第弐話ー遭遇と邂逅ー

 比較的仲の良い一つ上の先輩に声をかけられた。高校2年の風間章かざまあきらは先輩のほうに顔を向ける。

「今日の部活終わり暇だったらさ、俺達に付き合ってくれよ」

ニヤニヤ笑顔の先輩に対し章は

「暇ですけど、また変なことに付き合わされるのはごめんですよ」

と素っ気なく応じた。

 というのも彼の先輩御一行は、やんちゃというか、素行が悪いことで有名だった。凄まじいセンスの髪型で他校に殴り込み、そこの番長とタイマンをはる………なんてことは流石にないが、駅前の広い路地で、ひたすらドリフトをかましたり、嘘の通報で呼び寄せた警察から逃げるという公務執行妨害に付き合わされたこともある。

 危険な連中だが、それでも章が付き合うのは単調で息苦しい毎日から少しでも解放されたいという欲求があったからだ。

 家に帰っても親がいて飯が用意されている訳でもなかった。いわゆるネグレクトという奴だった。仕事が忙しいのが理由という話だが、気にかけることはなくなっていた。孤独に慣れてしまったのだろう。しかし、清々しさなんてものは皆無だった。孤独は鉛の如き鈍重さを章に押し付けていた。

「今日は何するんです?」

 考えるのを止めたくて、章はそう問いた。心の中に広がっていた重い雲をかき消せはしなかったが。



 山奥の森から巻物に書かれてあった街につく頃にはすでに日が落ちていた。

「廃レストランねぇ。いかにもネクロが現れそうな場所じゃん」

ネクロが潜伏しているというレストランの廃墟に対する刃の感想だった。

「地元だと心霊スポットとして有名らしい。人が集まる前に片付けたほうがいいぞ」

ノウンが忠告する。その言葉に

「了解」

と一言応じて刃は走り出した。



 章一行が訪れたのは、地元でも有名な心霊スポットだった。暑い夏の時期には丁度いいだろうというだけの理由だった。メンバーは先輩、章、章の同級生の上田、後輩の佐藤、この四人だった。

 ひっそりとした佇まいの廃墟だが、深夜に訪れたのと、心霊スポットであるというのが相まって、ホラー映画さながらの身の毛もよだつ雰囲気を醸し出していた。

「が……ガチのやつじゃないですか……ほんとに行くんですか?」

佐藤が上田の袖にしがみつきながら問いかける。

「あったりめぇよ!夏なんだし、いい思い出になるぜ」

先輩は誇らしげに言い返す。

「てか、女々しいぞ、佐藤」

上田が佐藤の手を振り払う。

あぁ、そんなと嘆く佐藤を横目に一同は廃墟へと足を踏み入れた。

 廃墟はかつてレストランだったという。経営難を苦にしてオーナーが首吊り自殺、その後に火事でレストラン一体が黒焦げになってしまったのだという。それ以来、オーナーのうめき声や、ラップ音が頻発するようになったとの噂。

 中は、異様な雰囲気が漂っていた。天井は半分ほどなくなっていて夜空を仰ぐことができる。持ってきた懐中電灯で照らしても床は黒く、変に湿り気があった。名も知らぬ雑草が生い茂っている部分もある。お化けが現れなくても十分怖いと章は思った。

 「じゃあ、俺、佐藤と一緒にキッチンのほう見てきます」

上田はそういうと、ほら行くぞと佐藤に声をかけキッチンへ向かっていった。

 レストランの客席と思わしき場所に残された章と先輩は散策を続けていたが、幽霊の出現はおろか、ラップ音すらも聞くことができなかった。

「結局、お化け出ませんでしたね」

章は先輩に向かいやや残念そうに呟いた。

「だなぁ。てかそろそろ上田達と合流して帰るか」

 そんな会話をしているときだった。上田のものであろう叫び声が二人の鼓膜を震わした。声の方向に振り返る二人。すると、上田が猛ダッシュでこちらに向かってきた。

「上田!何があったんだよ?!」

場の異常さを感じ取った先輩が上田を問い詰める。が、上田は涙でクシャクシャになった顔で

「佐藤が………佐藤が………!」

とうわ言のように佐藤の名前を叫ぶだけだった。

 すると、上田が走ってきた方向からゆったりと男が歩いてきた。その男は、三人を見ると、ニタリと気味の悪い笑みを浮かべた。

「こいつだ!こいつが佐藤を殺したァ!殺したんだァ!」

その男を見るなり、上田は異常な程大きい声で叫んだ。男は表情を変えない。

「さっきの子からは血をいただきました。次に襲う子からは臓物をいただきます。その次は皮、最後に肉を、いただきます」

男はゆっくりとそう言った。そして血で赤く染まった歯を見せる。

 誰も状況を理解できなかった。冷静を保つことなど不可能だった。未体感の恐怖に打ちのめされる中、先輩は『護身用』と茶化して持ってきた金属バットをおもむろに取り出し、悲鳴とともにバットを男の顔面に打ち付けた。

