第四話ー炎鬼と風鷹ー

 章が冴沢兄妹と森に散策に行くと言ったその日に事件が起きた。章一行が森でネクロに遭遇したのだという。

「結界が破られていたのか。道理で変な感じがしたわけだ」

刃が森に向かう道中でノウンはそうぼやいた。

 人々が住む街と刃達の村を繋ぐ森には結界が張られており、ネクロが現れないようになっていた。結界自体、かなり強力で、破るなんてことは並大抵のネクロに為せる所業ではないはずだった。

「章。待ってろよ。俺が絶対助けるからな!」

 心の中でそう叫んだ刃は走るスピードを上げた。森は目と鼻の先だった。



 ネクロが出てきた理由を考えるのはこいつを倒してからだ。ネクロと対峙した佑介はそう決心した。佑介の後ろには、恐怖に怯える章と結の姿があった。

 ネクロは蜘蛛を人型にしたような外見をしていた。胸は盛り上がっていて、手足は華奢だった。蜘蛛女と形容できる見た目でもある。

 蜘蛛女は右手を佑介めがけ振り下ろす。その手を姿勢を低くして回避。前転で女の横を通り抜け、背後に回る。素早く女の首筋を腕でホールドする。もがく女に振り回されながら

「逃げて二人共!早く!」

佑介は章と結に叫んだ。

 逃げ出す二人。それを見届けた佑介は蜘蛛女のエルボーを腹にくらい、後ろへ飛ばされた。

「フシャャャ!」

女が口から白い糸を吐く。佑介の右腕に巻きついた糸。女が糸を振り上げる。糸に引っ張られるように佑介も上空に投げ飛ばされる。糸を振り下ろす女。佑介も地面に落下。背中を打ち付け、土ぼこりが宙を舞う。

 勝ち誇った雄叫びをあげる女。佑介は起き上がると、

「これで終わりと思わないでほしいな」

と女に吐き捨てた。

「ガンダド………(なんだと………)」

 女の視線を得た佑介は、左腕を天高く挙げた。そして……

「霊装!」

その叫びとともに、人差し指の霊装輪が光を帯び。フラッシュ。そして現れたのは、鎧の戦士だった。

 エメラルドグリーンでまとめられた体色。体型はスリム。ゴツゴツとしたマッシヴさは感じられない。顔は複眼ではなく、ゴーグルのようだ。額は鷹の嘴の様に伸びていて、すぐ近くには鷹の目を思わせる意匠も刻まれていた。まるで、鷹モチーフの兜を被った武士のようにも、フードを被ったヒットマンのようにも見えた。

「風鷹武士 ふうようぶし はやて、見参!」

 緑の鎧に身を包んだ佑介が叫ぶ。走り出す女。女の拳をうまく受け流す。隙ができる。女の腹はガラ空きだ。そこに連続パンチを叩き込む。疾風怒濤の速さ。蹴りでフィニッシュ。ふっ飛ばされた蜘蛛女は近くの木に体を打ち付けた。

 覇気とともに颯が近づく。再び蜘蛛女は糸を吐いた。不意の一撃。糸が首に絡みつく。

「ぐ………ガァっ!」

首を締め付けられる颯。

 だが、緑色の光とともに飛んできた二本一組の片手鎌によって糸が引き裂かれる。颯は片手鎌をキャッチした。

「霊鎌『旋』《れいれん『つむじ』》で切り裂く!」

 鎌を装備したことに対抗し、蜘蛛女は手の甲から長い爪を伸ばした。辺りに奔る緊張感。睨み合いの時間が続く。互いに次の一手を探り合う。

「……ハァッ!」

 颯と女が飛びかかる。ほぼ同時。空中で鎌と爪が衝突する。鍔迫り合い。衝突を解き、両者地面ヘ着地する。

 再び女が飛びかかる。またしても鍔迫り合い。火花が飛び散る。衝撃の反動でで後ろに吹き飛ばされながらも、颯は応戦する。何度か爪の攻撃を受けたが、鎌を当てることにも成功した。地に足をつけ、反動を殺す。

「今度はこっちから行くよ……!」

 颯が風の如き速さで蜘蛛女に向かって疾走する。女が爪を伸ばした方の手で突きをかます。ジャンプで回避。更に、突き出された腕を踏み台にして跳躍。女の背後に着地すると同時に、二本の鎌で背中を引き裂いた。

 黒い血が噴出。もがき苦しむ蜘蛛女。隙だらけの蜘蛛女にトドメと言わんばかりに鎌を振り下ろす。

「はぁぁぁぁぁぁぁッ、ハアッ!」

 素早い斬撃で相手を滅多切りにする必殺の『疾風滅多辻斬り』!

 蜘蛛女は甲高い金切り声をあげ、爆散した。



 章と結は全速力で森の中を駆け抜けていた。だが彼らの行く手を塞ぐかのようにネクロが現れた。

 木の上から現れたネクロはバッタのような見た目をしていた。両腕からは3本ずつ禍々しく尖ったカッターが露出していた。

「結ちゃん!一旦下がろう!」

「あ………うん!」

来た道を戻るように逃げ出す二人。

 2分ほど走ったあたり、結が派手に転んでしまった。大丈夫か、と駆け寄った章が目前で目にしたのは、殺気を放ちながら歩み寄るバッタ怪人の姿だった。結は恐怖で腰を抜かしてしまったのか、立ち上がることもできない。

 不気味な吐息を怪人が放ったときだった。

「うぁぁぁぁぁっ!」

章は怪人にタックルを仕掛けた。彼の中の『なにか』が吹っ切れたようだった。いや、吹っ切るための行動だったのかもしれない。

 やめて、と叫ぶ結には耳を貸さず、怪人に拳を振るう。だが、怪人は痛がる様子を見せない。

「ジャバダ……ドゲ、ゴドブ……(邪魔だ……どけ、小僧……)」

いつもの謎言語と共に、怪人は章を突き飛ばす。

「うわあっ!」

全身を地面に打ち付ける。

「章くん!……章くん!」

動けるようになった結が近づく。結に支えられ立ち上がった章は

「俺もぉ、守りたいんだ!………何も守れなかった自分とは……お別れしたい!」


 刃の家にいたときの日々を思い出す。夢の中に出てきた先輩や上田。彼らは夢の中でも同じように惨殺された。何度もそんな悪夢を見た。けれども救うことは出来なかった。

 自分は弱かった。何度も思い知らされる夢の中で。皮膚を引き千切られた上田に見向きできなかった。情けない愚か者。地獄で舌を抜かれるだけでは済まされない罪のようにも思えた。

 でも、そんな自分に優しくしてくれた人々と、この村で、出会えた。朗らかな笑顔で周りを照らす結、優しさと強さを兼ね備えた佑介さん、そして、強さを教えてくれた刃さん。

 彼らは、自分が愚か者だとは知らない。でも、たとえ自分が愚か者でも彼らはそばにいてくれるかもしれないと彼は思ってしまった。でもそれはただの現実逃避だったのかもしれない。

 どうあがいても自分は弱い男だった。でも、愛することも立派な強さだと、刃は言ってくれた。

 愛することは、できたと思う。でも、それだけでは、俺の、罪の濁流を止めることは、できない。

 だから………だから……


 「俺は………俺はぁっ!」

章は怪人を殴り続けた。結には逃げるように命令したが、少し離れた物陰からこちらを心配そうに伺っていた。

「ジャバダドビッダ……ゴゾブ!(邪魔だと言った……小僧!)」

バッタ怪人が右手で章の首を掴み、締め上げる。

 窒息の最中、自分はまた何も出来ないのかと心の中で絶望した。

 怪人が左拳を掲げる。

 死ぬ。そう章は知覚した。

 だが、死は訪れなかった。何者かが横から怪人に飛び蹴りを入れたのだ。吹き飛ぶ怪人。解放された章は咳き込みながらも、何者かの姿を見上げた。そこに映った人影は………



 「最高にイカしてたぜ、章!」

首の痛みに苦しみながらもこちらを見上げた章に向かって、刃は笑顔を見せた。

「刃さん………!」

章も顔に笑顔を広げていく。その笑顔を見てから、刃は怪人の方を振り返る。

「こいつはネクロ『バイダー』。高い跳躍力を持っているぞ」

ノウンが目を点滅させた。

「バターだがなんだか知らねぇが、こっからは俺がイカす番だぜ!」

バイダーに向かいそう叫んだ刃は独特なポーズと共に

「霊装っ!」

 彼の体が光に包まれ、暁の姿が現れる。

走り出す暁。しかし、暁が拳を繰り出す前にバイダーは大きくジャンプ。右ストレートを回避した。

「どこ行きやがった……?」

「上から来るぞ!」

ノウンの忠告通り上空を眺める。木々の木漏れ日をバックに据えたバイダーがドロップキックを放つ。重力によって加速した両足が暁の胸板を蹴り上げる。尻餅をつく形で倒れ込む暁。再び跳躍。次はかかと落とし。

「同じような手は喰らわないぜ!」

バイダーの振り上げた右足に対し、左拳を当てた。爆風と共に宙を舞うバイダー。

 しかし、手近な木に両足を当て、水泳でいうターンのように木を蹴り突撃する。弾丸の如き速さ。そこからくるカッターの斬撃。回避できる試しもなく暁は火花をあげ、その場で横回転しながら地面に体を打ちつけた。

 「格闘攻撃は通用しないぞ。どうする刃?」

ノウンが問いかける。声音には焦燥が浮かんでいた。

「なら……こうするっ!」

その刹那、暁の右手に炎の柱が形成された。その柱を握りしめる。すると、炎が飛び散り、柱の中から刀のような武器が現れた。横から見たときに、刀身と持ち手の間に金のパーツで縁取られた菱形の宝石が埋め込まれている。そんなデザインだ。

「ゾデバ……(それは……)」

バイダーがうろたえる。

「霊刀『焔』《れいとう『ほむら』》は鋭いぜ」

焔を構える暁。叫びをあげ跳躍するバイダー。

「てやぁっ!」

リーチの長い焔はいとも容易くバイダーの体に切り傷を刻む。はたき落とされ倒れ込むバイダーに追撃。カッターで防ぐバイダー。カッターを振り上げ鍔競り合いを解除したバイダーは距離を取るように後ろへジャンプする。

 再び刀を構え直す暁。すると、左右の菱形宝石の金のパーツから角が展開。それと同時に刀身が炎を帯びる。

 バイダーがまたしても跳躍を果たし、こちらへ向かう。

 時が来た。

 「てりゃぁぁ!」

焔を頭上に掲げ、一気に振り下ろす。

 バイダーは空中で真っ二つに切り裂かれ爆散した。

 相手の体を縦に切り裂く『烈火唐竹一閃斬』!



 ふう、と息を吐いた刃は霊装を解除した。鎧が赤い光の粒子となって散ってゆく。見ると、結に肩を借りた章が向かってきた。刃は、彼にありったけの笑顔とピースサインを送ってみせた。

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