夢のような恋などしたことない。
多賀 夢(元・みきてぃ)
夢のような恋などしたことない。
恋というと思い出すのが、小学校の卒業式だ。
同じクラスの美少女が、これまた同じクラスの美少年に告白した。彼女は私立の中高一貫女子校に進むことが決まっており、これが恋をする最後のチャンスだった。
彼女は、卒業式の後で泣いていた。
私たちが6年間を名残惜しむ涙とは異なる、怒りと悲しみに打ちひしがれた涙だった。つまり、振られてしまったのである。
そんな彼女に対して、当時の私は無感情であった。しかし思い返すに、まごうことなき『物語的な恋』を目の当たりにしたのは、それが初めてであり全てであった。
私には、密かに思う相手に愛される恋なんて、絶対訪れないと自覚したのは社会人になってからだ。
(食っちゃったの何人目だよ……)
ラブホの一室で、相手のいびきを聞きながら我に返る。相手は白豚のごとき不健康な体の持ち主で、私の好みとは程遠い。
私はかなりの面食いのはずである。財布には大好きな韓流スターの写真を忍ばせている。私は若い彼らも好きだが、徴兵からがっしりした肉体で戻って来た彼らの方が超好きだ。
こういう男に抱かれたいと切に願っているにも関わらず、盛り上がる相手はその対極ばかりとはどういうことだ。
……いや。もう自明だろ。
私は恋を、科学で理解している。要するに、フェロモンに反応してしまったら、全ての動物は抗えないのだ。相手が好みじゃなかろうが暴力ギャンブル好きのクズだろうが、フェロモンに囚われたら理性なんて飛んで消える。
この白豚君も、ベッドインするまではキラキラした知性インテリに見えたもんな。今は何度見ても白豚だけど。
それに私は、焦がれて待つなんて嫌いなのだ。反応したら一直線、ガンガンに口説き落とす側なのだ。
男性から告白されたこともある。だけど、どういう訳がなびかなかったんだよなあ、気持ち悪い、ストーキングすんじゃねえよと凄んじゃったりしちゃうんだよなあ。
「心がオス、なんだよな」
呟いてため息をつく。
男どもが欲しいのは、心までメスの女だ。いじらしくて献身的で、自分を持ち上げてくれる女だ。
しかし私は見た目こそ庇護欲をくすぐるが、構われるのが嫌いだ。構うのも嫌いだ。相手と対等でいなきゃ納得できない。
そりゃ、位の高い王子様が現れたって惚れねえよ。
ラブホの中は永遠の夜。だけど時計が示す時間はもう朝の8時。
よし、シャワー浴びよう。無料のモーニング頼もう。
私が行動を開始すると、白豚君がのっそり起き上がった。
「お・は・よ」
語尾にハートマークが見えそうな言い方に、私は素で吐く真似をした。
「風呂入って飯食ったらとっとと出るよ、30秒で支度しな」
某アニメ映画の有名なセリフで急かしつつ、私は勢いよくすっぽんぽんになった。
「一晩寝たら恥じらいねえな」
白豚君が文句を言ってきたので、私はにやりと笑った。
「女に夢見るなら他あたって」
私の中には、君の幻想を叶えるような夢はないのよ。
夢のような恋などしたことない。 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki
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