炎鬼武士 暁 ー烈火之双翼ー
ポチ太郎
第壱話ー夢の中の魔神ー
『念』。それは、人であれば誰もが必ず抱くものである。仕事で成功したい、あの人とお付き合いしたい、金持ちになりたい………。
人それぞれに異なる念がある故、念の数だの種類だのを数え、定義づけるのは困難に近い。だが、念はその人の死による肉体の消滅と共に消えるのが世の常であるはずだった。
だが、肉体が消えても、この世界にこびりつく念も少なからず存在する。未練なんて可愛らしいものではない。もっと強く、激しく、穢らわしい、汚物。
何時しかそれは『魔念』と呼ばれ、人々を恐れさせた。
魔念へと変わった人の念は、自ら人ならざる肉体を生み出し、異形の魔物『ネクロ』となった。そしてそれは、魔念の命ずるままに、人を殺し、己の肉体を維持するために、殺した人間の肉を食らった。
正に鬼畜の所業と言うべき代物だった。
閉じていた瞳が開かれる。天に伸びる無数の木が、彼の視界に映った。村に続く森の中を歩くうちに眠ってしまったのだと悟った。
「やっと起きたか刃」
自分に問いかける声が聴こえた。眠気眼を擦りながら、
ブレスレットには、能面の般若を思わせるレリーフが彫られていた。そのレリーフの中に特殊な魂が宿っているので、人とコミュニケーションがとれるっといった次第だ。
「元気ピンピンだぜノウン」
そう応じると、ノウンと呼ばれたブレスレットは
「そいつは良かった」
と言い返した。
「ただ、変な夢だったぜ。バカでかいネクロが村を襲う夢だった」
刃は、不安を浮かべそう呟いた。
「予知夢……とかじゃねぇよな?」
ノウンにそう問いかけた。だが、ノウンは呆れ切った様子で
「馬鹿なことを言うな縁起が悪い。どだい、予知夢なんて非科学的なものを私は信じない」
と一気に吐き捨てた。
「アンタはアンダで非科学的でしょうよ」
刃はため息混じりにそう応じた。
ノウンが何かしら反論しようとしたときだった。突然何者かが刃の頭上を回転しながら飛び越え、刃の目前で着地。そのまま片膝立ちの姿勢をつくった。
その者は、黒い袴を着ていて、顔も両目以外が黒い布で覆われていた。忍と思える出で立ちだった。
「霊装武士『暁』の神崎刃殿でありますか?」
霊装武士。それが刃の職業だった。霊獣と呼ばれる一種の式神の宿った鎧を纏い、ネクロを討伐する。(ちなみに刃のブレスレットに宿る魂も霊獣のものである。)
並大抵の人間がなれる職でもないと言えた。相手は人ならざる魔物。常に死と隣り合わせの仕事だった。
忍の言葉は余りにも業務的でうす気味悪かったが、刃は気にすることなく
「あぁ」
と答えた。
「本山から任務が届きました。但しに遂行なさってください」
『本山』は霊装武士の拠点とも言える場所だ。活動の報告や、休養施設、模擬戦や特訓ができる広大な庭もある。本山は我が国、日本各地に存在し、全ての本山をまとめる本部的な役割をもつ『総本山』という施設も存在する。
忍は右手に持っていた巻物を刃に手渡した。本山で製作された巻物には、任務の詳細が描かれている。
「ネクロとは昨日殺りあったばっかなのによぉ」
ネクロの討伐任務だと察した刃は嘆いたが、忍は同情してくれることはなかった。あくまで巻物を渡すことが忍の仕事であって、刃に励ましの言葉を送るのは彼らの仕事ではないのだ。
「では、ご武運を」
忍は感情のない応援の言葉を吐き、風の如くその場を去っていった。
「現実のほうが予知夢よりきついようだ」
小馬鹿にした調子で短く呟いたノウンを指で弾き、
「冗談じゃねえぜ」
と、刃は今日一番の溜息をついた。
ただ夢に出てきたネクロの名前は思い出せなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます