第4話

 それから、俺は由衣との思い出作りに励んだ。学校が終わったら必ずどこかへ遊びに行ったし、休日もほとんど家を空けていた。いつ由衣に限界が来てしまうかわからないから。


 由衣が起きている時間は日に日に短くなっていった。最近は俺が学校に行っている間はずっと眠っている。一日の活動時間はせいぜい6時間が限界となっていた。


 今日は12月24日。クリスマスイブだ。世間は恋愛一色、独り身にはつらい時期だ。なんとか由衣がこの日まで耐えられたのだから、去年はできなかったクリスマスパーティーをしたい。だから昨日由衣に言っておいた。


『明日、ケーキ買ってくるから二人きりでクリスマスパーティーしよう。って言ってもケーキ食べてテレビ見て話すだけだけど』


 部屋に入り、まだぐっすりと眠っている由衣の横目に見ながら準備する。


 少しだけ豪華な夕食を母さんと父さんと俺の三人で食べた後、ケーキを持って部屋に戻る。由衣はまだ寝ていた。



 十時を過ぎても由衣は目覚めない。このまま目覚めないのではないかと不安に駆られる。最近は睡眠時間が長くなったとはいえ、六時過ぎには目を覚ましていた。それなのに今日に限ってまだ目を覚まさない。


「ん、うぅん……クリスマス……クリスマス!?」


 ものすごい勢いで跳ね起きた由衣は部屋の時計を見て青ざめる。


「あ、あぁ、時間が……」

「そんな顔するなって。ほら、ケーキ」


 とりあえずは起きたので安心した。食べられないけれど雰囲気だけでもと、ケーキを由衣の分も切る。


「うぅ、ごめん。せっかくのクリスマスイブなのに」


 申し訳なさそうにしている由衣の隣に腰かける。


「いいって、らしくないぞ」


 テレビの電源を付けてテキトーな番組をBGM代わりに流す。


「もしかして、もう限界か?」

「……わかんない、けど、今も気を抜いたら寝ちゃいそう」

「そっか……」


 本当にもう時間が残されていないんだな。


「由衣、今から行きたいところがあるんだ」



「あ、ここって――」

「一昨年、俺と由衣がクリスマスに来たとこだ。あの時は受験生だったから、これを少し見るくらいしかできなかったんだよな」


 駅前の巨大なクリスマスツリー。俺と由衣はそのすぐ近くのベンチに座っている。たくさん人が歩いている中で、俺と由衣の二人だけの空間ができあがる。


「俺、あの時由衣に言いたかったことがあったんだ」

「言いたかったこと?」

「ああ」


 受験が上手くいくか不安で、もし落ちて由衣と一緒の高校に行けなかったらどうしようって悩んで。高校が別になっても家が隣同士だし、きっと俺たちの関係は変わらなかっただろう。けれど、当時は幼馴染の関係が受験によって変わっていしまいそうだったから。だったら、幼馴染っていう関係から一歩進めるのもありなんじゃないかと思った。結局、勇気が出なくて言えなかったんだけど


「俺、由衣が好きだ」


 本当に、なんで今なら言えてしまうのだろうか。そんなこと言われても、由衣だって困るだろう。


「……え? いや、何言ってるの?」

「ずっと、ずっと好きだった」

「そんなこと、今言われても……」

「ごめん。最期に想いを伝えたかっただけなんだ。返事はしなくていい」


 その表情からは何も読み取れないが、自分勝手な物言いに由衣も呆れてしまっているだろう。


「なにそれ、自分勝手すぎるでしょ」

「……ごめん」

「最期まで、言わないでいるつもりだったのに……」


 由衣は、何かを諦めたような顔をする。そして、あの時と同じセリフを続けた。


「……私さ、やり残したことがあるの」


 急に何を言い出したかと思った。やり残したこと? それならもう叶えたはず……


「彼氏とイチャイチャしてる女の子を見るたびに思ってたの。私も彼氏が欲しいなって」


 ――だから、










「昂輝、私の彼氏になってくれない?」


――ずっと、好きでした










 ずっと好きだった? 俺のことが? でもそんな素振り一度も見せなかったし、恋愛にだって興味なかったはず。


「で、返事は? 昂輝も私のこと好きなら、付き合ってくれるよね? それとも、もう死ぬ女なんかと付き合いたくない?」

「そ、そんなことない! でも、由衣が俺のこと好きだなんて、信じられなくて」

「いくら幼馴染とはいえ、好きでもない男子に下着姿見られても恥ずかしがらなかったり、ベタベタしたりなんてしないでしょ」

「いや、それはそうなんだけど……俺と由衣くらい長い関係だとそういいうものなのかなって」

「んもう! いいから返事は!?」


 いったん心を落ち着かせる。ゆっくり息を吸って、吐いて。


「はい。俺は、由衣の彼氏になります」

「ありがとう。人生で一番うれしい! 本当に、本当に……」


 スゥーっと由衣の体が輝きを放ちながら薄くなっていく。


「――ッ!」

「あ、来ちゃったみたい」

「嫌だ! 由衣!」

「昂輝、最期に両思いだってわかって、付き合えて、嬉しいよ」

「せっかく付き合えたのに! こんな終わり方なんて! まだ、由衣とやりたいことがたくさんあるんだ!」

「……」

「由衣! 逝かないで!」

「……やめてよ」

「え?」

「そんなこと言われたら、未練が残っちゃうから。まだ、逝きたくないって思っちゃうから。つらくなるだけだから!」

「……由衣」

「笑ってお別れしようよ、昂輝」


 由衣は、涙で濡らした顔を歪ませている。由衣は運命を受け入れてもう覚悟を決めている。なら、俺もそうするしかないじゃないか。


「昂輝、今までありがとう。いっつも私のこと気にかけて、こっそり手助けしてくれてたの知ってたよ。そういうところが好きだった。ほかにも好きなところ言い切れないくらいあるよ! 本当に今までありがとう! 私初彼女のこと忘れないでね! バイバイ!」


 嫌だ。まだ一緒にいたい。せめて初詣までは。せめて高校卒業までは。せめて社会人になるまでは。


 そんな気持ちを押し殺して、精一杯の笑顔を作る。ちゃんと笑えているだろうか。


「由衣、こちらこそ今までありがとう。水着姿、かわいかった。いや、ほかにもかわいい恰好たくさんあったし、なんなら由衣自体がかわいいから何着てもかわいいんだけど、その中でも特にって意味だ。それと、ずっと明るい由衣に何度も助けられてた。本当にありがとう。絶対に忘れないから! じゃあな!」


 もうほとんど透明になってしまっている由衣は、俺の唇にキスをした。けれど、当然そこに感触はなくて。


「愛してる」


 その言葉と共に、駅前の喧騒が俺の周りを埋め尽くす。客引き、カップル、酔った男たち。それが俺を現実に引き戻す。先ほどまでの由衣との時間がなかったことになったような気がしてしまう。今までのは俺の妄想に過ぎないんじゃないかと。


 空っぽになった俺は、うるさい街並みをボーッと見ながら、静かに泣いた。



 年も明け、テストも終わり、三年になり、由衣が事故に遭ってからちょうど一年の今日も変わらず、俺は病室を訪れている。


 クリスマスイブから、由衣は一度も見えない。けれど、もしかしたらまた見えるかもと思ってしまう俺がいる。


 なぜなら、ベッドの上に眠る由衣はまだ死んでいないから。


 あの時の由衣の言葉は何だったのか。最期を看取ろうと毎日通い続けてもう半年も経っている。




「このあいだ、一人カラオケに行ってみたんだけど、友達と一緒の方が楽しかった。いや、彼女か」




「今年の海に向けて新しい海パン買ってみたんだ。今のままだと使わずに夏が終わっちゃいそうだけどな」




「由衣、覚えてるか? 去年一緒に行った駅前のカフェ。あそこ、来週潰れてしまうんだってさ。由衣とまた行きたかったんだけど、そんなこと言っても仕方ないよな」










「なら……行かないと……ね」










 ……本当に、あの時の君の言葉は何だったのか。

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死にゆく君が叶えたい5つのこと 好きな天気は快晴 @treeye

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