その六、還る

 加えて、


 あげた右手の中指を突き立てるようにも指定してしたようです。


 ありがとうごぜえますと入力したのは敢えてでしょう。中指を突き立てたのも。今までの礼儀に五月蠅い20であれば絶対に言わなし、やらない事ですから。もし仮にでも中指を突き立てて、ありがとうごぜえますと言い出したら僕は死ぬかもです。


 だって僕の彼女が20の中の人で怪盗ランマだったのですから。


 ドキドキと、心臓が早鐘を打って、TVに釘付けとなりました。


 もちろん、20は、中指を突き立てて、ありがとうごぜえますと言い出しました。


 口から白い泡を吹き出してアワアワと倒れそうにもなりました。


 そっと背を支えてくれる彼女。


 彼女のぬくもりが、今は逆に恐怖感を増してしまい、気絶しそうにもなりました。


 しかし、なんとか気をしっかりと持って彼女を見つめます。その視線になにかを感じたのか、微笑み返してくれます。もはやプロポーズの応えを聞くという段階は、とっくに飛び越していて、彼女は一体何者なのか、そればかりが気になりました。


「そうね。なにから話そうか。うん。まずプロポーズの応えだね」


 いやいや、応えは確かに気になります。気になりますが、それよりも……、君は何者なのかを知りたいといった意味を込めた困った表情で見据えます。それでも彼女は飄々としていて、僕の疑問には答えず、ある意味で僕の疑問に応えてくれます。


 静かに。


 あたしは宇宙人だと言ったね。


 そして、


「あたしは母星に帰る事になったの。二度と君に会えなくなる。だから最後にプロポーズの応えをちゃんと伝えたくて……、でも伝える為には全部を暴露しなくちゃで」


 僕は、なにを言われるのか分からなくなって、混乱の極みです。


 眉頭が寄ってしまい、眉間に深いしわもできます。


 一足飛びで信じろという方が間違っているのです。


 でも彼女も意を決していたのか二の句を繋ぎます。


 静々と。


「20の中の人で、怪盗ランマで、宇宙人なんて女の子、お嫁さんにできないよね。うん。分かってる。自分でも、よく分かってる。怖いもん。だからさ。ごめん」


 彼女がぺこりと可愛らしい音を立て頭を下げて謝ってきました。


 その姿が、どこか痛々しくて。


「本当にごめんね。今まで黙っててさ。でも、君と居た時は、あたし、幸せだった」


 本当に幸せだったよ。えへへ。


 とクリクリ動く小動物のような翡翠な瞳に涙を浮かべています。


「だから、笑って別れよう。本当に、最後の最後まで、ごめんね」


 ゆっくり手を振っている彼女。


 そこで、


 また僕の意識が遠のいて……。


 さよならって遠くで聞こえて、僕も悲しくなってしまい涙を一つだけ零しました。


 あのあと20は電撃引退しました。怪盗ランマも、あの壺を盗んだあとに引退状を警視庁に送りつけ、二度と、その姿を晒す事がなくりました。そして、風と共に去りぬな彼らの記憶もまた一般大衆の中で風化してしまって、……消えてゆきました。


 ……僕は、昔を懐かしみます。


 縁側で熱い緑茶を飲みながら。


 ズズと。


 この気持ちを共有したい、と。


 あの限定味のポテチを一口だけかじって、やっぱりクセになったわと微笑みます。


 空を見上げて、思い出します。


 まだ20というアイドルが活躍していて、怪盗ランマという漫画のキャラのような盗賊が世間の耳目を奪っていた時代をです。そう。今、食べている限定味のポテチが、まだ店頭で売っていた頃の事をです。もう一つと、ポテチを口に放り込みます。


 ポリと。


 ……そして、こう思うのです。


 今も地球は平和なんだろうな、なんて懐かしくも。


 僕は、今、とっても幸せです。


 彼女の母星で、静かな余生を過ごしながらもです。


 彼女がプロデュースしただけあって、手作りで再現されたあのポテチを食べつつ。


 やっぱりクセになるわと……。


 パリッ。


 僕の隣。


 可愛く僕の肩に頭を乗せてコックリコックリと船を漕ぐ彼女と気持ちを共有して。


 長い間、一緒に歩いた彼女と。

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