最終回ー烈火之双翼ー
巨大な爆発とともに本山の中から現れたのは、全身が黒く染まった黒い骸骨のような巨大なネクロだった。だが、両腕は異様に太く、ゴリラよろしく地面を踏みしめていた。
「グハハハハ……未だ完全ではないがこの世に立つことが出来た……」
そのネクロ〘ジャキョウ〙はむき出しの歯を上下させながらそう叫んだ。地割れのような太い声だった。
「さぁ、甦れ我が下僕よ…… 手始めにこの村を墓場にしてくれる!」
ジャキョウは口から黒い波動を地面に放つ。すると、地面から無数の手が生えてきた。
「さぁ恐れ慄け人間共!再び血の雨を浴びせてやろう!」
両腕を広げる。それと共に、ガスマスクを思わせる顔立ちの怪人達が地面から姿を現し、集落へ走り出した。
「とうとう出てきやがったか」
迫りくる下僕達を見つめ刃は呟いた。
「ここから本山は遠い。金色翼の剣はないと思え」
ノウンが忠告した。本山にあるとはいえ、本山の何処に剣が収められているのか刃は知らなかった。まして、その本山が炎に包まれているわけだから、その中を探し回るのは危険だと推察できた。
「雑魚掃除が終わったら援護に向かいます。それまで耐えておいてください」
佑介が刃にそう述べた。強気な笑みを浮かべていた。
「じゃあ、ちゃんと助けに来いよ。それまでにバテるんじゃねぇぜ」
刃も笑みを浮かべた。
「肝に命じます」
佑介の言葉を聞き、再び下僕達の方に振り向く。
「霊装!」
「霊装っ!」
二人の身体が光りに包まれ、佑介は颯、刃は暁の姿に変身した。
「突破口を開く!」
そう叫び、颯は鎌を振り下ろした。鎌から風の切断力場が放たれる。つぎつぎと引き裂かれる下僕。言葉通りに突破口ができあがった。
「刃さん!」
「おうよ!」
暁が走り出す。いくつかの下僕が暁を追跡しようとしたが、颯の斬撃によって行く手を阻まれた。
巨大なネクロの姿に刃は少しばかりの武者震いを感じた。
「来たか……暁……今度こそその鎧を砕いてくれる!」
ジャキョウの背中から無数の黒い触手が生える。
「死ねぇぇぇぇ!」
触手が襲いかかる。速い。避けきれずにいくつか触手に当たってしまう。鎧が火花を上げる。
「まだだぁっ!」
暁が体制を立て直す。跳躍。はたき落とそうとしたジャキョウの腕に跳び乗り、頭目指して疾走する。だが、触手から放たれた光線によって再び地面に突き落とされてしまった。
「グアアアアアッ!」
ジャキョウの振り払い攻撃。痛みに悶ながらも起き上がろうとする暁に容赦なくヒットする。
「うわああああああ!」
大きく吹き飛ばされ、近くにあった民家の壁を突き破り、大きく倒れ込んだ。
「ガハハハハ!怯えろ怯えろ怯えろぉ!」
触手ビームが乱射される。壊れた民家から出てきた暁に光が突き刺さる。火花を散らし倒れ込む暁。ビームは遥か遠くへと伸びていく。
「こいつだ……こいつが夢に出てきたネクロだ」
「そんなことを言っている場合か!」
ノウンが刃に怒鳴り散らす。しかし、刃の声音には怯えの表情が滲んでいた。
「夢と……同じだ……このままじゃ……」
再びビームが放たれる。刃の悲鳴が辺りにこだました。
章と結がいた丘は、戦いから逃れた人々の避難所のようになっていた。相変わらず月光は射していたが、そこから癒やしや神秘性を感じられるほどの余裕はなかった。
霊装武士が圧されている、このままじゃ村は滅びる、と人々は口々に呟いた。憔悴し、世の末路を悟った、そんな目をしていた。
「どうやったら刃さんは勝てるんだ?」
章がそう呟いた。少し間を置いてからうつむき加減の結が口を開いた。
「お兄ちゃんが言ってたんだけど、本山に専用の武器があるみたい……」
「それがあったら勝てる?」
章は結に問いかけた。どこか興奮気味な口調だった。
