第2話 靴の脱ぎ方

 優斗はさっきから無言の彼女の扱い頭を悩ませている。外気温はそこまで低くはない、とはいえ少女を一人外で長時間放置してもいい時間ではない。


 それと同時に見ず知らずの男の子の家に入れることに葛藤を抱えていた。喋りかけても答えてくれない無機質な少女に視線を移すと、相変わらず玄関の前で動く素振りを見せない。


 相手は話が通じるが通じない。せめて少しでも感情を表に出してくれれば楽な物の、如月の表情筋は全く変化がない。


 なんとか突破口を探る優斗だったが、どれも決定打にはなりえないと判断し十分が経過しようとしていた。


 そもそも何故優斗は無理矢理にでも如月をその場から移動させないのか。自分の部屋に帰るためその権利は優斗にあるのだが、彼は女性と言う生物にめっぽう弱い。

 本人は否定しているが、周りからみたら一目瞭然。女性に対し数々の紳士的な行動、女子のお願いを拒絶できない事などなど……

 女性関係に慣れていないのではなく、母親の影響と育ち方のせいで女性相手に強く言えない体質になってしまったのだ。


 そんな優斗が、美少女の如月に『どけ』と言えるはずもなく、今でもどうやってコミュニケーションを取るか悩んでいたその時に―――好機が訪れた。


 ぐぅ~~~


 一瞬自分のお腹が発した音と疑ったが、音が聞こえた方向に視線を移すと――――何かを願うような目をしながらこっちを見てくる如月がいた。

 本日二度目に目が合った瞬間だ、しかも今回は彼女の意志で。


 さっきと違って今回は目に微かな意思が宿っていた。身長では優斗が如月より高いため、僅かに動かした頭は上目遣いの体勢になっていた。


 優斗と如月の間には20cmもないため、彼女の均整の取れた美顔、サファイアのように美しい瞳、そしてほんのり香るフローラルな香水。


 優斗の心臓が早鐘を打ち始める。それと同時に優斗は相手がなんとも思っていないことに若干悲しさを覚える。


(男扱いされていないと言うわけかな…)


 何とかこのヤバい状況を打破するために、まず家に帰らなくてはいけないのだが、とてもではないが身動きが取れそうにない。


 もう一度喋りかけようとチャレンジしてみると奇跡が起こった―――――


「お腹空いたとか?」

「…………ごはん…ください」


 如月と優斗の邂逅から20分、ようやくまともに答えてくれた瞬間だった。だだ同時に如月があまり喋る速度が速くないため、手紙に書いてあった事に注意しながら優しく問いかける。


「あげたいのは山々なんだが……そのためには料理をしないといけないんだ」

「……料理?」


 可愛らしくコテンと頭を傾かせた如月は、その美貌に相まって余計可愛く見えたしまう。とてもあざとい感じに見えるのだが、これが彼女の素なのだろう。

 美少女でありながら天然なこの子をどうしろと疑問に思っていたが、答えは見るからず問題の後回しを決定した優斗だった。


「あー、ご飯を作ることだ」

「………今…作れる?」

「俺の部屋に入ったら作れるから…扉開けてもいい?」


 自分の部屋だが、知らない少女に道を開けるよう頼むこの光景は第三者から見たらとてもシュールな物だろう。

 長い時間玄関の前で立ち塞がっていたが、お腹が空いたおかげかすんなりどいてくれた。


(さっきまでの俺の葛藤は何だったんだ…)


 ガチャリッ


 鍵を開けて扉を開けると玄関に見慣れない銀色のスーツケースが置いてあったが驚きはしなかった。如月と(強制的に)一緒に住むことになったのに、外で待っていた彼女は荷物らしい荷物を一つも持っていなかった。

 なら優斗の親が何かしら準備していると考えていいだろう。


 スーツケースを開けると如月用の衣類や、女子が使うであろう化粧道具等が多々入っていた。見た感じ普通の物で、全部新品だ。つまり如月は私物を持って来る暇がなかった、もしくは私物を得られる環境ですらなかったと推測を立てられる。


 だがそういうのは他人が口出しするものではないし、過去の事を掘り出すのは当人の許可があってのみだ。


 中に入っていたリストによると、服、下着、化粧道具以外の物は入っていないらしく後で使っていない部屋に置くよう指示が書いてあった。


 優斗が住んでいるマンションは、下品だが親の稼ぎが一般より高いため、かなり高級なところだ。その最上階に位置する優斗の部屋は2LDKだ。


 一人暮らしに二部屋はいらないと親に訴えた優斗だったが今の状況を見て、二部屋あってよかったと安堵することとなる。女子と同じ部屋で寝れるほど優斗の心は強くない。徹夜する自信がある。


「?なんで玄関で突っ立てるの?」

「………入って…いいの?」

「…いいよ」


 真っすぐ優斗の目を見て聞かれたことでなんだか居た堪れなくなり、思わず目を逸らしてしまった。

 少しは自分の姿を顧みてから行動して欲しいと願うが、その願いがかなうかどうかは些か疑問である。


 ようやく動き出した如月は、玄関で靴を――――脱がずにアメリカンスタイルで廊下を歩き始めた。


「ちょっとタンマ、玄関で靴を脱ぐOK?」

「…………分かった」


 表情は変わらず靴箱の横で座り靴を脱ぎに行く如月。土足でフローリングに上がるとは優斗も予想しておらず、思わず変な喋り方をしてしまった。


 座って靴を脱ぐと言う行動すら、彼女の美しさのせいかとても綺麗に思えてしまう。

 優斗が女子を家に招いたことがないのか、如月の気品ゆえなのかは分からない。だが一つだけ言えることがあるとするならば、座りながら靴を脱ぐために腕を伸ばす姿はとても絵になる光景だった。


 優斗は彼女の神秘的な後姿を見ながら感嘆の吐息を漏らしてしまった。

 だが靴を脱ぐには流石に時間が掛かりすぎていると思い、如月の足元を覗き込むと未だにローファーを履いていた。


「もしかして脱ぎ方…知らないとか?」

「………どうするの?」

「…教えるから次からは自分でやってくれ。やり方忘れたらもう一度見せるから」


 少し恥ずかしいが如月の後ろから前へ行き、彼女の前で跪く状態でローファーを手に取る。優斗は今とても後悔している、自分の置かれている立場がかなり際どいからである。

 スカート姿の如月相手に膝を着いたら、スカートが見えると言う局面に面している。


 優斗はローファーにだけ集中し、一刻も早くこの体勢から逃れたいと言う一心で邪念振り切って、如月のローファーに手を添える。踵の部分を指で引っ掛けるように隙間を作ってそのまま脱がせる。


(こういうのは王子様がお姫様にやるものだろ……)


 少女漫画みたいな展開に直面していることに内心呆れていたが、ローファーを外し終わり目の前の美少女を見たら、役得だったと納得すればいいと結論づいた。


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