 だが、びくともしない。それどころか男はさらに深い笑みをつくった。

「こいつ………」

先輩が呻いた刹那、男は右手で手刀をつくり、先輩の腹に突き刺した。右手は貫通し、先輩の背中から飛び出した。さらなる恐怖に悶る章達の前で、男は血で汚れた右手を見せびらかすかの様に開いたり閉じたりしている。床に倒れ込む先輩。その腹に男は顔をねじ込んだ。生々しい咀嚼音が響く。満足そうな顔の男が顔を上げた。その口から、小腸と思わしき管がぶら下がっていた。勿論、先輩の腹から取り出したものだ。

 またしても叫び声を上げた章と上田は蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出した。

「逃さないよ……」

男は両腕を横に広げた。するとその腕から蝙蝠を思わせるギザギザの羽が生えた。それだけでない。男の体がみるみる蝙蝠を思わせる異形の怪人に変化したのだ。

「ボグボビドジボジョグザビ………(僕の愛しの食材………)」

理解不能の言語を吐き舞い上がる蝙蝠怪人。そして、空中から上田目がけて頭突きを食らわした。

上田の悲痛な叫びがこだまする。だが、上田を助けられる余裕などなかった。叫びはすぐに聞こえなくなった。

 どういう経路で逃げてきたかは知らないが、章は外へ出ることができた。だが、彼の目前には、例の蝙蝠怪人がいた。

「やめろ………来るな!」

章は懇願したが、怪人は歩みを止めなかった。怪人が右手で章を殴ろうとした瞬間だった。

「そこまでにしときな」

静止の声が響いた。

 声の方を向く。そこには黒いコートを着た男が立っていた。それを見るなり、章はその場にへなへなと倒れ込んでしまった。



 怪人の意識をそらすことに成功した刃は、すぐさま戦闘態勢をとった。

「こいつはネクロ『ギルテン』。レストランオーナーの魔念が変化したネクロだ」

ノウンの解説を横目に、刃はギルテンに向かい走り出す。ギルテンがパンチを繰り出す。その一撃を受け流し、回し蹴りを入れる。コートが美しく翻る。ギルテンは大きく後ろに吹き飛ばされたが、すぐに体制を立て直した。

「時間はかけねぇぜ」

 短く呟いた刃は、右手を天高く掲げると、それを顔の前まで降ろす。そして、正拳突きの要領で左手を前方へ突きだす。

「霊装っ!」

その一言と共に、彼の左手の人差し指にはめられてある指輪『霊装輪』が赤く輝いた。体全体が赤い光りに包まれる。フラッシュが終わった頃には、刃は全身を鎧で固めた姿、『炎鬼武士 暁』に変身していた。

 鬼を思わせる金色の角。燃える炎のように尖った肩。また、各部には日本の武士を思わせる意匠が刻まれていた。

 「ベビゾブブジ……(霊装武士……)」

ギルテンは暁に飛びかかる。繰り出された拳を暁は難なく受け止めた。

「ただの霊装武士じゃないぜ」

その言葉と共に暁は頭突きをお見舞いした。距離が空いたところに、右ストレートを繰り出す。ただの拳ではない。炎を纏った拳だ。またしても吹き飛ばされるギルテン。殴られた左胸部を抑えている。

「ハシャャャャ!」

羽を広げ、ギルテンが突進する。だが暁はリンボーダンスよろしく背中を反らし突進を回避。さらに飛び上がり、羽に向かいサマーソルトキックを与えた。折れる羽。墜落するギルテン。

「こいつで終わりだ」

そう叫ぶと、暁の両足に炎が走る。疾駆する暁。ギルテンの前で大きくジャンプする。

「てりゃぁぁぁぁ!」

炎のドロップキック!

胸板を蹴り込まれたギルテンが断末魔の叫びとともに爆散する。着地した暁の周りに炎が散り、燃え盛っていた。

「霊刀を使わなくても倒せちゃったな」

そう吐き捨てながら刃は霊装を解除した。そして、恐怖のあまり気絶した少年に視点をあわせた。

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