第4話

 明里あかりの旦那さんが日本を離れ、しおりが骨折して、明里が赤ん坊と二人きりになってしまったとき、手伝いに行こうかと思わなかったわけではない。でも、行かなかったのは、この期に及んで怖かったからだ。赤ん坊の世話をかって出るのが。


 明里は私のような欠陥品じゃないのだから、大丈夫だと、そう信じないと明里や栞に失礼な気がした。全ては、私がちゃんと役割を果たせなかったのが悪かったのだと、何十年も思い続けて生きてきた。


「ねえ、明里が元気になるまで、しばらくこっちに住み込みで手伝ってもいいかな」


 目をつむってベッドに横たわる明里の頭をなでながら、私は言った。


「私ね、明里がお腹にいるときから、『大好きだよ。宝物だよ』て言い聞かせてきたのよ。栞と明里と私で川の字になって寝てたときもね、私と栞で『可愛いね。宝物だね』て言って育てたの。あなたは、いろんな人に抱っこされて、可愛がわれて、育ったのよ」


 明里は、なにも言わないけれど、眠っているわけではないのは、わかっている。だから、私は話し続けた。


「ひとちゃんだってそうでしょう。みんなに、『可愛い、可愛い』て抱っこしてもらって、愛されてすくすく育ってるじゃない。明里も、ひとちゃんも、強運の持ち主なのよ。だからね、きっとなんとかなる。大丈夫」


「……うん」とか細い返事が聞こえてきた。


「一人で抱え込むことないのよ。私も手伝うから、一緒にがんばろう。いろんな人に手伝ってもらって、ひとちゃんをもっと強運にしよう。ね?」

「うん」

「眠れそう?」

「うん」

「じゃ、ひとちゃんのおっぱいの時間になったら、起こしにくるね」


 そう言って、私は寝室を出た。


 遮光性のカーテンで閉じられた寝室では気づかなかったけれど、もう朝が白々と開けようとしていた。リビングの、カーテンを閉め忘れた広い窓から、だんだん明るくなっていく空が見える。


 さっき寝室で感じた、熱いエネルギーのようなものが、胸いっぱいに広がるのを感じる。「大丈夫、がんばって」と、なんだか、世界中のお母さんに向かってエールを送りたい気持ちだ。


 幸せのかたちも、愛のかたちも、たくさんある。


「私だって、愛されて育った、強運な女だよ」


 朝日が登り始めたのを目で追いながら、二十七年前の自分に向かって、そう言ってみた。


(了)

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睡眠時間(花金参加作品) かしこまりこ @onestory

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