第31話 幸福のつかみ方

「確かにどんな味かなって気になったと言ったけど、それを口実にお姉ちゃんは旅行に行きたかっただけやろ。ネットで注文できるのに」


 でもおいしい、とカスミは一切れずつ、各バウムクーヘンを口へ入れていく。


「カスミよ、ネット通販はたしかに便利。それは認める。けど、現地に行かないとわからないことはいろいろあるの。美味しいとこだけを摘んでわかったような気になるのは、人生損した生き方やと思わへん?」

「美味しいところのつまみ食いができて楽だとおもう」


 妹の言葉をきいて、サクヤは口に手を当てた。

 あやうく飲みかけのビールを引き出しそうだったと、手で拭う。


「というか思えよ。お姉ちゃんは今回の旅のおかげで、ゲーテハウスも見てこれた。ハイジに出てきたゼーゼマンの家屋敷のモデルになったところやで」 

「まじかっ、アニメの聖地巡礼してきたんや」


 まあな、と呟けば、妹から羨望の眼差しが注がれる。

 あー、気持ちいい……。


「……それより、つまみはどうした、つまみは」

 サクヤの言葉にカスミは黙ってテーブルを指さす。

「こんなに食べ切れないから、お姉ちゃんが買うてきたバウムクーヘンをつまんでよ」

「甘いものを食べながらなんて飲めへん。刺身ほしい、鱧ほしい、鮎食べたいよー」


 やだやだー、と首を横に振りながら足をバタバタさせて、サクヤは駄々をこねる。

 呆れ顔でため息をつくカスミ。

 しょうがないんだからと冷蔵庫をあけ、ラップのかかった皿を持ってきた。


「お姉ちゃんグルメやし、口肥えてるし、顔もまんまるやし、スーパーの鱧なんて口にあわへんかも……」

「おっ、あるやん!」


 顔の前でサクヤは手を叩く。

 その様子を見ながらカスミは呟いた。


「お姉ちゃん、ゲーテはいうてはるよ。『いつも遠くへばかり行こうとするのか。見よ、よきものは身近にあるのを。ただ幸福のつかみ方を学べばよいのだ。幸福はいつも目の前にあるのだ』って」


 聞いてる? と問いかけるカスミをよそにサクヤは、つぎはどこへ行こうか思いを馳せつつ、ビール片手に湯引きの鱧に梅肉をつけて頬張るのだった。





                      おしまい

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サクヤのバウムクーヘン snowdrop @kasumin

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