特別編
「ビンビンドライビング加賀崎」
―――――― N.T.N.1985 ――――――
あれはカーテンから柔らかな光が差したリビング、休日の朝だった。
まだ幼かった私は、いつものようにテレビに釘付けになりながら朝食を摂っていた。
父はテーブルの反対側にいて、いつものように注意する事は諦めたのか、黙って同じく番組を見つめていた。
「ぶいぶいスタジオ!きょうの特集は特殊狩猟銛射出車!!」
“ぶいぶいスタジオ“は子供向けの車関連番組で、様々な仕事と見たことの無い機械を同時に見る事が出来、世界の広さに直面している気がして私は好きだった。
画面では射出装置を備えた装甲車が上空のドラゴンへ向け槍のようなものを発射する映像がしばらく流れていたが、流石に命中したシーンは流せないのか成功することはなかった。
「これと、どっちがつよいかな?」
多分そのような事を言いながら私は戦車の玩具をテーブルに乗せ、父に訊ねたが、その時の返答は覚えておらず、その後のテレビを見やるやや険しい視線だけが記憶に残っている。
「さいごは『どこまで?V!V!たいそう』でお別れだよ!」
番組も終盤に差し掛かり、お待ちかねの幼児爆上がりダンシング・ナンバーの放送が宣言される。
画面では、子供達がひしめくスタジオ内広場の中央のゲートから、頭の上半分が乗用車の前部に似たヘッドギアで覆われ、上半身に軽装な鎧を着ているがヘソを出しており、裾の広がったズボンを履いて、左手に鋭利に尖った槍刃が生えた手甲を装備した、意味不明なマスコットキャラクターの男が出現した。
「やあ皆!私はビンビンドライビング加賀崎!今日の放送はどうだったかな?」
「びんび……」
車マスコット男が名乗るも、字幕でも名前が出ていなかった為、一回では分からなかった。
「楽しかったキミもイマイチだったキミも、元気に踊ってわすれよう!」
ビンビンドライビング加賀崎が白い歯を見せ、周囲の子供が沸き立ち、手押し車と農業猫車のキャラクター着ぐるみがバランスを崩し倒れた。
私も席を立ち激しいダンシングに備えウォーミングアップを始める。
「♪とびだせ ぶいぶい 4x4~♪どこまでも いくよ V!V!V!V!♪」
画面の乱舞に合わせて私も踊り始めようとしたが、ふと父の険しかった目がよぎり、おそるおそる見ると、今度は柔らかい視線でこちらを見ていた。
そして目を伏せて小さく鼻息をつくと、立ち上がり、テレビの車マスコット男を真似して踊りだした。
私は嬉しくなって、いつもの何倍のパワーで踊り散らかした事を覚えている。
しばらくして、休暇を終えた父は軍の職務へと戻り、帰ってくる事はなかった。
これが私の覚えている父との最後の思い出だった。
―――――― N.T.N.1987 ――――――
「……あいつ、見たか?」
リズ連邦某所の基地、ロッカールームのパイロット達はややだらだらとしながら準備を始めていた。
「あれは……何?新技術テスト改造人間?ただのコスプレ?」
二人の男が話す背後から少し離れて、自身のロッカー内扉の鏡の前で立ち尽くしている人物がいた。
それは頭の上半分が乗用車の前部に似たヘッドギアで覆われ、上半身に軽装な鎧を着ているがヘソを出しており、裾の広がったズボンを履いて、左手に鋭利に尖った槍刃が生えた手甲を装備した、意味不明な服装の男であった。
「何でも御蓮のテレビ・キャラクターのコスプレしてる傭兵らしい、何故ここに来たのか分からんが……」
「着替える気全然なさそうだし今何してるんだろう……」
ドタバン!!
