第7話 不穏

「てつだうよ」


 一時間寝て、起きてきたエネシアは調理中のプロシアに言った。


 本来であれば夕食はエネシアが作るべきだが、プロシアが自分で作ると言って聞かないのだ。


 洗濯物もエネシアが起きてきた時には取り込み畳まれた後で、いつも忙しい彼女は珍しく手持ち無沙汰なのであった。


「流石に今日ばかりは私に作らせてよ」


 プロシアはこう言うだけで、ちっともエネシアに手伝わせようとしない。


 彼女が手伝いたいと言うのはいつものことだったが、こうして一歩も引かないというのは今日が初めてだ。


「おとうさまに、おこられちゃいます……」

「私から言っとくから安心して」


 と、さっきからずっとこの調子だ。別に好きでやってるとかいう訳ではないのだが、常に忙しいのがデフォルトのエネシアにはこの時間をどう使えばいいのかわからない。


「今日の主役はエネシアなんだから、好きにしてなよ。……そうだ。今日のうちに語学勉強したら? ほら、だいぶ前に本にあげたでしょ?」


 一向に引こうとしないエネシアに、そろそろ鬱陶しさを覚えたのかプロシアが提案した。


「それ読んで出来上がるのを待ってて。命令だよ!」


 おそらくプロシアは知らないのだろうが、語学本を読むということはエネシアにとって休日のひとときに値する娯楽である。いかに命令という形を取られど、罪人の分際で罪償いを放棄し享楽きょうらくふけるわけにはいかない。


「私のあげた本をちゃんと読んでる姿見せて?」


 やはりプロシアはエネシアの扱いが上手い。


 命令に命令としての理由を持たされたことによって、エネシアは断る理由を失ってしまった。


 ここで嫌と言えば、それは本を読みたくないという単なる我儘わがままになってしまう。それはプレゼントが有り難くなかったと言うのと同義である。


 エネシアは、またしても妹の取り扱いを熟知している姉に負けて、渋々部屋へ入っていった。


「ちゃんと読んでるか確認したいから、居間で読んで!」


 台所から飛んでくる。


 エネシアは自分の部屋から本だけ持ってくると、居間の床に座り、ページを開いた。


「付箋までつけてくれてるんだ」


 机に出来上がった料理を置きにきたプロシアが、無数に本に貼り付けられた付箋の塊を見て嬉しそうに言う。


 エネシアは読んで覚えたページに次から次へとマークとして紙を貼っていただけなのだが、どうやらよかったらしい。


 どう反応したらいいか困りつつ、エネシアはある単語が載っていないか調べた。


 エネシアの読み通り、それは残りの後半ページに載っていた。

 


 サプライズ――動詞 全く予想できなかったようなことが起こり、非常に驚くこと。

 


 エネシアは首を傾げた。


 意味がわからなかったということではない。


 プロシアは「サプライズを用意した」と言っていたが、これでは文章が繋がらないのだ。


 エネシアが本のページを開いたまま首を捻っていると


「今帰った」


 という声が玄関の方から聞こえてきた。


 急いでエネシアは玄関へと向かう。


「おかえりなさいませ……」


 夜なので、ボリュームを抑えて帰りを迎え入れる。


 そんなエネシアを見るや、カタストロフは低い声で詰問きつもんした。


「なんで朝来なかったんだ?」


 ああ、やはり怒られるか……とプロシアに従った今朝の自分を後悔して深く頭を下げ詫びる。


「ごめんなさ――」

「なんでかってのを聞いてんだ」


 一日働き詰めで、カタストロフの顔には疲労の色が見て取れるが、それは苛立ちで上書きされている。


 カタストロフは主従関係を叩き込むことに重点を置いている。そのため行き帰りには必ずプロシアよりも早く送り迎えをするよう徹底して教え込んできた。


 朝は時間が押しているためわざわざ大声で呼ぶこともなく、渋々家を出たカタストロフであったが、看過かんかするわけにはいかないらしい。


「だから、私が無理言って寝かせたって言ったじゃん」


 奥の方からエプロン姿のプロシアが出てきて呆れて言う。


「だとしても、お前はその厚意を受けられる立場の人間なのか?」


 しかしカタストロフはプロシアにではなくエネシアに言う。とにかく彼は、エネシアを叱りつけたくて仕方ないのだ。


「もういいじゃん。誕生日なんだし、今日はそういうのなしにしようよ」


 それに反応したのはプロシアで、彼女の言い方からは心底呆れているのが見て取れる。


「俺、それ教えたか……?」


 やはりカタストロフは心の声が漏れていたのを知らない。なぜプロシアが知っているのかという疑問で頭がもやもやしている。


「今日は腕によりをかけてご馳走作ったんだから、楽しく食べよう?」


 が、それを聞いてカタストロフの腹はうめき声をあげた。彼は家に入ってすぐ、鼻を刺激する香ばしい匂いにやられているのだった。


「ああ……、わかった」


 そう言って、カタストロフは若干のもやもやを抱えながらも食卓についた。

 




 学舎スクールの調理実習で学んだと言うエネシアの料理の腕は、正に一級品であった。


 調理実習程度では到底培われないくらいに。


 娘の成長に深い感慨を覚えながら、カタストロフはこれからの計画を反芻はんすうする。


 プロシアには睡眠のポーションを混ぜた飲み物を飲ませている。水に溶けた時点で効果はかなり薄れるので不安だったが、調理による疲れからかすぐ眠ってくれた。


 カタストロフに都合よくことは進んでいる。


 必要な所への連絡も昼の時点で済ませてある。

 

 後は――……。

 

 今宵、ようやく己を縛る負の記憶、及びその元凶を消滅することができる喜びに、カタストロフは自身の部屋で打ち震えていた。





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『スキルのない私にはこれくらいのことしかできません!』七話を読んでくださってありがとうございます!


遅くなりましたが、次でようやくタイトル回収です…。


誠に図々しい限りですが、気に入りましたら❤️応援、コメント、フォロー、⭐️評価して貰えると嬉しいです!


最新話投稿の活力に繋がります!(切実)

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