「うん……勝てると思うよ………」
結の言葉の後、章は少しの間難しい表現で月を見つめていたが、村に続く方向に足を向けた。
「ちょっと待って!いくらなんでも危険だよ!やめて!」
本山に行くという章の考えを看破した結が彼の手を掴み静止する。静寂が二人を支配する。
「ごめん結ちゃん。でも、刃さんは俺を守ってくれたんだ。今度は……俺が刃さんを助ける番だ!」
そう述べた章は、手を振り払い、走り出した。自分を呼ぶ声が遠くなっていった。
本山は、燃えていた。木の柱がむき出しになっていて、天井はほとんどが焼け落ちていた。だが、運良く入口と思わしき部分は火の手が迫っておらず、気合さえあれば中に入れなくもなかった。
その気合を絞り出し、本山の中に突入する。しかし、章は例の金色翼の剣が何処にあるのか一切の見当をつけていなかった。
「くそ、早くなんとかしないと俺が死ぬ……」
冷静に思い返せば大分無謀な行動をし続けていたなと愚かさを責めたが、このまま酸素を吸えなくなってのたれ死ぬのはもっと愚かだと章は自身を戒めた。
せめて命続く限りは剣を探し続けなくては、と章は炎の中を彷徨い続けた。そして、サランがいた広めの部屋に辿り着いた。火の手も荒廃も特にこの部屋が酷かった。
ここなら何かしらあるかもしれない。だいぶ特別な感じがするというのが第一印象だった故に章は安置にもそう思った。その刹那、
「まさか、貴方が此処に来てくださるとは」
声が聞こえた、というよりかは直接脳内に語りかけてきた。そんな聞こえの声がした。
「サランさん……?」
章が問いかける。声はすぐに返ってきた。
「その通りです。私は既にジャキョウに殺され、肉体は消滅しました。しかし、最後の力で魂だけをこの世界に留めているのです」
切ない老婆の声が話を続けた。
「ジャキョウの復活は私も予測ができました。それを刃や、他の武士達に予知夢という形で伝えたのですが、予測よりもジャキョウは早く目覚めてしまいました。私の失態なのです」
「そんなことより!ジャキョウを倒せる剣を下さい!必要なんです!」
サランの自責を押しのけ章は怒鳴った。
「……わかりました。貴方に授けましょう」
その言葉と共に部屋の中央が迫り上がり、剣が突き刺さった円筒状の岩が出てきた。
「これが……」
「そう。嘗てジャキョウを成敗した金色翼の剣です」
「よし……!」
剣の持ち手を握りしめ、章は力を込めて剣を引き抜こうとした。しかし、抜けない。
「その剣は、それ相応の覚悟が無ければ抜くことはできません」
サランが忠告した。
「覚悟ならある!」
そう叫び、力を込める。やはり抜けない。何度も試したが、一向に抜ける気配を見せない。力をいれるたびに、涙がこぼれ落ちた。
「くそ……やっぱり俺じゃ駄目なのか……」
章は持ち手を掴んだままその場に座り込んでしまった。覚悟が足りなかった。しかしやり直しは効かない。自分も刃も救えず死に絶えるのかと思うと、悔しくてたまらなかった。
「何故貴方はここに来たのか……それを思い出しなさい。貴方の意志を信じるのです」
サランの一言に章は目を見開いた。俺がここに来たのは、刃を、皆を……
「そうだ……俺……みんなのこと守りたいんだ……!みんなの笑顔が見たいんだ!」
月光の下、結が浮かべた笑顔を思い出した。俺が誰かを救えば、その誰かがそんな笑みを浮かべられるとしたら……
「こんなとこで……終われない……!」
立ち上がり、再び力を込める。呼吸が苦しい。恐らくこれがラストチャンスだと章は悟った。
「ううおおおおおおおっ!」
剣が少しずつ動き始める。結の笑顔が、佑介の姿が、刃の背中が、思い浮かぶ。
パワーを絞り出す。剣が金色の光を帯びる。そして………抜けた!
