第3話 名前
「終わったぞ。今から料理するから、リビングで待ってて」
「………分かった」
靴を脱ぎ終わり、如月のご所望の晩御飯を作りにキッチンへ行く。その間に如月には優斗の目が届く範囲、つまりリビングのソファーで寛いでもらっている。ソファーの上で背筋を伸ばしながら座っていると、本当にお人形にしか見えなくなる。
若干緊張が残るが料理に集中することにする。高級マンションの最上階のおかげでキッチンも広く、道具も揃っているため後は料理を決めるだけだ。
如月を待たせるのも悪いし、今晩は無難に和風パスタを選択。
パスタを茹でて、その横で慣れた手つきで、キノコ、ひき肉、ほうれん草を切り終えフライパンでニンニクと共に炒める。ついでに鷹の爪も入れて、湯で終わったパスタと醤油や味醂等の調味料を入れて味を調節しながら、最後にバターを投入。パスタにバターを絡ませ終わったら、完成。
「如月出来たぞ」
「…………」
目の前にいると言うのに反応がない如月に困りながらも再度呼びかける。
「晩御飯出来たぞ如月、腹減ってるだろ?」
「…………如月…いや…名前…決めて」
優斗の親の手紙からは身分証とかでは如月と書いてあるが、名前は優斗が決めていいと書いてあった。まさか晩御飯前に決めろと言われるとは思いもしなかったが。
とはいえご飯が準備されているのに冷めた後に食べるのはもったいない。
「分かった、でも出来たばかりのご飯を食べるのが先決だ。一生呼ばれる名前を適当に付ける事は出来ない」
「…………うん」
相変わらず返事は遅いが納得はしてくれたようだ。空腹故か、料理を持って来る間には既にソファから食卓の席に着いていた。
まだ16歳だと言うのに同い年位の少女に名前を付けることに若干抵抗があるが、本人からのお願いだし真剣に考えなくてはいけない。
そもそも優斗はまともな女子との交友関係を築いたこともなく、どこからどう見ても美少女の如月相手にどう対応すればいいのかすら分からないままだ。
「いただきます」
彼女の真正面の席に着いて晩御飯を食べ始める。脳にエネルギーが行き渡らないと、見つけ出せる答えも見つけられないだろう。
フォークでくるりとパスタを巻きながら食べると横目で如月の方を見るが、料理に手を出していなかった。
「どうした?もしかしてパスタ嫌いとかアレルギーか?」
優斗の問いを否定するように頭だけをブンブン左右に振る。その動作で舞った綺麗な銀髪の髪に一瞬見とれたのは内緒だ。
「……食べてもいいの?」
「お前が食べたいと言ったんだろうに…俺は二人分食べられるほど大食いじゃないんだが」
食べる許可を出したが今度は優斗が持っている食器、フォークに目を付けた。
「………それ…どう使うの?」
「…ほら自分のフォークを手に取って、パスタの山の一番下からフォークを斜めに差し込みながら巻いて少量ずつ食べる。分かった?」
「…………分かった」
「後ご飯を食べる前には手を揃えていただきますを言う事。まあ日本人の風習みたいだからやりたくないなら強制はしない」
「………うん…いただきます」
何度か試しては失敗してを繰り返し、ようやくパスタを口に運べるようになり、生気を感じなかった瞳に少しだけ満足したような感情が見えた。料理を作った優斗としては、こんな些細な物でも喜んでくれて嬉しい限りだ。
自分の分はとっくに食べ終わり、まだ食べ慣れていないこの少女を見守ることが楽しくなってしまった。如月には失礼だがペットの初めての食事を見ている飼い主のような気持ちだ。とてもではないが本人には言えない。
そして料理を食べ終わり食器も食器洗浄機に入れ優斗にとっての選択の時が来てしまった。すなわち名付けだ。どっかの異世界チートのスライムみたいに名付けをしたらパワーアップみたいな効果ではなく、単なる名付けだ。
だが女子との交流経験がゼロに近い16歳の男子高校生には些かハードルが高い。本人の意見もなしに勝手に名付けちゃうのは罪悪感が沸くため、優斗は如月との話し合いをすることにした。
「きさら……いや、この名前は嫌いだと言ってたな…どんな名前が欲しい?」
「………なんでもいい」
返ってきた答えで優斗は話し合いは無理だと悟った。よって一人で考えることに逆戻り。シンプルな名前は思い浮かぶのだが、全て如月のイメージに合わなかったり、嫌がりそうなものばかりだった。せめてもう少し自分の意志と言うものがあれば楽になるのだが、当の本人は他人事のようにソファの上でお人形のように座っている。
ならば逆の考え方を実行すればいい。仮に優斗に娘が出来た場合に付けるような名前、そうあって欲しいと言う思いを込めた名前。
もう一度如月の方を見る―――乳白色の肌、凹凸の取れた肉付きの体、端正な顔に宝石のような瞳、そして離れていても認識できるであろう特徴的な銀髪の髪。100人の人が彼女の事を見てこういうだろう『美少女』と。
会ってから2時間弱の優斗にどう決めろと悪態を吐きたいところだが、その何も映っていない瞳を見るとある願いが心の底に生まれてしまう。
「—―――
我ながら青臭いセリフを並べながら思い切って提案してみたがどうだろう。胸のあたりの動機が加速するのを感じる。如月は小さな声量で何度も自分に言い聞かせるように、もしくは噛み締めるように優斗が提案した名前を繰り返し発していた。
たった数秒の出来事を永遠に感じることが出来ることを初めて体験した優斗だったが、凄く居心地が悪い。考えが纏まったのか如月は顔を上げて、相変わらず無機質な目で優斗の目を覗き込む。
「……意味は分からないけど…優斗が決めたのなら…いい」
あまり名前に重きを置いていないのか、優斗が決めたなら何でもいいらしい。さっきまで心臓がバクバクして緊張していた自分が馬鹿らしく思えてしまう。思わず頭を抱えて溜息をこぼしてしてしまった。
「…いつか分かるさ。その時が来たら俺の名前の感想でも言ってくれ。初めてだから文句は無しでな」
「…?」
可愛らしく頭をコテンと傾けてきょとん顔をしている如月—―――いや愛理にはまだ早かったらしい。
「それと今更だが、今日から一緒に住む荻原優斗だよろしく。適度な距離をもって生活するようにお互い頑張ろうな」
思春期男子と美少女は混ぜるな危険位の激薬みたいな存在なので忠告はするが…どうもいまいち理解していないっぽい。本来見えない筈のはてなマークがポンポン愛位に頭に浮かんでいる。
「あー要はこれからよろしくってこと、愛理」
「………よろしく」
こうして荻原優斗高校一年生は一人暮らしを始めてはや一週間にして名付けから始まる美少女との同居を自分の意志と関係なくすることとなった。
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