第三話 過酷!! リングルの闇!! の巻 (3)

 結局僕は、十日目にして目的が果たせないことが分かった。

 必死に練った作戦が失敗したわけではない。そもそも実行すらしていない。

 なぜなら、僕の目の前には無残に食い散らかされたグランドグリズリーの死体があったのだから。

 無残──その言葉が当てはまるほどじゅうりんされた死体。

 それは僕がローズに倒せと言われたグランドグリズリーだった。四肢がいびつな方向に折れ、身体のいたるところに何か大きな生き物にみつかれた跡がある。

 そして傍らには、一頭のブルーグリズリーが同じような状態で放置されていた。

「こんなの……あんまりだろ」

 食われもせず、ただ無残に殺された二頭のモンスターを見て、がゆく思う。

 獲物を横取りされたからではない。僕が怒っているのはもっと別のこと。

「……ローズに殺される」

 僕自身、熊が殺された場面を見たわけじゃない。でも誰が見たって明らかなほど壊されつくしている。

 そしてここら一帯で、グランドグリズリーを一方的に殺せる魔物は一匹しか知らない。あのツチノコみたいな蛇だ。

 その証拠に、死体の首元には蛇が噛みついたような二つの傷が刻みつけられている。

 目的のグランドグリズリーが殺されたとなれば、僕はローズにこいつを倒したという証明ができない。

「やばい……やばいやばい」

 この熊から牙か何か引き抜いてローズに持っていけば、それで誤魔化せてクリアにできるかもしれない。でもあのデタラメ女のことだ。僕の挙動に疑問を感じて、真実に辿たどり着いてしまうかもしれない。そうなったら死より恐ろしいお仕置きが待っている。

 当たり散らすかのように木を殴りつける。冷静な思考ができない僕の耳に、ウサギの注意を呼びかける鳴き声が聞こえる。

「ッ! 奴か!?」

 あの蛇が来るのかッ。

 走り出そうと足に力を入れていた僕だが、藪の中から出てきた小柄な青い影に警戒を解く。

「グゥ……」

「ブルーグリズリーの子供、か……」

 出てきたのは体長一メートルほどの大きさのブルーグリズリー。

 そいつは僕に目もくれずに二頭の熊のなきがらに近づくと、悲しげに鳴き声を上げる。

「グゥ……」

「……」

 僕は善意で人を助けたことも多くないし、悪意で人をおとしめたこともない。

 ローズに散々いじめられて中途半端に強くなっても、その本質は変わらない。

 どうあがいても、僕はただの負けず嫌いな男子高校生なんだ。

 負けず嫌いな僕は、ローズに負けるのは気に入らない。

 僕の獲物を取られたことも気に入らない。

 僕の決意が無駄になったことも気に入らない。

 でもそれ以上に……目の前の悲しげな声を上げる小熊の光景が気に入らない。

 矛盾しているのは分かっている。

 僕は本来、グランドグリズリーを倒す側。

 もしかしたら僕の行為が今の状況を作っていたかもしれない。

 でも、それでも悲しいことが目の前で起こったら無視できない。ましてや自分ができることがあるとしたら僕は──。

「敵は討つ……だから待ってろ」

 これは僕の自己満足。あの蛇は僕が倒す。

 今度は逃げない、戦ってやる。

 確かな決意を持って、僕は小熊に背を向け歩き出した。


    ***


 リングル王国から遠く離れた黒雲に覆われた地域。

 人間の住める環境とはいえない場所に、高くそびえ立つ不気味な城。

「……ふむ」

 城のあるじは、重厚な装飾が施された椅子に座っている美形の男。

 男の目の前には玉座の前で膝をつく長身の女性。しかしその見た目は人間とは言いがたく、褐色の肌と肩まで伸ばされた赤い髪に整った顔立ち、そして頭部からはを思わせるじり曲がった角が生えていた。

