第14話 奴隷商
銀色の綺麗な髪をなびかせた女を横に、初陽は堂々とした態度で扉を開ける。
スラリとした白い肌の手足に、キュッとした腰。そして特徴的な尖った耳から、連れの女が神娘であることは一目瞭然だった。
扉を開けて一歩足を踏み入れると、ほぼ全員が神娘の美貌と肢体に見惚れる。
「さっさと歩け」
初陽は神娘の腕を乱暴に引っ張って、受付のところまでドカドカと移動する。
「よ、ようこそギルドへ。登録済みの方でいらっしゃいますか?」
若い男性スタッフが、神娘に見惚れながら口だけを動かす。
「いや、初めてだ。こいつの分も登録できるか?」
初陽を知っている人が見たら、目を丸くして開いた口が塞がらなくなる光景だ。
華奢な体つきながらもオラオラ感満載で凄まれると、不気味な怖さを感じさせる。
「そちらの方は…………奴隷……ですよね?」
「そうだ。使えないやつだが、情報系をこいつに把握させたほうが楽だからな。冒険者登録をすると、情報を提供してくれるんだろ?」
「え、ええ。しかし大変申し訳ございませんが、奴隷の方は登録できない規則となっております」
「はあ? じゃあこいつ使えねえじゃん。なんで買う時に言わなかったんだよ!」
「申し訳ございません…………」
「で、ではっ、売られてはどうでしょう? そのお金でレンタル商会を利用すれば、あなた様の目的に沿えるかと」
ギルドの職員は、目の前の神娘が手に入るチャンスが得られるかもと、早口で迂闊なことを口走ってしまう。
この国では、奴隷売買を推奨しないという暗黙の了解がある。
特にギルドが口に出すのはご法度だ。
理性なんてない。
正しい思考回路なんてブチ切れてしまっている。
言ってからしまったと思いながらも、手に入るかもしれないという期待が後悔を押し潰す。
「あ? この国では嬲るためにゴミを買っちゃいけねえんだろ? こいつはいろいろと楽しめるからな」
初陽はぎこちない笑みを浮かべる。
そのぎこちなさが、理性を失いかけている職員にはいやらしい表情に見えた。
「それにこの国では、国の許可があるやつしか売れねえはずだ」
「そ、そうでしたね。し、失礼しました」
「チッ、どいつもこいつも使えねえ。おい! 予約した宿はどこだったか?」
「ショウイ宿です」
「どこだ?」
「東の外れにございます」
「あ? 遠いとこかよ!」
「ご主人様がお安くとのことでしたので。ベッドも一つにいたしました」
ギルド職員の妄想が捗る。
初陽は何度目かの舌打をしてから、受付の土台を蹴って身を翻した。
「どいつもこいつも使えねえ! これなら奴隷国でやったほうがマシだったぜ」
初陽がドカドカと歩く後ろで、銀髪の神娘が早足で追いかける。
初陽の一歩後ろで足並みを揃え、お互い口を開くことなく東の外れへと歩を進めた。
「おい、先導しろ」
「申し訳ございません」
初陽は振り向かずに命令し、神娘は再度歩を早めて前に出る。
早歩きで十五分。
やがてこの街の中で一、二を争うボロさの宿に着くと、初陽は舌打ちをして中に入った。
通常、宿は居酒屋も兼ね備えており、フロントはそれなりの広さを持っている。
しかし、過去にはあったであろうテーブルには埃がかぶった物置となっていた。
受付には小汚いおじさんが突っ伏していて、来客に一切の反応を見せない。
地球での浮浪者がなんとか住みついている、という印象しかなかった。
初陽たちは無視をして、神娘が導く一つの部屋に入る。
すぐに神娘が何事か呟くと、大きく息を吐いてジト目で初陽を見た。
「なかなかお似合いなキャラでしたね」
「そんなこと言わないでくださいよ。だいぶ心苦しかったんですから、サクラさん」
奴隷を演じていた銀髪美人の神娘はサクラメイトであった。
普段は人間に偽装しているものの、本来の姿を少し弄って今回の作戦にあたっていた。
「しかし初陽さんの俺様演技の甲斐あって、種はうまく撒けましたね。ラッキーな職員に当たりました」