金属製のドアが勢いよく弾き開けられ大男が入室した。
「お前ら早くしろ!たるんでんじゃねえ!ワンチーム!ワンフォーオールオールフォーワン!」
「やべっ」
肩と胸が異様に盛り上がったパイロットスーツの男が怒鳴り、車マスコットコスプレ男以外が一斉に焦りだす。
やがてパイロット達がロッカー室を出払い、車男とフットボール防具男だけが残された。
「おいお前!何をいつまでもそこで突っ立ってる!ワンチーム!ワンフォーオールオールフォーワン!」
防具男がクソデカ足音で距離を詰めるが車男は微動だにしない。
「具合でも……」
背後から肩に手をかけようとすると、
「ビンビン!!!!」
突如車マスコット男が叫びその頭部のヘッドライトが発光したかと思うと、踵についたタイヤを高速回転させフットボール男の脇をすり抜け、部屋をとびだして何処かへと消えていった。
「誰……?」
その数分後の戦場!!
領地内に侵攻して来たプラント軍をリズ軍基地が迎撃する形でアームヘッド戦が勃発していた。
プラント側は村井研究所マンスナンバー皐月の二機を筆頭に弥生の行進を引き連れた、撹乱制圧型の編成だ。
対しリズ側は……
「配置確認!ワンチーム!ワンフォーオールオールフォーワン!」
DH重工マンスナンバー重装型、ブリュメールに丸みを帯びた鎧を着せ、頭部には丸いメットにパイプ状のフェイスガードが付いた兜を被せたカスタム機が複数、フォーメーションを組んで待ち構えていた。
「キックオフ!!」
武器らしい武器を持ってなく見えたブリュメール改たちは肩の膨らみの下から楕円状の鉄球のようなボールを取り出し、強化された爪先でそれぞれ蹴り上げて一斉攻撃を始める!
跳躍力を生かし撹乱に向かっていた皐月たちが鉄球の対空砲火にたじろいで予定コースを逃れる。
覚醒壁を持つアームヘッドとはいえ、弾の質量が増大するほど減退効果は薄れる、まして軽装機では尚更……。
ではプラント軍が完全に選択ミスをしてこのまま退くしかないのかというと、実はそれほど問題としていないのであった。
「この反応は!?」
連邦機のレーダーが次々に、七つのアームコア反応の急速な接近を告げる。
プラント側の切り札は
紅白の機体は先ほどより数の減っている鉄球シュートの中を悠々と掻い潜って迫る!
「遂に来たか“血染の羽毛“!!この俺、“戦場のラガーマン“が俺のフィールドに直々に叩き捩じ込んでやる!!」
肩と胸が異様に盛り上がったパイロットの機体が二つ鉄球を取り出し、左右の僚機へ向けキックしパスを回す!
回ってきたボールは更にチームのフォーメーションを伝わっていく、その合間にも平行して迎撃ボールを放つことでメシアに気づかせない作戦!
一方血染の羽毛はジグザグに回避しながら“戦場のラガーマン“機ブリュメールを目掛けていた。
その標的が突然走り出す!肩の丸い増加装甲を見せながらのタックル突進!
対し低空飛行ですれ違いざまの一撃アームキルを狙うメシア、突進ブリュメールは前転ぎみに跳躍!
「もらった!」
“戦場のラガーマン“が空中で僚機のパス鉄球をキャッチし、両手で挟み込んで天に掲げる!目下には駆ける血染の羽毛!
「タッチダウン!!」
ブリュメール改がボールと拳をフィールドに叩き捩じ込んで鬨の声を上げる。
“戦場のラガーマン“が振り向いた時、チームメイトの機体は次々と崩れて、セイントメシアのコースは既にこちらへと向かっているところだった。
「わ、ワンチーム……」
ただ一人の生き残りとなったブリュメール改は再びタックル姿勢で走り、自身を大質量弾として直撃粉砕しようとする!
低空飛行のメシアは片方の爪先で地表を削っていたかと思うと、その先にあった鉄球ボールを突然に蹴り上げる!
