第8話 知りたくなかった

「おい」


 ドアをノックする音と共に呼ばれて、エネシアは読んでいた本を放り捨ててドアへと向かった。


 ドアが開いて、やけに渋面をしたカタストロフが入ってくる。


「なんのようで――」

「ついてこい」


 エネシアが訳が分からずにいると、カタストロフに腕を掴まれ強制的に部屋から引っ張り出される。そのまま家から連れ出された。


(これがサプライズ……?)


 ふくろうが侘しく鳴く静かな夜の雰囲気は、全く楽しいことが待っているように思えない。


 心なしか、月明かりに照らされたカタストロフの表情も険しく見える。


 しばらく暗道を歩かされ、細い通り道に差し掛かった。


 村の中とはいえ、こんな場所を歩いた記憶はないので足取りが重くなる。


 普段のエネシアだったら絶対に立ち入らないような所だ。


「早く進め」


 カタストロフに催促され、我慢してエネシアは歩いた。


 それからもしばらく言われるままに歩き続け、おそらく村の最北端にまで来ただろうというところで、遠くに一本の灯りが灯っているのが見えた。


「あそこまで歩け」


 言われて進み、段々と灯りの正体が分かるまでになってきた。ランプと呼ばれもので、瓶という透明な容器に火を閉じ込めて光源として扱う道具だ。


 そのランプを、人が持っていることが確認できた辺りで、エネシアはカタストロフに背中を突き飛ばされた。


 エネシアが地面を転がる。


「持ってきた」


 それを一切気に留めることなく誰かに言うカタストロフの低い声。


「よかったんですか?こんな上玉……」


 続いて聞こえてきたのは、男の声。男にしては甲高く、いけ好かない感じだ。


「構わん。それで、幾らになる」


 エネシアにはカタストロフが誰と何を話しているのかは分からなかったが、おそらく取引をしているということはわかった。その取引対象が自分であるということも。


 カタストロフに聞かれ、男は舐め回すような目つきでエネシアを品定めする。


「村長サマの娘ですからねえ……、髪もまあ珍しい色ですし? 四千Gはすると思いますねえ」


 それは、確かに金額としては高いが、人ひとりにつけられる単価としてはあまりに安過ぎる。


「はんっ、その程度か。最後まで役に立たない奴め」


 それが、カタストロフがエネシアにかけた最後の言葉であった。


 男は腰から巾着袋を取り出し、中身をカタストロフに渡した。


 取引成立である。


「どうです? もう一人も。そっちだったら二万Gでも出しますぜ」


 もう一人、というのはおそらくプロシアのことだろう。


 奪える機会があれば、貪欲にも奪おうとする。なかなかに商魂しょうこんたくましい男だ。


「バカ言え。プロシアはそれこそ値段で表せるもんじゃねえ」

「あら残念」


 そこまで残念そうでもない様子の男の声。はなから期待してはいなかったのだろう。


「どんな人間も値段じゃ表せないと思いますがねえ……」

「ハッ、よく言う」


 一方で、男に値段で表されたエネシアは初めて価値を得られたことに喜びを感じていた。


 存在価値のない自分に四千Gという価値が与えられたこと、生まれて初めてカトラリー家で役に立ったことが嬉しかった。


 エネシアの人生は、彼女が生まれてきた罪を償うためにある。そう教えられてきた。


 だから、これは価値のないエネシアにとって最大の償いになる。


 だが何故だろう。


 売られたことは嬉しいはずなのに、その裏でとある感情が大きくなっていく。


 その感情は、カタストロフの次の言葉で破裂しエネシアの心の全てを占めた。


「プロシアもいらないって言ってんだ。置いておく価値がねえ」


 エネシアの中の何かが音を立てて決壊した。それと同時に瞳から雫がこぼれ出る。


 プロシアが、いらないと言っていた。


 それは至極当然のことで、なんならエネシアが生まれてきたことで一番の被害を受けたのは、他でもない彼女のはずである。


 エネシアさえ生まれてこなければ、母親を失うことも、父親が常にイライラすることもなかった。エネシアは、言うなればプロシアにとっての厄災である。


「おねえ……ちゃんが……?」


 なのに、エネシアはカタストロフの言ったことが信じられなかった。


 当人は気づいていなかったが、エネシアはプロシアのことを信用していたのだ。


 本来、信用するなんてこと自体が烏滸おこがましく、裏切られたと思うなどもってのほかだ。


 だがエネシアの瞳からは、彼女の気持ちに反して涙が溢れ続ける。いや、素直にというべきだろう。


 エネシアは、プロシアに裏切られたことに悲しみを覚えていた。


 どこかで、プロシアだけは存在を認めてくれる。プロシアだけは受け入れてくれる。そう思う気持ちがあったのだろう。


 だが現実は非情で、プロシアはエネシアの存在を認めるどころか、いらないと思っていた。


 今日開かれた誕生日祝い、それはエネシアが彼女の前から消えることへのお祝いで、用意したというサプライズもエネシアを捨てるということだった。


 受け入れ難い現実は、束になって襲いかかる。


「おい、起き上がれ」


 散々泣き、涙を枯らした瞳はもはやハイライトを失っていた。


 男に言われ起き上がるが、今のエネシアに感情はない。


 やがて男に首輪をつけられ、両腕を背中で固定されて、夜闇をひたすら連れていかれた。





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『スキルのない私にはこれくらいのことしかできません!』八話を読んでくださってありがとうございます!


遅くなりましたが、次でようやくタイトル回収です…。


誠に図々しい限りですが、気に入りましたら❤️応援、コメント、フォロー、⭐️評価して貰えると嬉しいです!


最新話投稿の活力に繋がります!(切実)

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お誕生日不幸ガール カゴノメ @great_moyashi

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