第五話ー始動する巨影ー
森での戦闘後、刃と佑介は本山に召喚された。二人の目前には、サランと側近のローガが居座っていた。
「しかし、森の結界が破られていたとは、想定外の事態でした」
サランが重々しく口を開く。本山の長としての責任感がそうさせているようだった。
「あの結界は相当強力なものだったと存じ上げておりましたが、まさかあれを破れるネクロがいたなんて……」
佑介が不安気に呟いた。しんと静まり返った場の空気のなか、刃は一人発言した。
「『ジャキョウ』……」
場がどよめいた。
「俺が知ってる限りじゃ、あの結界を破れるネクロはジャキョウくらいしか思い浮かびません」
何故かローガは血相を変えた。それに意を介さずノウンは
「奴はネクロの王と言われた存在。やはり力もしぶとさも次元が違うようだな」
と言った。
ジャキョウ。かつてはネクロではなくネクロが生息する『霊界』を監視するための霊獣だった。しかし、ネクロ達の強い魔念を長く体に受け続けた結果、自身がネクロと化してしまった、イレギュラーな存在だった。
元々が強力な霊獣だった故に、ネクロ化してからは、ネクロを従え、日本各地で虐殺を繰り広げたという。しかし、当時、暁の鎧を受け継いだ霊装武士によって、全身を切り裂かれ討伐された。
「バラバラになったものの、まだジャキョウは死んでおらず、力を発揮できるとの話だ。すでに事例が何件か確認されてある」
ジャキョウの左足が首に巻き付いて、人を絞め殺したという話を思い出しながら、ノウンは説明を加えた。
「もし、ジャキョウが姿を現した場合、その時は……」
刃がサランにそう言いかけた。
「『金色翼の剣』の準備はできています。いつでもお使いなさい」
サランは刃の言いたいことを看破していた。
「金色翼の剣……ジャキョウを斬り裂いたという、伝説の剣。噂には聞いていましたが、まさか本当にこの本山にあったとは。驚きです」
佑介が感嘆の声を上げた。そんな佑介に微笑みかけたサランは、刃に向き戻り
「刃。ジャキョウは貴方が成敗なさい」
と釘をうった。
「はい。それが暁の鎧を受け継いだ俺の使命だと、心得ています」
「頑張ってくださいね、刃さん」
佑介が笑みを浮かべる。それに刃は同じく笑みを返した。少し場の雰囲気が明るくなったようだったが、ノウンは
「どいつもこいつも忌々しい」
と悪態をついたローガの声を聞き逃さなかった。
冷たい夜風が心地良かった。冴沢兄妹に勧められていた小高い丘は、ひときわ大きな月の光に照らされた村を一望することができた。こういうのも悪くない、章はそう思えた。それは彼がこの村の質素な生活に慣れた証拠とも言えた。
「あ、いたいた」
聞き慣れた声に振り返った。結が丘を登ってきたようで自分の後方にいた。やっぱ登るの大変、と言いながら、章の隣にちょこんと座った。
「怪我とか、大丈夫?」
まだ太陽が出ていた頃、森で結が転んだことを思い出した章が問いかけた。
「ちょっと擦りむいちゃったけど、多分大丈夫!」
結が笑顔のまま答える。いつもは陽光のような雰囲気を感じる笑顔だが月に青白く照らされていたからか、少し妖艶というか、神秘的というか、そんな感想を章は胸に抱いた。でもいい笑顔だとも思った。
「章くん。さっきは助けてくれて、ありがとう」
ゆっくりと結が呟く。
「あ、うん。結ちゃんが無事そうでよかったよ」
そう答えると、えへへ、と小さく結が笑い声を咲かせた。
「俺も、刃さんみたいに強くなりたいんだ。誰かのことを大切に思えるのも強さらしいけど、それだけだとまた誰かを失っちゃいそうでさ。みんなの事、守れるようになりたい」
なぜそんな言葉が出てしまったのかは章にもわからなかった。ただ気づいたら口が動いていた。
「そっか……でも、章くんならみんなのこと守れると思うよ」
結は真っ直ぐこちらを見てそう話した。
「そうかな………てか、ほんとにそう思う?」
「ホントです。私嘘つかないもん」
結が口をすぼめて言った。変に疑われたのが癪に障ったのだろうか。
「だって、私のことを守ってくれたじゃん。あのときの章くん、すっごいかっこよかった」
かっこいい、俗に言う美少女たるものに分類される結からそんなことを言われれば、章も胸の鼓動を深くしてしまうのであった。
「あ……ありがとう……ございます……」
タジタジとした感謝に結は悪戯めいた笑みを浮かべ、
「あ、今照れてるでしょ。褒められて照れちゃったんでしょ!」
「な……違う違う違う!照れてないぜ俺はぁ!」
「顔真っ赤じゃない!わっかりやすいなぁ章くん!」
「俺が違うつったら違うんだよ!変な事言わないでくれ!」
顔を赤らめて章は叫んだ。笑い声を大きくする結。
「なんか、嬉しいなぁ」
からかいが済んだあと、結はそう呟いた。どういう意味、と聞こうとした章だったが、青白い月光に照らされた結の横顔は美しく、ただ見つめることしかできなかった。
ローガが不気味な笑みを浮かべ、部屋に入ってきた。その並々ならぬ雰囲気にサランは肌を粟立たせた。
「予知夢が届いたようで何よりです。本当に、調子が狂う」
「何が言いたいのです。ローガ」
サランは尖らせた声でローガにそう問いかけた。
「時は、満ち足りました。真の支配者が、この村に、いや、人間たちの前に降り立つのです。あなたの代わりにね!」
そう叫ぶと、ローガは右手を前に差し出した。その手には、赤黒い骸骨を戴いた十字架杖が握られていた。
「それは……?!」
「ジャキョウの頭、その亡骸です。ですが、その力はかつて巨体とともに暴れまわっていたときと同じ、いいやぁ、それ以上の力を発揮することができるぅ!それを示すために、私は森の結界を破ってみせたのですよ!みいんな驚いていましたねぇ!いやぁ嬉しいな!ローガ、一生の誉でありますよはははあっ!」
興奮のまま声帯を震わしたローガに気味の悪さを覚えたサランは
「何が目的なのです?!その力で何を成そうと言うのです?!」
と叫びを上げた。
「いやあ懐かしいですねぇ。かつてあなたと私は共に本山の頭領を目指し、切磋琢磨していました。しかし、選ばれたのはあなた様だった。何故だ私はあなたより優れているはずなのに何故私を認めなかったのかぁ?!理由は簡単です。そう、あなたのぉ家がぁ、代々頭領に就任していた家だったからです!そんな家に生まれたから、それだけの理由であなたは頭領となったこの私を差し置いて!いやあひどい話だ。この世界は残酷だ。しかしね、私はこの世界を変えるのですこの腐った世界を!才能だけが認められる、完全なる、美しい世界!あぁ素晴らしい!やはり私は救世主だ!私は!この世界!を!導くために!うぅまぁれぇてぇ、来たのだああああハアハアハアッ!」
「その為にお前はネクロの力を使うと言うのですか!ローガ!?」
「手段にこだわってられるほど、時間はなぁい!」
狂気的な叫びとともに、骸骨に紫の光が奔る。その周りを、水に落とした墨汁のように揺らめくオーラが囲む。
「さぁ、古の暗黒の魔王よ!我が身体を糧とし、この世にご降臨給えええええ!!」
稲光が天から放たれ、ローガを包む。その身体が、黒く、変色していく。
全身が黒く染まった彼の体はみるみる大きくなり、そして………
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