“戦場のラガーマン“の機体の顎にボールが直撃!重量機体が天高く打ち上げられ、瞬く間にノックダウンさせられた。
セイントメシアが他の新手を索敵していた時、何か白い霧のようなものが漂いだした。
新手の調和使いか?その時メシアの背後に立ちはだかるアームヘッドがあった。
「BE-BEING!car!gar!sacrifice…」
それはリズの量産機ヴァントーズのようだったが白っぽい体色に白い車を被ったような頭部、踵にはタイヤが付いており、緑色の左腕に直接槍が生えたカスタム機だった。
メシアとビンビントーズが睨みあう間にも、白い霧は濃度を増し続けていた。村井幸太郎はこの場に止まり続ける事で何らかの術中に嵌まる可能性を察する。
ビンビントーズが動いた!双眼ヘッドライトを発光、脚部タイヤを高速回転させ、土煙を急速に巻き上げる!
ドルウンギャギャギャギャアアアアアア!!!!
そして物凄い音!!物凄い音を出しながらビンビントーズが高速回転!周囲の土煙濃度も増していく!
「ビンビン!!!!」
ビンビントーズがスリップスピン状態のままセイントメシアに肉薄!槍を突き出して回転斬りを狙っている!
対し血染の羽毛は迫る回転刃の隙間を捉え、大縄跳びめいてその攻撃を通過しつつ必殺のダイナミックフェザーで撫で斬りにする!
「イビッ……」
周囲の土煙が晴れたとき、アームキルされたビンビントーズは崩れ去り、いつしか白い霧も見当たらなくなっていた。
変な奴との連戦に幸太郎は精神的な疲労を感じつつも、更なる敵が待つであろう牙城へと飛び立った。
―――――― N.T.N.1988 ――――――
その日セイントメシアはまた一つ救援任務を終えたところだった。
プラント軍の僚機や輸送機の破損状態の関係で後始末や移送が遅れていたが、あくまで同盟国の直属であるメシアはそれに付き合わされる事なく単独での帰投を勧められており、それに従って帰路についたところだ。
夕暮れの平原を滑空し駐屯地へと向かう血染の羽毛。
幸太郎の思考が今日の戦いの回想へと向き始めた時のことだった。
またも霧だ。あの時と同じ不自然な白い霧が濃度を増している、それも早く、移動しているのにも関わらず通り抜けられない、まるで付きまとっているかのようだ。
あっという間に外界から橙が消え白の一色に染まった。待ち伏せた敵の調和だろうか?次第に視界そのものや意識までもが白くなるような錯覚を覚えた。
「……ビンビ……」
遥か足下からは聞き覚えのあるような叫びが聞こえた気がした。
―――――――――――――
一瞬失っていたかのような意識が戻る。
霧を突っ切れたようだが……一息おいて視界に映る違和感に気づいてきた。
まず窓の外が真っ暗である。窓?己の手の位置……操縦桿ではなく胸の真正面についた円形のハンドルを握っている?視界の端に光が……ドアミラーに映った後続車のライトだ……どういうことだ?
背後から来る光はみるみる大きくなっていき、隣の車線を埋め尽くす巨体が明らかになる。それはアームヘッド位の大きさで……今座っている場所からは巨大に見えた。
そう幸太郎が乗っているのは最早アームヘッドではなかった。白地に赤い模様のある、ウイング付きの乗用車であった(それは後にキクダモータースが“メサイア“の名で売り出す車種に良く似ていた)。
今や真横を通りつつある隣車線のアームヘッドは、一見するとバイク型に変形可能なアームヘッド・
それが前方に競りだした時『Kagasaki』『加賀崎もうふ店』の文字が窓の向こう側に流れ見えたかと思うと、異形卯月は更に加速した。
「……ビンビンにドライビングしろ!!」
よく分からない挑発的な叫びと共にビンビン卯月が追い抜き、ヘッドライトで闇を裂いて進んでいたがやがてそれも消えた。
幸太郎はとりあえずハンドルの付け根にあるレバーの先端のダイヤルにライト点灯マークを見つけ前方を照らした。
「!!?」
すると暗闇から浮かび上がったのは大きくうねった白いガードレールであり、本能的にハンドルを思いきり切ってブレーキを全力で踏み込み、半ばまぐれで急カーブを通過した。
この車はいったい?奴の調和でメシアの姿が変えられたのか?