光を放つ剣を章は見つめていた。刀身は鏡の如く、章の顔を写していた。
「では、行きなさい。その力で皆を救うのです。貴方なら……きっと……」
サランの声が脳内からフェードアウトしていった。何も残らなかった。
「サランさん……ありがとうございました……」
虚空に呟いた章は、刃の元へ向かう決意を固めた。
触手や光線で痛めつけられた体を動かすには相当の労力を必要とする。それを痛感した刃は鎧のままその場に倒れ込んでいた。目前にはジャキョウが迫っていた。
「これで終わりだ暁……滅びよ……」
ジャキョウが口を開ける。口の中が赤黒く光っていた。恐らく口の光線をうけたらお終いだ。
「悪いな……みんな」
遺言じみた言葉を吐いたときだった。
「刃さん!諦めちゃ駄目だ!」
章がこちらに走ってきたのだ。その手には、金色の剣が携えてあった。
「受け取ってくれ!刃さん!」
章が剣を投げた。虚空を舞う剣。
「わかったああああっ!」
雄叫びと共に立ち上がった刃は剣を掌中に収めた。
刹那、刃の鎧、暁が金色に輝き出し、闇夜に舞い上がった。そして、空中で生まれた金色の翼を広げた。翼は炎を纏っている。
暁ー双翼之陣ー!《あかつきーそうよくのじんー》
「馬鹿な……金色翼の剣だと………」
ジャキョウが衝撃に身を震わせた。
「俺は俺の使命を果たす!村の皆の為に!章の為に!」
暁が咆哮する。触手が迫る。加速。光の尾を引きながら暁が触手を切断する。そのまま懐に飛び込み、ジャキョウの胸に斬撃。唸り声を上げる。放たれるビーム。それを後退しながら暁は回避する。
触手が伸びる。しかし、今度は風の切断力場によって切られた。地上を見ると、ボロボロの颯が鎌を振るっていた。
「ちゃんと助けに来ましたよ!」
颯が叫んだ。
刀身が金色のオーラを纏う。剣を振るう暁。金色の波状エネルギーが剣から放たれ、ジャキョウにダメージを与える。無数の触手を避けながら、何度もエネルギーを打つ。颯も攻撃の手を止めない。触手が、ジャキョウの体が、爆煙を上げた。
夜がさり、朝焼けが射した。照らされる金色の翼。
「決めろ!刃!」
ノウンが声を上げた。
「わかってらぁ!」
暁が全身に炎を纏う。剣を前に掲げ、ジャキョウに接近する。抵抗するジャキョウ。攻撃を跳ね返しながら突撃する暁。
「うおあああああ!」
咆哮!暁はジャキョウの中を腹を突き破った!
「そんな馬鹿な!またしても人間如きにぃっ!」
ジャキョウが断末魔をあげる。再び暁は天に舞い上がった。
「人間だから勝てたんだよ。誰かを守りたい、救いたい。その思いが繋がって道ができる。だから前に進める。そうやって強くなるのが、人間だ!」
ジャキョウが炎の中に消えてゆく。その上空では、日輪を背に暁が翼を広げていた。
光陰矢の如し。気付けばジャキョウ討伐から三ヶ月が経過していた。村や本山の復旧も進み、元の活気を取り戻していた。
一人鍛練に明け暮れていた刃は章一行がこちらに向かってくるのを見て、手を止めた。
「よぉお前ら。また野菜くれるの?」
「野菜もありますけど、本題はこっちです!」
結は笑顔で章の肩を叩いた。結を一目見た章が刃に視点をあわせた。
「忙しくて言えてなかったですけど、色々とありがとうございました」
「水臭えな。今更言う事じゃねぇって」
刃はそう言い返した。横で冴沢兄妹が照れてるぞと小声で話していた。
「刃さん。俺、頼みがあるんです」
話が変わった。
「へぇ、何だよ?言ってみ?」
刃は耳を傾けた。
「俺……刃さんみたいな霊装武士になりたいです……だから!」
「だから?」
「俺を弟子に取ってください!」
風が胸を駆け抜けた。涼しく、でも熱い、そんな風だった。
炎鬼武士 暁 ー烈火之双翼ー ポチ太郎 @acvgrkx
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