第4話 お風呂(1)

 改めて自己紹介をした後優斗は使っていない部屋に愛理を案内することにした。2LDKのマンションに住み始めて余っている部屋があるためそこに向かう。もしかしたらこの部屋を買うときには既に、親の間には愛理を住ませる計画は練ってあったのかもしれない。一人暮らしに二部屋も必要な奴はそう多くはないだろう。


 愛理と一緒に空き部屋に行くとベッドや勉強用のデスクがそこには――――なかった。スーツケースで日常品を用意する暇があるなら当然必要な家具などを用意できてい当然と思っていたが、どうやらその時間すらなかったらしい。


 部屋は優斗が初めて覗いた時と全く変わり映えしていなく殺風景な景色だ。


(…これはソファーで寝る事決定だな)


 優斗自身は何処で寝てもあまり気にしないが、自分の部屋に何も用意されていないことを愛理はどう思うかが少し心配だった。どんな境遇にあったのかは知らないが、大人が苦手なあたり良い事ではないだろう。『自分はこの家には要らない子だ』みたいな面倒な認識をされても困る。


 本人にバレないようにその顔を覗き込むが晩御飯を食べる前と同じようにその顔は何も物語っていなかった。彫刻のように美しい彼女の容貌は作り物のようで、美術館で展示されていても人間として認識できるかどうかも分からないほど無機質だった。こんな顔をされてはどう対応すればいいかこっちが頭を悩ませられる。


「ここが愛理の部屋な。今は何も無いけど多分数日経ったら必要な家具も届くだろう。その間は悪いが俺のベッドで我慢してくれ、俺はソファーで寝るから」

「………床じゃなくて…ベッドで寝ても…いいの?」


 その純粋な疑問を浮かべている眼差しを受けて優斗は一瞬息を呑んだ。愛理の美貌故ではなく、その発言故に。だがそんな姿を彼女に見せてしまったら駄目な気がしてすぐに引っ込めた。


「ああ、いいよ。それが普通だから。後日届いてくるであろう家具以外に欲しいものがあったら遠慮なく言ってくれ、無茶なお願いじゃない限り叶えてあげるから」

「………分かった」


 会ってから時間はあまり経っていないがこの機械みたいな応答の仕方も慣れてきた。慣れていないせいなのかこちらが発した言葉を聞いて理解する工程の間が長い。人によっては苛立たさを覚えるであろう人もいるだろうが、個人的にはあまり会話がしたくないためこういう短めな返答は好ましかった。


 家に入る前は夕日が傾き始める頃だったが今はとっくに日が暮れてしまった。普段ならこの時間帯はゲームや勉強などに使っているが、今までの愛理を見てきて就寝までの準備を出来るとは到底思えない。だから早めに行動に移して睡眠時間を削らないように今から愛理に説明しなくてはならない。


「今日はいろいろあったし疲れたから早めに寝るけど愛理は風呂入れる?」

「………ない」


 予想通りお風呂は自分ではできないらしい。これは愛理が体の洗い方やシャワー、入浴の仕方を覚えるのに頑張るのではなく、優斗が如何に愛理の女の子としての心に傷を残さないか努力する必要がある。


 とてもではないが女子の裸姿に免疫がある訳でもないので、脳に存在する知識を使ってどうにかこの精神的に危機的状況を打開する策を模索するが…一番マシな方法が水着しか思い浮かばなかった。これならば多少はマシになるだろうし、愛理の裸姿を見ることもないのでお互いにとっていい案の筈だ。


 この家に水着があるわけないが、さっきスーツケースの中で水着らしいものを見かけたのでそれを愛理に着用してもらおう。


「洗い方とか分かる?」

「………分からない」

「説明する必要がある?」

「………お願いします」

「…分かった、ならスーツケースの中に水着があるからそれに着替えてくれ」

「………どうやって?」

「ん?何が」

「………水着ってどうやって…着るの?」

「……………」


(俺が知りたいわ!!)


 優斗は心の中で全力でツッコんだ。風呂は百歩譲ってまだ許容範囲だ、いやちょっとオーバーしているが予想の範囲内だった。だが水着の着方を問われるとは思わなかった。


「俺も知らないけど女子の下着と同じなんじゃない?形似てるし」

「………下着って…どうやって着るの?」

「…愛理はどうやってその制服に着替えられたの?」

「………君のお母さん…やってくれた」

「………」


 彼女が家に来てから何度天を仰ぐことになったかは分からないが、どうやら前途多難な状況に陥ってしまっているようだ。同い年の女子に幼少期から自立してできることを教えなくてはならないとは思わなかった。


 当の本人ははてな顔なので優斗の心境はこれぽっちも理解していないだろう。せめて事前に手紙で知らせて…いや女同士体の洗い方位/ぐらい叩き込んでほしかった。


「…どうしても一人じゃできない?」


 奇跡的になんの教えもなく体を洗えると言う淡い希望を持って聞くが―――現実は時に残酷だ。


「………無理」


 その短い返事が優斗の抵抗する気力を完全になくした。初めて愛理がはっきりと言ってくれた自分の意見が否定の言葉とは思いもしなかった。

 諦めて素直に彼女を風呂に入らせることに思考を切り替えて、テキパキ準備することを決意する。


「とりあえずスーツケースからバスタオルを出してそれを巻いたまま洗い方を教えるから。……なるべくそっちは見ないようにする」

「………?」


 その純粋な瞳は5歳児より純粋なのではないかと疑問に思ってしまう…

 ここまで男性として意識されないと学校での評判は自分の自意識過剰かと疑ってしまう…




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