今はとにかくこの状況に運転に慣れるしかない……前照灯は幸いこの先がまだ直線の坂道である事を示した。
改めて周囲を見るとガードレールの向こう側には黒い木々と山々が浮かび、道の反対側には苔むした舗装された壁と傾いて伸びた木が交互に並んでいる様子の、夜中の峠道という感じだった。
そしてまたミラーに後続車の光が見える……。今度は何者が?
また道を塞ぐほどデカい、アームヘッドだ!それも三機位が連なって迫ってきている!
幸太郎はメシア車のアクセルを踏み距離を保とうとするが相手も加速してくる!逃げ切れない!
車体のすぐ後ろでは異様にうるさい排気音で地響きを起こす車両群が煽ってきていた。
「兆年峠へようこそ“血染の羽毛“、私はタイムスリップ・ドリヒコ」
「同じくイロハザカ」
「トウフテン」
イカれたドライバー共が後ろから話しかけてくる!
「クソッ!!」
メシア車は更に加速!再び急カーブが近づいてくる!今度も曲がれるのか?ハンドルを切った時、視界に飛び込む巨体!
「!!」
さっきのビンビン卯月が道の半分以上を塞いだまま目の前を走っている!その腕がメシア車の後部を上から押さえ、車体下部がアスファルトを擦り火花が上がる!
それにより幸太郎はコースアウトせず次のカーブを曲がりきる事が出来た形となる。
「助けたのか……?」
ミラーで後ろを見るとビンビン卯月の後ろに先ほどの三体が煽り来ていた。
「ちっテメーはタイムスリップ・スリップ、いや……今はビンビンドライビング加賀崎?だったか?」
「まだこんな真似をしているのかドリヒコ……もっとビンビンな事にその力を使え」
「これこそが最善な力の使い道だよ……村井幸太郎は教団にとって結果的に大きな障害となる。アキヒコ様の与え給うた力と我ら三人の調和の組み合わせにより産み出した擬似全領域支配『ワンナイト・イン・アラビア』の兆年峠に閉じこめておけば、勧誘も撃破も出来なくとも現世から追放できるという訳だ」
意味不明な会話が漏れ聞こえてくるが、ろくでもない状況になってしまった認識がより強固なものとなった。
ブオオオオバラバラバラガチッガリリィ!!!
山側の頭上から異音!三体組の一機がコンクリート壁面を走りながらメシア車を追い越していく!
「お前をたった一度コースアウトさせれば我らの勝ちぞ!」
着地したタイムスリップ・トウフテンの機体マッチョ・ザブートンがこちらに転回し、バック走しつつ大砲連射!
メシア車周辺の道路が爆発し穴だらけとなった上ガードレールも崩れ道が狭まる!
背後からは自らの槍を飛び棒にしたビンビン卯月が飛来!マッチョザブートンの頭に前輪を食い込ませる!
「姿が変わってもその車はビンビンの筈!ビンビンにドライビングだ!」
ビンビンドライビング加賀崎のアドバイスを半分聞き流しながらメシア車は、衝突した二機のアームヘッドを追い越すべく山側のコンクリート壁すれすれに接近、崩れていた側溝の蓋がジャンプ台効果を成して傾いた車体は片輪を壁に乗せながら走る!
「大人しく投降するのだ!」
タイムスリップ・イロハザカの機体マッチョ・モーシンチョトツも壁面走行で上から迫る!
「ビンビンか……ビンビンね……」
幸太郎は大きくなる車体の振動に焦りを感じつつも更にアクセルを踏み込んだ。ハンドルを全力で握り視線を先の見えぬカーブの入り口へと集中させる。
その時メシア車のヘッドライトが光を増し橙色に変化、速度が数十倍加速する!
「調和が……ウッ!?」
車状態でも加速の調和能力の発動が確認できたがそれによって一瞬で急カーブに接近!調和を切りハンドルを切りサイドブレーキを引いて山側の壁に頭を振ってコースアウトに抗う!
