第5話 ヘッドセットが傾いて
じぃー、と電波音が鳴り響く。
「これは何?」
「通信機…………かな」
ふんわりとした服の女性が、隣にいる少し背の高い男性にそう聞いた。
「何か鳴ってるわ。もしかして生存者かしら」
「そうだといいけど」
通信機を拾い上げ、砂を払い、耳に当てる。
『僕……は……されて……ました』
「雑音が混じってて、中々聞こえないわ。んんー……これは男の人の声だわ。多分だけど………生存者じゃないかしら!
私達以外にも、まだいるってことじゃない!」
「この通信が今現在録られているものならね。ログならもう彼は……」
彼は俯いた。彼女は少し黙って、そうね、と言うだけだった。
「この人だって、僕らがもう少しはやかったら、助かってたかもしれない」
「……でも、仕方ないじゃない。私達だって、地上に出るまで時間がかかったの。怖かったのよ、なにもかも。」
「……まあ、それはそうだね。……ごめんなさい」
と彼は手を合わせた。
「もう何日経ってるんでしょうね、あの日から。」
「…………もう、ちゃんとは覚えられてないよ。それだけ経ったってことさ。」
彼女は彼に通信機を手渡した。
「……聞こえる?」
「んー……ああ、聞こえる、ちょっとだけ。」
彼は通信機を耳に当てて、黙り込んだ。
「何て言ってるの?ねぇ、ねえってば」
彼は返事もせず、ただ、それを聞いていた。
「聞いてる?」
「……うん」
「で、何て言ってたの?」
彼は通信機を耳から遠ざけて、
「……彼は、もう死んでるよ。たぶん、だけど。」
「何で、そう言えるの?」
「……この通信は、多分だけど、僕らみたいな生存者に向けて彼が遺した、最期の通信なんだろうな――いや、それ以上に、彼が彼女に遺した遺書なんだろうな……」
「遺書?どういう――」
「彼が彼女に最期に伝えたかったことだったんだよ、この通信は。最期の、愛だよ。とても大きくて――深い。」
彼は通信機を優しく置いた。
「持っていかないの?」
「うん。これはここにあるべきだ」
「どういうこと?」
「彼女だよ。これは――彼女に向けたメッセージだ。きっとね。
……良かったね。君の言葉――彼女に届いたよ、きっとね。」
彼はそう言うと、さようなら、と一つ言葉を告げて、砂を掛けた。
どんどん埋まっていくのを見ながら、彼はこう言った。
「彼女も、きっと息絶える前に――君を……いや、“彼''を愛していると、思ったんじゃないかな……」
「きっとそうね」
彼女も頷いた。そしてこう続けた。
「だって、そうじゃなきゃ……こんな幸せそうな顔で死んでないもの……二人がまた、いつか どこかで逢えますように。」
「今度は幸せになれるといいね」
と彼等は微笑んだ。
「さよなら、悲しい――いや、しあわせな、お二人さん。」
彼等は歩いていった。
悲しく――いや、誰かの帰りを待つかのように、通信機は独りでに鳴り続けた。
いつまでも。
「あー、あー、聞こえますか。」
彼の声はずっと待っていた。彼女の、帰りを――。
通信室からは、彼の声がいつまでも流れていた。
彼の使ったヘッドセットが、こつんと音を立てて倒れた。
通信室 月見里怜 @34nana_8
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