「言い方に刺がありますね…………まあ職員がというより、サクラさんの魅力があってこそだと思いますけど。僕ですらすごく綺麗で戸惑いましたから」
「ーーーーあなたは他の男性と違いますね。子どものように真っ直ぐです」
「(こういうことで子どもだと気取られるのか。大人って難しい)」
「どうかしましたか?」
「い、いえ、サクラさんのその姿を知っている人はどれくらいいるんだろうなと思いまして」
「少なくはないと思います。ですが若い人間は知らないと思いますし、雰囲気は変えていますから短い間なら問題ないかと」
これだけ記憶に残る容姿の持ち主が、雰囲気を変えただけでごまかせるのだろうかと初陽は疑問に思う。
神娘は人間の感情を読み取ることができる。
初陽は顔にこそ出さなかったものの、疑問と思案の様子を読み取っていた。
「安心してください。この薄い壁の部屋には、認識阻害のスキルをかけています。私より熟練した使い手でもない限り、スキルで中の様子を伺うことはできません。そしてその認識阻害を私にもかけています」
「熟練……ですか」
この熟練というシステムが初陽を悩ませる要素だった。
基準が曖昧で確立されていないためである。
「頭が硬いのですね。私のステータスを覗いたのに、信用できないのですか?」
「見たのは限られた範囲だけです。スキルも名称だけで、内容が想像できるものではなかったですし。しかし、ここまできたら信用しますよ。僕が気になったのはサクラさんの能力じゃなくて、自己評価の低さなので」
「自己評価ですか? 自分で言うのもなんですが、戦闘もサポートもその辺の人間よりも強い自負がありますよ」
「いえ、そうではなくて、見た目ですよ。スキルの効力は分かりませんけど、それだけ綺麗でもカバーできるのかなと。言い寄られた経験はあるみたいですが、たぶんサクラさんが思っている以上ですよ」
初陽の真っ直ぐな言葉に、サクラは仄かに頬を朱に染める。
今までうんざりするほど持ち上げられたのに、そのどれよりも心に響く言葉だった。
「この手の話はあまり好きじゃないみたいなので、これぐらいにしておきましょう。スキルが機能するのであれば問題ありませんから」
「…………見透かされるのは嫌いです」
変化した顔をごまかすために、横を向いて不機嫌を示す。
それすらも見透かされているだろうと分かったうえで。
「こほんっ。それはそうと、あの職員は怪しかったですけど、あのギルドで間違いないと思いますか?」
「違法な奴隷仲介所で間違いないと思います。外れにあるギルドなのに、クエスト達成率が他と比べて群を抜いて高い。ギルドも地球で考えたら民間企業みたいなものですから、利用者に圧でもかけて実績を伸ばしているのでしょう」
「それはあくまで予想のはずです。初陽さんがそこまで断言されるということは、
「ええ。深く覗くとバレるので表面だけですが、ステータスを視ました。称号って分かりやすくて便利ですね。【神娘を従属せし者】の称号を持つ男を複数確認しました。そもそも、あのギルドに女性はほとんどいなかったですし」
「我々が動く理由としては十分ですね」
「ただ気になることが一つ。【人間を従属せし者】という称号もチラホラ確認できました。人間も奴隷になるのですか?」
「耳にはします。ただ大半は、いわゆるプレイの一環として自ら隷属しているようですが」
プレイと聞いて、初陽は疑問符を浮かべる。
主従を演じて、特に女は何が楽しいのかと疑問でしかなかったが、大人の世界では当たり前なのかもしれない。
また子どもだと勘付かれるかもと、初陽は「なるほど」と呟いて納得した様子を見せた。
「しかし、
この世界で隷属化されたとしても、地球にまで影響が及ぶわけではない。
現代人にとってこの世界から離れるのは苦渋の決断なのかもしれないが、酷い扱いを受けるよりはマシだ。
「人間はよく分かりません」
