第6話 ノスタルジック

「な……なんだアレは!?」

「ドラゴンの卵かしら?」


 周囲の人々の好奇に満ちた視線を浴びながら、エネシアは家へと元きた道をえっちらおっちら帰っていた。


 すっかり日も沈みかけ、時刻は夕方。エネシアがすれ違う人も、昼とは比べ物にならない数になっていた。


 この時間にもなるとエネシアと同じくらいの年齢の子供たちは帰っているようで、広場にはカップルらしき男女がまばらにいるのみ。


 殆ど静かである。


 しかしその静寂は、エネシアが通ることでざわめきへと転じる。


「えっ……、何アレ」

「ヤバくない?」


 そんなカップルたちの驚きを耳に、エネシアは広場を抜ける。


 普段重いものを持ち歩かされているとはいえ、これほどの大きさ、重量の卵を運び続けるのは流石にしんどいものがある。


 エネシアの足は早く卵の重みから解放されようと、これまでになく家を目指し求めていた。


 夕飯の買い出しで主婦がつどう商店街。


 エネシアは、はたと足を止めた。


 人混みでごった返す商店街は、エネシアが通ればぺちゃんこになるほどには普段通りにひしめき合っている。


 エネシアの抱えているのは巨大な卵で、この中に突入しようものなら割れてしまうのは想像に難くない。


 ここをどう突破しようかとエネシアが考えあぐねていると、ふと幼い記憶が蘇った。


 今でも十分幼いエネシアの三年前……。


 まだエネシアが火のスキルを持っていないと判明しておらず、母と父の関係が良好だった頃のこと。

 




 お茶目で子供っぽい性格のあった母は、よくエネシアを村の散策に連れ出してくれた。冒険者ギルドについて知ったのもそのときで、確かその日はプロシアも一緒にいたはず。


 あのとき、母は今のエネシアのように買い物で手がいっぱいになっており、商店街の突破が難しくあった。


 その時母は、「秘密の通り道に行ってみよっか」と楽しそうに言って、エネシアとプロシアを連れて商店街の脇道へと入っていった。


 母がその先を進むと、草木の壁に行く手を阻まれた行き止まりに突き当たった。


「いきどまり……」


 当時九歳だったプロシアが溢すと、母は悪戯っぽい笑みを浮かべ


「ほんとかな?」


 と意味深に言った後、二人を置いて突き当たりへと直進していった。


 慌てて二人も追いかけると、その先は木々に覆われた空洞になっていた。


 隙間から差し込む木漏れ日の黄昏色がとても幻想的で、二人は「わあ……」と驚嘆の声を漏らした。


「実はここは道になっているのだー!」


 母は嬉しそうに、そう言っていた。

 




 それを思い出したエネシアは、商店街を無視し、脇道に逸れて裏道へと入っていった。


 カタストロフからは、母との思い出など忘れろと言われていたが、やはりワクワクしたあの日の感動は美しき思い出として残るもの。


 エネシアがあの日の記憶をもとに「秘密の通り道」を目指すと――


 そこは、あの日の光景と随分変わり果てた姿になっていた。


 行き止まりだと思っていたあの緑の壁は、木々が伐採されただの舗装された道と化している。よく考えてみればあれから月日は三年も流れているわけで、村の整備も大体が行き届いている。


 ここも整備がされていて当然なのであった。


 エネシアはあの日と全く異なる、夕日の直接差し込む禿げ果てた道を言い知れぬ虚無感に駆られながら歩いた。


 泣きたくもないのに、目からは涙が溢れて頬をつとーっと伝う。卵で塞がった両手では雫を払うこともできず、瞳と顎を結ぶ一本の線が引かれた。


 気がつけばエネシアは「秘密の通り道」を抜けていつもの家路を辿っていた。


 彼女の胸は、数少ない母親との思い出を壊されたことによる行き所のない怒りでいっぱいだった。

 



「遅かったから心配したよ……って、何これ!?」


 エネシアが家に戻ると、エプロンを巻いたプロシアが出てきてまず驚く。


 家に着く頃にはエネシアの涙の後も乾き固まっていたので、プロシアに気づかれることがなかったのは幸いか。


「コカトリスの卵」


 エネシアがそう答える。


「コカトリスの卵!?」


 プロシアがこう驚く。


 買ってくる物リストを寄越した張本人に、しっかりコカトリスの卵と書かれてあるのを見せつけると、プロシアは得心がいったような表情になった。


「あっ、これ間違えてるね。コカトリスじゃなくて、コカトリアだった……。ごめん!」


 両手を顔の前で合わせて申し訳なさそうな顔を作るプロシア……であったが、その後即座に顎に手をやって思案顔になる。


「まあ、卵はうちに残ってるやつで代用するからいいとして……、その卵どうしようね……」


 しばしうーんうーんと首を左右させていたプロシアだったが、結局いい案は浮かばなかったようで考えを放棄した。


「とりあえず、それ私の部屋に置いといて」

「だいじょうぶなの?」


 卵が割れることや、部屋が狭くなることなどの様々な事態を加味してエネシアが聞くと、あっけらかんとした答えが返ってきて、挙句にこんなことまで言ってきた。


「大丈夫でしょ! それと、エネシアも寝てきなよ。調理は私がやるんだし。疲れたでしょ?」


 本来であれば、食い下がって手伝うと言うべきなのだが、いかんせん重たい卵を持って帰ったり、冒険者 VS 老婆の一騎討ちを目の当たりにしたりと肉体的にも精神的にも疲労が溜まっていたこともあり、エネシアは大人しくプロシアの言う通りに従う。


 プロシアの部屋の隅にドスンと卵を置くと、エネシアは再び姉の布団で目を閉じた。





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『スキルのない私にはこれくらいのことしかできません!』六話を読んでくださってありがとうございます!


誠に図々しい限りですが、気に入りましたら❤️応援、コメント、フォロー、⭐️評価して貰えると嬉しいです!


最新話投稿の活力に繋がります!(切実)

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