7月29日(2話目)


これはバイト先の後輩であるA君から聞いた話だ。


A君は、コンビニとケーキ屋のバイトを掛け持ちしていた。

つい最近、ケーキ屋のバイトを辞めて、今は同じ職場であるコンビニ一本でバイトしている。

高校二年生の頃からそのケーキ屋でバイトをしていたというから、大学二年生であるA君はもう四年ほどバイトしていたことになる。

「どうしてケーキ屋辞めちゃったの?」

最近の夜勤は暇だ。夜中に外出する人が減ったから。特に一時以降は全然人が来ない。たまに四、五人で酒を買いに来る若い男女や、タクシーの運転手が来る程度で、あとはトラックが商品を運んでくるだけ。

だから暇つぶしじゃないけど、普通に話題提供求む、的な感じで話を振った。

するとA君は少し戸惑い、うーん、と考えこんでしまった。

もしかしてあんまり触れちゃいけないことだったのかもしれない。A君は普段バイト中も飄々としていて、気落ちしたり元気のないところを見たことがなかった。

「いや、ちょっと気になっただけだから」だから話さなくていいよ、と続けようとしたのをA君が遮る。

「ちょっと、変な話なんですけど」

A君が言うにはこういう経緯だったらしい。


「僕、小さい頃から動く影が見えるんですよ。まっくろく〇すけが集まってもぞもぞしてるみたいな影が見えるんです。別に何かしてくるわけじゃないから、まあいっかって思ってたんですけど、一度だけやばいなって思ったことがあって。

小学校三年生の時に、仲良かった友達が上級生にいじめられてたんです。三人いました。帰り道に殴られてるとこ見かけちゃって。クラスでは目立つわけじゃないし、普通にいい奴だし、みんなと仲いいし、だからなんでそんなことされてるのか全然わかんなくて。

次の日、こっそり話を聞こうとしたんですけど、何も言ってくれなかったんです。関わるなって言われてるみたいで……。

でも、やっぱりどうにかしてあげなきゃって思って、帰り道、こっそりあとをつけてみたんですよ。そしたらやっぱりまた上級生たちに絡まれてて、ズボンとか脱がされそうになってて、でも、僕怖くて止めに出られなかったんです。友達、めっちゃ泣いてて、やめてよやめてよって。

僕はその間、ずっとどうしたらいいのか考えてて、でも動けなくて、ただ見てることしか出来なかったんです。友達のズボンが脱がされて、いよいよパンツも脱がされそうになった時、友達の口からあの影が出てきたんです。影から何十本も手が出てきて、それが上級生たちを覆い隠した後、友達が「消えろ」って言ったんですよ。友達が言ったのは口の動き見てればわかったんですけど、でも、声がね、その友達の声じゃなかったんです。聞いたこともないくらい低い声で。その後、僕も友達も失神してたみたいで、目が覚めたら病院でした。

次の日、友達も普通に学校来てて「大丈夫だった?」って聞いたら、「何が?」って。ケロッとした顔で聞き返されて。何も覚えてないっていうんですよ。影のことも話したんですけど「なんだよそれ」って笑われて。その友達をいじめてた上級生たちは、学校に来なくなりました。

っていうね、その影が、ケーキ屋の奥さんのそばにいるのを見たんです。夫婦でやってるケーキ屋なんですけど。最近ちょっと元気ないなって感じだったし、なんか嫌な感じしたから、影が見えない時を見計らって、奥さんに大丈夫ですか?って聞いてみたんですよ。そしたら「もうすぐ終わる」って、あの時の低い声が言ったんです。奥さんの口から、ちろちろって、蛇の舌くらいの影が出てきて、あーもうこれ駄目だって、その日のうちに全部荷物引き上げて、バックレました」


その話を聞いてから二週間も経たないうちに、そのケーキ屋で火事が起きた。

奥さんが、自分自身と、拘束した旦那さんに大量のガソリンをかけて火をつけたそうだ。


A君はまだ同じコンビニで働いている。

辞めるときはどうか円満に、普通に辞めてほしい。

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捏造、百物語 ハヤシチヒロ @yokukandetabete

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