 男は、その赤髪の女性に尊大な態度で質問する。

「リングル王国侵略の首尾はどうなっている?」

「順調でございます。現在、部隊も着々と準備が整っており、まもなく進軍を開始できます」

 質問された女性は淡々とそう返した。

「そうか、指揮は貴様に任せる。……この時代の人間は侮れないからな。たった一人の強者に任せていた俗物共のいた時代に比べればだいぶ変わったようだ」

 物思いにふけるように遠い目をする男だが、すぐにその目をひざまずく女性に向ける。

「辛勝とはいえ我らを退けた国の者達だ。死力、とまでは言わないが最善を尽くせよ」

「全力を尽くす所存であります」

「堅物だな。まあいい、下がれ」

「はっ」

 恭しく頭を垂れた女性は、男の命令に従い、その部屋から出ていく。


 部屋から出た女性は、今までの緊張が解けたように息を吐く。

「はぁ……やはり魔王様との対談は息が詰まる」

「いいの? 第三軍団長である君がそんなことを言うなんて……」

「……ヒュルルクか」

 愚痴を吐いた女性の背後から、頭に羊のような角が生えた色白の男性、ヒュルルクが声を掛ける。

「別に構わんだろう。魔王様は寛大なお方だ。この程度の不敬なぞ毛ほども気にしていない……そういうお前はどうなんだ? 魔物博士殿」

「やだなあ、そんな変な名前で呼ばないでよ」

「ふん……」

 関心がないように歩き出した女性に困ったように頭をくヒュルルク。

「ははは……さっきの質問の答えだけど、魔造モンスターの試作体は完成したよ」

「ほう……」

「強力な毒と大きなたいに鋭い牙。それに美しい……」

「名は何というんだ?」

「魔造モンスター試作七二番、バルジナク!! 僕の最高傑作さ!」

「んん? 前に言っていた試作七一番と同じ名だぞ? あれはどうしたんだ?」

 女性がヒュルルクの言葉に疑問を投げかけると、彼はよよよと目元を押さえながらその場に膝をついた。

「ああ、あの子ね。あの子は前のリングル王国進軍時に、敵の軍団長に撃退されてそれっきりなんだよ……あの時の僕の心境は我が子を失ってしまった感覚だったよ……」

「軍団長シグルス……奴もなかなか強かったな」

 女性の脳裏に浮かぶのは、炎に包まれた、武骨な剣を掲げ敵をなぎ払う騎士の姿。

「だが……先の戦いでは奴より厄介な集団がいたがな」

「あぁ、後衛の僕はあまり知らないんだけど……『人さらい』の方々かい?」

「そうだ。戦場にいるにもかかわらず戦わない兵士……前回の進軍時にどれだけ奴らに苦汁を飲まされたことか」

 リングル王国へ進軍した時のことを思い出し、苦渋の表情を浮かべる女性。先の侵攻作戦の失敗は、それほど彼女のプライドを傷つけた。

「うーん、それなら普通にそいつらを先に倒せばいいんじゃないかい?」

「無理だ。奴らは尋常じゃなくしぶとく、怪我人を抱えての移動すら普通の状態と大差ないくらい速い。それに奴らのボスは……」

「ボスは?」

「奴らのボスは治癒魔法の使い手だ」

「……なるほど、部下が連れてきた怪我人を安全な場所で治すんだね」

「いや、それは奴の部下の仕事だ。奴は自ら戦場に飛び出し、その場で負傷を治す……いまいましいのは、どんなに攻撃されようとも瞬く間に疲労すらも回復させる不死性だ。普通の回復魔法では不可能なほどの治癒速度、その根源にある治癒魔法という希少で目立たない魔法が、奴の肉体を最高の状態に保ち続ける」

「そんな使い方をしたら、普通の人間の体が耐えられるはずがない」

 彼もに魔物博士と呼ばれているわけではない。

 研究対象として人間も扱っているので、人体の構造なら詳しいのだ。いくら人間の限界を超えた能力を発揮しても、筋組織、骨、内臓の痛みに並の人間が耐えられるはずがない。ましてやそれを実行しようとする者など、命知らずの無謀者に違いないだろう。

きょうじんな意思だけで耐えているから問題なのだ。魔王様が復活する前、私の師匠と殺し合いをして右目を失うだけで済んでいるのだ……生半可な怪物ではない」

「あの第一軍団の……それは化け物だね」

 魔王が復活するその前、魔族随一の実力と言われていた彼女の師匠の相手をして生き残っている時点で普通の人間ではない。

「君の師匠を相手にして生き残るなんて、相当のれだね」

「私の部隊の新人はその話を毛ほども信じてはいないが、今度の進軍で嫌というほど体験することになる」

「そこまで言うのか……」

「だが、私もこの戦いで、師匠の無念を晴らす。奴を……ローズを討つ」

 君の師匠は生きているけどね、と何気なく呟いたヒュルルクをよそに、女性はリングル王国の方角に目を向ける。

「このアーミラ・ベルグレットの名にかけてな!!」

「今回の君の役割は兵の指揮だから、前線に出ちゃ駄目でしょ」

「あ……」


   ~試し読みはここまでとなります。続きは書籍版でお楽しみください!~

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【書籍試し読み増量版】治癒魔法の間違った使い方 ~戦場を駆ける回復要員~ 1/くろかた くろかた/MFブックス @mfbooks

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