ドラッギャアアアアアアア!!!!
メシア車の後輪が滑り摩擦で溶けたタイヤが煙を上げる!ドリフトに成功し次の直線コース!
「やるじゃねえか、だがな……」
ビンビン卯月を振り切ったマッチョザブートンも背後のカーブに直面!
……そのコクピットの中に人間の姿は無く、デカい皿の上にデカい豆腐が乗っており、機体の振動に合わせブルブルしている。
そこへ湾曲した道の凄まじいGが襲う!デカい豆腐は皿からギリギリ落ちず、道の先の標的を睨む!
タイムスリップ・トウフテン自身の肉体バランスチェッカーが活かされた念力ドライビングテクニックである!
マッチョザブートンは敢えてそこからガードレールのポール部へ向かい踏み潰して跳躍!メシア車を上から押し潰さんとする!
「角にぶつかり死ね!」
だがアームヘッドがのし掛かった車体は潰れない!セイントメシアの防御調和の発動である。トウフテンの機体が踏み続ける中メシア車は次の急カーブへ!
ゴゴッドッギャアアアア!!!
メシア車のドリフトの上で揺られるザブートン!中のムキムキ豆腐も揺れる!視点が高くなっていることでトウフテンは気づいた、この先の道は何重にも曲がりくねり同じ揺さぶりが繰り返される!
どうにか降りなければメシアごとコースアウトするかもしれない……そう考えあぐねる間にもメシア車は加速!!
「やめろーッ!!!」
豆腐の叫びも虚しく幸太郎はギリギリのドリフトで峠を攻める!何度も危険運転した後に壁面に急接近!
壁の角にぶつかりマッチョザブートンが宙に放り出される!中のムキムキ豆腐も皿から落ちて操縦不能!!
「バカなああああ」
タイムスリップ・トウフテンが崖下の奈落に消えていく。
「ビンビンだぜ!」
メシア車に追い付いたビンビン卯月から謎の励ましが聞こえる。
だが次の瞬間には山の上から夥しい量の枯れ葉が降り注いで一台と一機を生き埋めにしようとする!
「ではこれはどうかな!」
同時にマッチョモーシンチョトツが肉薄!
……その中には人間は乗っておらず、ヒトデめいて五つに別れた巨大な枯れた葉っぱが各部で手足と頭を再現し簡易的な人型を成している。
山道の上に10m位堆積した落葉の中をメシア車は直進!窓にびっしり付き視界を封じてくるがヘッドライトが冷たく光る!透視能力の発動!
タイムスリップイロハザカの機体はビンビン卯月を下から掬い上げて飛ばし自身が前へ!
「ビンビン!!」
落葉の山に包まれたビンビン卯月は凄い音を出しながらスピンする調和で周囲を掃除し追跡を続けようとしたが後ろから捕縛される。
最後尾で余裕を持って走っていたタイムスリップドリヒコの機体が来たのだ。
「なかなか大したテクニックだ、どちらが勝つか見物じゃないか?」
枯葉の海をひた走るメシア車、マッチョモーシンチョトツの質量に追突されれば最後弾き飛ばされ奈落の底へ!だが次の急カーブ群は容赦なく近づいている!
「……!」
幸太郎は逆にガードレール側に向かう!だが落ちるつもりはない、サイドブレーキを引きつつアクセルをベタ踏みにし再度ドリフトを!
その時ヘッドライトが深緑に変わり後輪が地面に叩き込まれる!剛力の調和でアスファルトタイヤを切りつけながら深い溝を掘る!
崖側に巨大な側溝が築かれているが落葉でマッチョモーシンチョトツは気づかない!猪突猛進ドリフトでカーブを通過!
ガガンウッ!ゴアアアア!!
するとその巨大なタイヤが深い側溝を噛んで進路が固定された上に傾いた機底が地面に削れる!
「クソッ!」
タイムスリップイロハザカは再度機体を跳躍させようとしたが崖側の道が崩壊しガードレールがブラブラと暗闇に垂れ下がっていく。
機体の殆どが道を落ちたまま崩れる崖を走り続けるモーシンチョトツだがそこへ突然メシア車の後部が飛んでくる!!