初陽は答えない。その呟きに同感する一方で、明確な解を持ち合わせていなかったから。
陽が落ちていく中、二人に会話はなかった。
初陽はベッドに腰掛けながら、ぼうっと虚空を見つめていた。
サクラも微動だにせず、痛んだ古い椅子に座っている。
「一つ聞いていいですか?」
陽が落ちきった直後。
沈黙の間、聞くべきか否かをずっと自問自答していた初陽が、結局我慢できずに口に出す。
「内容によります」
「できれば答えていただけるとありがたいですね。サクラさんを鑑定した時、表面だけだったのにすぐバレたじゃないですか。あれって神娘はみんなそうなんですか?」
「その質問は、
「違います。僕にとって無知は恐怖なんです。今後何があるか分かりませんからね。せめて理由を知りたいんですよ」
「ーーーー神娘が鑑定に敏感だと推測されているのでしたら、それは間違いです。全員ではありませんが、私たちは結界を常時展開しています。精神攻撃や鑑定を防ぐためです」
「ああ、僕がそれを突破したから気づいたんですね。センサーの役割もあるわけですか」
「普通はひと睨みで突破できるものではないのですが」
この世界における鑑定とは、主に二つの意味があると初陽は分析している。
一つは、真偽の確認。
偽装スキルがある以上絶対ではないものの、レアスキルだという確認はとれている。
もう一つは、事前に情報を取得することで優位に立つこと。
この世界のスキルは非常に特殊である。
ゲームのようなテンプレートやツリーがあるわけではない。
ゆえに、互いにスキルを警戒するものだが、一方が情報を得ていたら大きなアドバンテージとなる。
「ちなみに、誰が鑑定をしたかまで分かるものなんですか?」
「…………それを知ってどうするんですか?」
「単純な知的好奇心です」
「…………方向くらいは分かりますけど、明確に誰がということまでは分かりません」
「サクラさんってすごい優しい人ですよね」
「報酬の前払いです。あなたには物よりも情報のほうが貴重みたいですから」
「あらら、足元を見られましたか」
「それよりも、きましたよ。今階段を上ってきています」
「感知スキルもかなり上位みたいですね」
初陽には全く感知できなかったが、サクラは地面の上で正座をする。
それからサクラの反応を見て、初陽は声をかける。
「入れ」
感知スキルのない初陽でも、扉の向こう側で息を飲んだのが分かった。
「失礼します。さすがにそれだけの上物を連れているだけあって、かなりの技能をお持ちのようですね」
上物=高価=金持ち=強いという方程式である。
入ってきたのは、奴隷商が似合いそうな太った髭面の中年と、忍装束の男。
「くだらんおべっかはいい。あの職員に依頼されて、力づくでこいつを奪いにでもきたのか?」
「まさか。もしそのつもりなら、こんなに早くは訪れませんよ。その奴隷を我々に売りませんか? すでに奴隷となっていますから、譲渡であればこの国の法には触れません。もちろん表向きは、ですので、お代は弾ませていただきます」
「お前は奴隷商なのか? それとも個人で欲しいのか?」
「売る者と買う者。それ以上の情報が必要ですか?」
髭面の中年には警戒が見て取れた。
忍装束の男の右腕に、ほんのわずかに力がこもる。
理解しながらも、初陽は態度を崩さない。
「必要だね。個人と法人とでは資金力が違う。お前らがシーカーとして金を稼いでいるようには見えねえからな。個人なら売らねえし、法人なら大金をふっかけるってわけだ」
「はっはっは、道理ですな! 気に入りましたぞ。お察しのとおり、私は奴隷商です。この国で奴隷の商いは大変ですからね。いろいろと
「お前ならこいつにいくらつける?」
中年男の質問を遮って、初陽はやや声を張って問いかける。
初陽とサクラには、サクラの金額的価値が分からない。
しかし設定上、初陽はサクラを買っているのだからある程度の相場を知って然るべきである。
普通なら金に目が眩んで大金をふっかけるところだが、売る気があるのに異常な金額を言うわけにもいかず、安すぎては怪しさでしかない。
だから初陽は、奴隷商を値踏みするような慎重なキャラを最初から演じていたのだった。
今奴隷商は、自分は試されているんだと認識をしてる。
「ふむ。私なら八千万ですかな」
初陽が想像していた以上にぶっ飛んだ数字だった。
日本には奴隷制度はなく、ましてや神娘の価値も分からない。
これだけの美人を好きにできるのであれば、八千万は安いのかもしれない。地球基準で考えるのであれば、小金持ちならさほど難しくない数字だ。
そこまで考えて、すぐにその可能性を捨てた。
忍装束の男の表情を見て、その金額が異常なものだと理解したからである。
「随分と気合を入れるんだな。こいつに秘密があるんじゃないかと疑っちまうぞ」
「いえいえ。家事や戦闘スキルもある程度できるとお見受けしました。そして首輪があるとはいえ、従順な態度も素晴らしい。何よりもこの世界でその神娘を毎日抱けると考えたら、億を超えても買い手は後を絶たないでしょう」
「なら一億だ」
「よろしい! 商談成立ですな!」
満面の笑みを浮かべて奴隷商は声を張り上げて喜んだ。
忍装束の男には変な汗が流れていたが。
「取引は明日にしてくれ。他人に評価されるとちょっと惜しくなってね」
「ええそうでしょうとも。すでにお手つきはされているでしょうし、傷をつけなければ構いません。ただ先に、ステータスだけ確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
「いいぞ」
サクラがステータスを公開すると、
氏名:メイ(奴隷)
熟練度:10369
スキル:
〈察知〉、〈鑑定〉、〈サイクロン〉、〈魔弾〉
尊号:
称号:【奴隷】、【性技を極めし者】、【従順な雌猫】
「神娘にしてはスキルが少ない気もしますが、称号から見るに奴隷歴が長いのですね。察するに“あれ”の被害者ですか」
「もういいか?」
「ええ。確かに。では明朝に引き取りに参りますので」
奴隷商は軽く会釈をして、すんなりと部屋を出た。
二人の位置が遠くなったことを確認してから、サクラが立ち上がる。
「うまくいきましたね。あの称号は非常に不本意ですが」
「スキルに触れられないようにするためには、他で目を引かせないとなりませんから。僕の目に映ったものは真実みたいですけど」
「恐ろしい人間ですね。先ほどの会話も、すべてあなたの手のひらの上でしたし」
「そうでもないですよ。あの奴隷商は曲者です。最後の一億に関しては完全に誘導でしたが、全く表情が読めませんでした。一億という数字も合っているのか、今でも正誤が分かりません」
「私一人にそんな価値があるわけないじゃないですか。いったいどんな扱いをされるのでしょう」
「あの商人のことですから、売値は最低でも二億にしますよ。それでも買う人はいるんでしょうね」
サクラの価値はかろうじて理解できても、子どもである初陽に大金で奴隷を買う価値までは理解できなかった。
「しかし二億なんて、この世界で手にしている人間はほんの一握りだと思いますが」
何の気なしに呟いたサクラの言葉が、初陽がずっと抱えていた違和感に引っ掛かった。
「え、この世界で億を稼ぐのはそんなに難しいんですか?」
「この世界はモンスターを倒して稼ぐのが主流です。売買で稼ぐ人間もたまにいますが、二億出しても経営が傾かない人間は少ないと思います。それにシーカーは、装備の新調や維持費だけでもそれなりに費用がかかりますから」
「大人は汚いですねえ」
「え…………?」
「いえ、なんでも。それよりも彼らから確認できましたよ。あの忍者を探しに行きましょうか」
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