。そしてこの退治屋一家は城主に対して反抗心がある。私たちの意見は遠からず同じ向きを向いていた。このことに賛同した集落の人々と共に城を討つ準備を始めることにした。火薬や甲冑、槍などを用意して決起するときを待った。ただし城内の人間は討たずに拘束をする。皆はその方が反省の色が伺いやすいと。そして2度と人の死を見たくないとも思ったからだ。
決起は1ヶ月後。全ての戦いにおける道具と食糧の備蓄を確保してその時を固唾を呑んで待った。決起当日、鈍色の空のもと村の存続と王子奪還のための戦いが始まった。私の係は城内にもしかしたら囚われている人がいるかも知れない為、その人の救出をすることである。
いざ戦いが始まると城を制圧するまで1日弱と思っていたほどよりもかなり短く戦いが終わった。
その中で私は王子とかつて集落から連れ去られたと思わしき人たちを奪還することに成功した。
助け出す際に王子の足を見ると矢を抜いてそのままなのかひどい出血だった。居た堪れなくなって思わず泣いてしまった。すると王子は私を逃した後の話をしてくれた。城主の前に出されて斬られるかも知れないと思ったことや夜私のことをずっと思っていたことなどを。
しかし私は安堵などしていなかった。無論王子が無事であったのは何よりなことであるし、集落から以前に連れ出された人たちも無事であることはとても良かったと思う。
しかしながら今私は不治の病に侵されている。この命ももう時期尽きると昭和という時代で言われた。あれこれ色々なことを考えた。そして結果として明治の時代には戻らずにこの時代で最期まで生きようと決めた。というか明治への行き方を知らないのも現実であるが。
そして私は王子に人生初の恋文を書き、渡したのだ。内容にはもちろん好きだという意思と結婚をしたいこと、私の寿命が短いことをあるがままに書き綴った。王子は驚いた様子であったが頷いて優しく抱き締めてくれた。
その数ヶ月後遂に私の体が動かなくなってきた。最期は王子の腕の中でゆっくりと。
大好きです。おやすみなさい。
合縁奇縁 渚けんた @Kenta-san
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