「何をおおおお!!??」
完全に落下していくタイムスリップ・イロハザカを尻目に、浮遊能力を発動したメシア車は元のコースに復帰していく。
「二人を倒したか……だが無駄なのだ」
タイムスリップドリヒコの言葉と共にメシア車の前方の道路が突然急激な登り坂に変化する!
「ビンビン!?」
ビンビンドライビング加賀崎はドリヒコと衝突を繰り返しながら異変を目撃し戦慄する。
坂の頂点に辿り着いたメシア車の目下には垂直のような下り坂、だけでなく異様な光景が広がっていた。
曲がりくねった道などというものではない、数百匹のテヅルモヅルの触手が絡み合ったような無数の急激な湾曲と分岐だけで構成された完全に滅茶苦茶な峠道がそこにあった。
「この峠を抜けられるのはこの俺ドリヒコのテクニックだけだ……お前達のドリテクでは決して敵わない」
ジェットコースターさながらの加速のままメシア車は複雑な迷路と化した峠道を進もうとする。調和の剛力を効かせたブレーキの成せる技だが機体・体力共に消耗は時間の問題!
ドリヒコのマッチョ・ミトーゼンジンは凄まじい連発ドリフトを繰り返しながらみるみる距離を詰める!ビンビン卯月は曲がるのを諦めて片腕の槍で跳びショートカット気味に追いかける!
もはや何回転もスリップしながら走るメシア車の目前にマッチョミトーゼンジンが!激突し、弾け飛ぶメシア車がガードレールに当たり天地が引っくり返る!
絶体絶命の瞬間に迫るドリヒコのドリフトアタック!そこへビンビンドライビング加賀崎が凄い音を出しながら回転!!三者が交錯する!!
ドォルンルルンゲゲガガギャアアアアアア!!!!!!
加賀崎の起こす激しい土煙の中、裏返しのメシア車をドリヒコのドリフト踏みつけが襲う、だが調和で強化されたメシアのパワー後輪がドリヒコのタイヤ溝と噛み合い、怪力で無理矢理逆回転した事でマッチョミトーゼンジンのタイヤの一対が破壊される、その隙にビンビン卯月の槍がドリヒコ機の機関部を裂く!
「ぬぐおおおおお!!!」
黒煙をばらまきながら迷路坂道をスリップするマッチョミトーゼンジン、同時にビンビン卯月がメシア車を起こさせ走行を続けさせようとする。
「……ハハハ、残念だったな、どの道お前達は永久に閉じ込められる、この世界は俺が能力解除しない限り継続する……俺を殺せば牢獄は真の完成を迎えるという訳だ」
ドリヒコが言い放ち、機体の機関部はいっそう煙を吐いてその両腕に力を滾らせる。
「……行け!ビンビンに行け!!」
メシア車を背に、ビンビンドライビング加賀崎はドリヒコに再び闘いを挑む。彼の車体前部型ヘッドギアのリトラクタブルライトが開眼し凄い光を放つ!
ブッゴゴゴンブババンンバアアアンンンアアア!!!!!!
凄い音を発しビンビン卯月は高速スピン!ドリヒコのドリフトと激突し混ざりあい天高く渦巻く!!
狂い果てた峠道の中で幸太郎とメシアは地道に進み続けていた。
「作られた世界……滅茶苦茶な道……抜け出す方法……」
ふとメシア車が停止する。透視の調和を働かせ周囲を観察する。
その視点からは景色の中に板状の箇所があり、光が差したように色が変わって見えたのだ。
何かが"薄い"……膨れ上がった世界には粗が出る!
メシア車は道の端、壁面に見える薄い板に向かって加速する!
車体前方が削れながらも横向きにコースを走っていく!道が幾ら曲がっていようとお構い無しである!とにかく壁に向かって加速!壁に沿って横向きのまま前進する!!
