第参話ー理由ー

 草木も眠る丑三つ時。そんな表現がベストマッチするような深夜の森を歩く一人の男がいた。赤いフードで素顔を覗くことはできない。その出で立ちが男の異様さを物語っていた。

 男は立ち止まると、おもむろに右手に持っていた杖を空へ掲げた。杖は先端部に赤黒い骸骨を戴いている。杖の装飾品も相まって、遠目から見れば十字架のようにも見えた。

 骸骨から赤黒い稲妻のようなものが放たれた。その刹那、森の上空が黄色く点滅する。この森一体が黄色い半透明のドームで覆われているように思えた。

 男が杖に力を加える。稲妻が一層強くなりガラス容器が割れるかの如く、黄色いドームが崩れた。ドームは物理的に存在するものではないようで、崩れるやいなや光の粒子となって消えていった。

 何事もなかったかのように辺りに静寂が訪れる。男は去っていった。


 「おい刃、小僧が目覚めたぞ」

章がその日最初に聴いた言葉だった。どうやら自分は森の中にいると章は理解した。ただ、ここが何処だかはわからなかった。

「よぉ、起きれそうか?」

黒コートの男がこちらに近づいてきた。少しばかりのうめき声とともに章は起き上がった。

「俺は神崎刃。お前は?」

唐突な質問だったからか、少し間を置いて章は

「風間章です……」

と、答えた。章かぁ、と軽く応じた刃とかいう男に対し、思い浮かんでいた疑問をぶつけた。

「ここ………何処なんです?」

刃は笑顔で応じた。

「俺の職場の近く。お前、ネクロに襲われてたんだろ。そん時の話を聞かせてほしいんだ」

職場?こんな森の中に……?てかネクロって何?

疑問が尽きない章だったが、それ以上に彼にとって大事な事を思い出した。

「親に連絡していいですか?心配してるかも……」

慌ててスマホを取り出した章だが

「ここは圏外だ。やめとけ」

という刃とは違う硬い声によって静止された。

「今の声………」

「あぁ、こいつだよ」

刃は左腕のブレスレットを見せた。

「一応自己紹介しようと思ってな。私はノウン。刃の世話をしてる」

ブレスレットの般若のようなレリーフの目の部分が赤く点滅すると同時にそんな言葉が発された。

「しゃ……喋ってる………!」

章が驚いてるのを満足そうに眺めた刃は

「ちょっと口うるさい奴だけど、良い奴だからよろしく!」

と章にウインクした。

「口うるさいとはなんだ」

不満げなノウンの目が点滅した。

 それから章と刃は森を歩き始めた。その間、刃はネクロのことや、自分の仕事のことを話してくれたが、理解できる内容ではなかった。異世界の話を聞いているかのような気分だった。時々ノウンがなんか変な感じがする、と呟いていたのも気になったが、聞ける試しもなかった。

 三十分ほど歩くと、集落についた。俗に言う古民家のような古臭さを感じる家が立ち並ぶ。だが、人々の服装は極めて現代的だった。異世界と現代のハイブリッドとしか言いようのない世界観に章は、だいぶ困惑していた。

「あそこが俺の職場。本山って言うんだぜ」

集落の奥の方にそびえている屋敷を指差した。平安貴族が生活していた寝殿造りを思わせる屋敷だった。

 本山には割とすんなり入れた。門番と思わしき男達はいたが、神社を見るなり頭を下げた。  

 章一行は本山の奥の部屋に案内された。そこには十二単衣を着た豪華な髪飾りの女性が鎮座していた。年老いているが、はっきりとした目をしている。老いを感じさせない辺り、ただの婆さんというわけではなさそうだ。後ろには黄色い平安時代の礼装の中老の男が控えていた。

「刃。その者は如何に?」

婆さんが刃に問いかけた。その者は章のことを指しているのだろう。

「ネクロの被害者です。彼の話からネクロに対する新しい情報を得られるのではないかと考えたのですが」

一通り話し終わると、黄色い礼装の男は

「ふん、余計な事を。この若造奴」

と細めの体を震わし愚痴を吐いた。意に介すことなく婆さんは

「そなた、名前は?」

と学生服の章に目線を移した。

「あ、おれ……僕は風間章です」

厳かな雰囲気に圧倒され、緊張気味に章は答えた。優しい笑みをたたえた婆さんは

「私はサラン。この本山の頭領です。この者はローガと申します。以後よろしく、章殿」

と章に話した。どうやら礼装の男はローガというらしい。続けてサランは

「章殿。これまでの苦労は此処でお癒しなさい。遠慮することは御座いませんよ」

と言った。その優しい声音に、章は癒しを感じることができた。



 自分の体験談を語り終えた章は、大広間のような空間に案内された。そこで人の往来を眺めていると、自分と同じくらいの歳の少女の声が章を揺さぶった。

「見かけない顔だね。どうしたの?」

「あ、ネクロに襲われて……ここの人に助けられたんだ」

滅多に女子と話さない性分故に、ドギマギしながら言葉を紡いだ。

「そっかぁ。大変だったね」

同情した少女はおもむろに手提げ袋を漁ると、

「はい!とうもろこし!食べる?」

章に茹でとうもろこしを差し出した。

「ありがとう……ございます」

とりあえず受け取り、かじりついてみる。口の中に特有の甘みが広がった。

「うまい」

反射的にそんな言葉が出た。少女は笑みを大きくして

「やったぁ!これ私が育てたんだ!」

とその場で小さく飛び跳ねた。

「へぇ。凄いねぇ」

章が褒めると、鼻をこすりながら

「えへへ。すごいでしょ」

と誇らしげな笑みを浮かべた。なんか面白い人だなぁ、と章は思った。おまけに顔と動作が可愛い。

 「結。お友達かい?」

爽やかな男性の声が聴こえた。それに呼応し少女はお兄ちゃん、と手を振った。

 その後、少女の兄とも話をすることになった。兄は冴沢佑介(さえざわゆうすけ)、少女は冴沢結(さえざわゆい)という名前だとわかった。兄貴の方は霊装武士で、刃とも面識があるんだとか。妹は野菜を育て、それを売り歩いているのだという。兄と妹も人懐っこく、章はすぐに打ち解けることができた。


 


「刃さんとうまくやってるかい?」

村に来て一週間ほど経った頃、章は佑介からそう問われた。

「あ……なんとか…」

しどろもどろながらも章は答えた。実際は佑介ほど仲良くやってはいなかったが。だが章の声音から佑介はそのことを看破していた。

「まぁ、あの人あんまり人と話すの得意じゃないからね」

佑介は苦笑を浮かべた。

 「なんか難しいですよね。人と接するって。俺引っ込み思案だから」

章は自嘲気味な笑みを浮かべた。佑介は笑みを浮かべて耳を傾けたが、章を見て話した。

「人と接するのは確かに難しいよ。だって自分と他人は違うんだもん。だからさ、ゆっくりと時間、かけてみようよ。そのうち色々わかってくるよ」

「本当にそうなりますかね?」

章は佑介に問いた。

「なるよ!僕達と仲良くなれたんだから。信じてごらん」

 佑介は満面の笑みを浮かべた。その笑みは章にも伝染ていった。

人と話す温かい心地良さ。章は初めて味わうことができた。




 いつものように任務を終えた刃は村に戻った。本山に比較的近い家に彼は住んでいた。ただ、最近になって同居人が現れた。風間章である。

 高校生と同居だなんて刃にとってはいまだかつてないイベントだった。二人の間には、どこか冷たく、もどかしい距離があった。

 その日、章は本を読んでいた。結ちゃんが貸してくれたものだと章は緊張気味に話してくれた。

「読書とは関心ものだよなぁ。何の本?」

「霊装武士の歴史書です」

「へぇ。結ちゃん、色んな本持ってんな」

 いつものように飄々と話せない刃はもどかしさを感じた。二人共声音は淡々としていた。だが、望んで冷たくしたわけではない。そうせざるを得ないのだ。心の壁という物はつくづく恐ろしい。

 刃は喋る方ではあるが、知り合って間もない人との会話は如何せん苦手だった。冴沢兄妹のようなフレンドリーさが、欠如していた。

 俺にもそんなコミュ力があればなぁ、と内心嘆息を漏らしていたときだった。

「刃さんはどうして霊装武士になったんですか?」

章が口を開いたのだ。歓喜半分驚愕半分で言葉を紡いでいった。

「えーとぉそーだなぁ、やっぱり人を守りたいって気持ちが強いな」

「守りたい?」

「俺、丁度お前くらいの年のときさ、親をネクロに殺されたんだ。で師匠に拾われたんだよ。師匠は闘いは憎しみのためにするものじゃない。守るためにするってよく言ってた。親を殺されたばかりの俺には理解できなかった。でも、師匠が闘って人を守る姿を見てわかった。守るための闘いは、かっこいいんだ。憎しみのままに戦うのはネクロと一緒なんだって。それに、ネクロの被害者達と接するうちにこんなこと思うようになった。俺みたいな奴は大勢いる。これ以上俺みたいに悲しむ人を増やしちゃいけないってさ。だから俺は人を守りたくなった」

「刃さん、強いんですね。弱い俺とは大違いだ」

章は感心したのか笑みを浮かべていた。自嘲するの様な悲しい笑みだった。

「章、大切にしたい奴っているか?」

刃は、そう質問してみた。少し間を置いて章は答えた。

「結ちゃんとか、佑介さんとか。そこから知り合った村の人とか。皆いい人だから、居なくなったら嫌かもしれないです」

「そう思えるだけで、お前は十分強いぜ」

その言葉に章は困惑しているようだった。

「いいか。人を大切に思えない奴は、誰かを守ることはできない。まずは、人を愛するところからはじめるんだ。人はな、自分とは違う誰かを認めることを簡単にできるわけじゃない。だからよ、愛も立派な強さだと俺は思うぜ」

刃は笑顔で章に説いた。章も笑顔で

「はい!」

と応えた。

 二人は笑い出した。何が面白かったのかは解らない。だが、気付けば部屋は二人の笑い声でいっぱいになっていた。こんなに笑ったのは久しぶりかもな、刃は心の片隅でふと思った。

 

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