噛みカミ女将と宇宙

真花

噛みカミ女将と宇宙

 温泉に来た。

「いらっしゃいませ、オオカミ女将オオオカです」

 狼よりもラッコに似ている。

「大岡さんですね」

「岡です。誰が越前ですか」

「え」

「失礼しました。こちらにどうぞ」

 ラッコの前歯は意外と鋭い。

「ここがフロンフロントです」

「フロンガス?」

「オゾンホールが見えますか!? ジュウショク住所ホーミー芳名、分かるでしょ?」

「住職がホーミーで、つまり、複雑な念仏、僕には踊っているように見えます」

「坊主はいません。ここにも、あなたの部屋にも」

 ラッコの後ろ足は意外とキック力が強い。

「お土産はここテカッテで買って下さい」

「つまりここはティーゾーンと言うことですね」

「温泉宿の顔がお土産売り場って、どんだけあざとい、あ、私のことあざといと思っているんですね?」

「そんなことないです」

ザトウイチあざといは好きですけど」

「似てないですから。亀とマングースくらい似てないですよ!」

「それを言うならマムシでしょ!? 私はマムシなの!? マングースなの!? あなたはどっち!?」

「僕達殺し合いするんですか?」

「勝つのは私よ。次は大、ヨクジョウ浴場、に身を任せれば極楽ですよ」

「倫理の限界が僕を仏門に入れそうです」

「何を想像しているのかしら、想像通りの未来は来ないわよ」

 ラッコの眼光は意外とキツい。

「ここが泊まる部屋よ。ウチュウ内湯があるわ」

「宇宙完備の小部屋!?」

 女将が扉を開けると男性が座っている。

「どうも」

 一礼した男性と目が合う。

「女将、どうしてお坊さんが部屋にいるんですか!?」

「相部屋よ」

「どうも、特技はホーミーです。やりますか?」

「しなくていいです!」

 咄嗟に止めた僕にお坊さんは向き直る。

「いきなり失礼しました。私、越前と申します。仏門に興味はありますか?」

「ここにあるのは、宇宙だ!」

 女将がくすりと笑う。

「冗談ですよ。お泊りは隣の部屋です」

 ラッコの両腕で力いっぱい叩き割られる貝の気持ち。

 名物女将らしい。


(了)

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