おかしくなった挙動のまま進み続けるとカーブの先が行き止まりになった箇所がある!凄まじい振動に襲われてるが無理矢理なアクセルはまだ継続!やがて行き止まりの角に引っかかり何度も衝突!
突然メシア車が空中に垂直に射ち上がる。
夜空には何もなく、速度メーターが完全に振り切って壊れたように震えている。
アクセルを踏むと車体は等速で上昇していく。
物理的におかしい事が起きている。奴らの作った世界の不備だ。
また透過の視界で空を見上げる。夜空の色がない、四角い穴が幾つも口を開けていた。
メシア車はそのまま世界の綻びに飛び込んでいく。
ふと、この空間に取り残されるであろうビンビン男の事がよぎった。
そしてセイントメシアは消えた。
――――――――――
一瞬失っていたかのような意識が戻る。
村井幸太郎はセイントメシアを駆り、帝国駐屯地に帰投する途中であった。
まさか、居眠りをしていたのか!?
体感以上に疲労が溜まっている事を悟り、今日は早く帰って寝ようと決意する。
だが脳裏には不明瞭な夢の残滓が僅かに渦を巻いていた。
「ビンビン……誰?」
―――――― N.T.N.2045 ――――――
私は春の柔らかな日射しの中を歩いてきた。
孫と二人きりの穏やかな休日だ。
妻や息子夫婦とは別の買い物をする事になるだろう。面倒を見ていたが玩具店に行きたいと譲らなかったのだ。
孫が先に駆け足で入店し、私は何を欲しがるだろうと恐る恐るそれに続いた。
店内のテレビ画面の前で孫は立ち、しばらく釘付けになっていた。
「DXビンビンドライバーでビンビンドライビング加賀崎に変身!
蚊!蛾!sacrifice…」
「いいな~びんびどらいにん、かがさき」
「びんび……」
私の記憶の中で何かがスパークした。
それは父と過ごした最後の思い出の日の事だった。
そんな風な名前を聞き、まだ何も分からず、無邪気に踊っていた、まだ父がいて幸せだった頃の事だった。
溢れだした懐かしさの中、私の身体は衝動的に動き、孫と同じ顔の高さで画面に釘付けとなった。
……だが、そこに映っていたのは、記憶にあった体操のマスコットキャラクターとは違う、髪の毛がハンドル状になり、顔は素顔で濃く、右肩に『蚊』、左肩に『蛾』と書いてある変な男だった。
「誰?」
――――――――――
永遠に続く道の上をタイムスリップ・ドリヒコとビンビンドライビング加賀崎は走り続けていた。
「ビンビン!!」
「まだ蘇れるのか!?」
ドリヒコは幾度もこの加賀崎を倒していたが何度やっても例え能力を解除してもしなくてもこの男が何度もやって来てしつこく立ちはだかるのだ。
だがその無限ループも今、絶たれようとしていた。
混沌麺類峠道世界の上空を爆発的な光が穿つ。
現れたのはセイントメシア似の体型に、頭にハンドル状の角を携え、右腕に蚊、左腕に蛾の要素を武装化させた奇怪なアームヘッドだった。
「ちっテメーは…誰?」
「ちっテメーは二代目ビンビンドライビング加賀崎!なんで来やがった?」
知らないドリヒコに代わり初代ビンビンドライビング加賀崎が悪態をつく。
「初代のおっさん、ビンビンに脱出するぜ!もうビンビンドライビング加賀崎は交代だぜ!」
二代目加賀崎のアームヘッドが飛来し初代加賀崎のビンビン卯月の上に二人乗りのように股がる。
「そうは行くか!ドリヒコは俺が倒す!それまで辞める訳にはいかんのだ!!」
「だったらビンビンビンビンにダブル加賀崎で戦おうぜ!」
「加賀崎は俺一人で充分だ!!」
「……一人で手一杯だ……」
二人のビンビンドライビング加賀崎とタイムスリップ・ドリヒコは果てのない道の彼方へと駆け抜けていった……。
<終>
巨人戦争英雄譚 こぜに @kozeni0505
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます