甘いスイーツは殺しの後に

月影いる

はじめに


 月明かりが照らす静かな空間。

一仕事終えた後で頂く最高の甘味……。

沸々と湧き上がってくる高揚感、達成感。

 

 ——ああ、実に 美味!

 

 ここは、どこかの廃れたビルの中。月明かりしかない薄暗い空間が広がる中、静寂を破るようにヒールの音と明るい鼻歌が聞こえてくる。

 ——ずる……ずる……

 何かを引き摺りながら鼻歌の主はベコベコに凹んだドアの前まで来ると、勢いよく蹴破って中に入っていく。

「このドアもそろそろ替え時ね。」

 夜の闇よりも深い黒髪をなびかせて片手に黒い大きな袋を軽々と引きずっている女性がボソッと呟く。

 月明かりで満たされた室内は彼女の白い肌を控えめに照らして彼女のをよく映えさせている。

 彼女の名前は、霧島クロエ。職業 殺し屋。

今日も完璧に、そして仕事をこなす。

 そんな彼女は、部屋の中央に置かれている二人がけのソファに近づくと、引きずっていた袋を思いっきり投げつけた。グシャッと大きな音をたててソファからずり落ち、袋から飛び出す。

「ああ、もうしょうがないわね。」

 彼女は面倒くさそうに袋を掴み、手を中へ押し込む。そして袋を放置してソファ前のテーブルの上にある〝依頼ノート〟を手にとった。

「今日の仕事も完璧だったわ。お仕事完了……っと。」

 彼女はそう呟くと今日の日付と誰かの顔写真と名前が書かれたページに大きくバツ印を書いた。先程飛び出した手を使って。

「ふふ。の血でキッチリ締めてね。」

 彼女は、そう言うと満足そうな表情を浮かべ、ノートをテーブルへ放り投げる。そしてソファにドスッと座り、足を組むと、伸びをしながら大声で高らかに叫んだ。

「さあ、今日の仕事は終わりよ!!」

「……終わったのか?」

 彼女の声を合図に男性の声がする。彼は開け放たれたドアに寄り掛かるようにしてそこに立っていた。

「イツ!相変わらず気配を消すのが得意ねえ。全く気づかなかったわ。」

「ふん。存在感がないのは元からだ。」

 彼はため息を吐きながらドアを閉める。

 彼の名前は、黒崎いつき。クロエの仲間でいつも冷静沈着な青年。表情は驚くほど硬く、自分でも密かに気にしているらしい。

「いやね、あなたのその才能スキル、私買ってるのよ?誇りなさいな。」

 クロエは少し不満そうに言う。

「ああ……わかったよ。こんなことを褒める物好きはクロエくらいだな……。さて、今日の分の、買ってきたぞ。ほら。」

 斉は若干嬉しそうな雰囲気を出すと、クロエのもとへ歩き、紙袋を差し出す。

「ん〜待ってました!!いつも助かるわ!ありがとっ!」

 パアッと明るい笑顔を浮かべて大事そうに紙袋を受け取るクロエ。さっきまで仕事をしていたとは考えられないほど無邪気に笑い、目をキラキラ輝かせている。彼女は紙袋をそーっと開けると小さく足をバタつかせた。

「ちょ……これ!マリトッツォじゃない!ずっと気になっていたのよ!なんで分かったの?」

 クロエは驚いた表情で勢いよく斉を見上げる。

「前に食べたいって呟いていただろう。だから買ってきた。それだけだ。」

 クロエの勢いに圧倒されそうになりながらも淡々と話す斉。

流石さすがね……。街中で見かけて、美味しそうだなーって呟いただけよ?よく聞いていたというか、よく覚えていたわね。」

「耳はいい方なんだ。頭もな。……まあ、ゆっくり食えよ。」

 そう言うと斉は窓へ向かい、月を静かに仰ぎ始めた。

「ふふ。そうね。ではでは、いただきます。」

 クロエは紙袋の中へ視線を移すと再び目を輝かせて一つ手に取った。そして一口目を堪能しようとした瞬間、勢いよくドアが開かれる。

「よー!クロねえ!お仕事終わったあ?」

 明るく元気な声が室内を支配するとともに、小柄で可愛らしい少女が飛び込んできた。

「ニーナ!タイミングってものがあるでしょう!これからって時に……何回目よ!」

「ああ、ごめんごめん!またやっちゃった♡」

 この少女は、星川ニーナ。小学校三年生にしてこの組織に属している異端中の異端者。よくロリポップを片手にそこら中で暴れている……悪魔変わり者だ。

「もう仕事終わっているなんて流石はクロ姐!じゃあ後はあたしに任せて!えっと……。」

 ニーナは斉の元へ駆け寄ると、斉のズボンをちょいちょいと引っ張る。

「ねえ、今日はイツに手伝ってもらおうかな!お願い〜!」

 上目遣いで見つめるニーナ。それを面倒くさそうにため息を吐きながら見る斉。

「はいはい。分かったっての。さっさと済ませるぞ。」

 斉はそう言うと、ゴミのように放置されていた黒い袋を軽々と担ぎ、部屋を出ていく。

「流石イツ!行動が早いし本当、頼もしいなん〜。」

 ちょっと馬鹿にしたような口調で言いながら急いで斉の後を追うニーナ。二人のやりとりを見ながら、やれやれとため息をつくクロエ。そして部屋に再び静寂が訪れた。クロエはゆっくり深呼吸をすると、再びマリトッツォに視線を移してキラキラした瞳で頬張る。

「ん〜〜!やっぱり仕事の後のスイーツは格別ね!途中邪魔が入ったけど、全部チャラになるくらいの美味しさだわ……。」

 クリームの滑らかな口どけ、生地の香ばしさ、優しくて丁度良い甘さ。その全てがじわじわと身に染み渡ってくる。その感覚をクロエはゆっくりと噛み締めていた。そして最後の一口を平らげると、口についたクリームを指で拭い、ぺろっと舐める。

「ああ、この世のスイーツに感謝を……。ごちそうさまでした。」

 手を合わせながら呟く。彼女は一日をこれで締めて、次の仕事への糧としている。

 

 明日も依頼者弱者の為に、この世の為に、そして……彼女は全身で血を浴びる。そこに迷いはない。

 

 

 

 

 

 

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