第三話 過酷!! リングルの闇!! の巻 (2)


 翌朝、固い携帯食料を水で流し込んだ僕は、救命団の訓練服を着て、水筒とナイフを装備し森の中を頭を低くして駆け抜けていた。

 ポケットには手帳とペン。それらをいつでも取り出せるように準備してある。

「……どこだ?」

 木にナイフで目印をつけつつ、周囲を探る。

 ここに来る前に川で体を洗ってきたから、匂いの心配はない……はず。

 この森には、あの熊共以外にもたくさんのモンスターがいるらしい。

 拠点を中心に、円を描くように探索する。

「……ッ!! これは……っ」

 木に付けられた四本の傷。

 なにか大きい生き物が爪研ぎをした跡に見える。この大きさからして昨日のグランドグリズリーの可能性が高い。

 慎重に周囲を探索する必要があるな。

 前を向き、歩き出そうとした瞬間、前方の草陰でガサガサという音がした。

「っ!?」

 魔物……?

 ナイフをゆっくりと引き抜き、草陰に近づく。

 額ににじんだ汗を乱暴にぬぐい、いつでも逃げられるように構える。

 凶暴な奴だったらすぐに逃げる。ごくりと唾を飲み込みながら、ナイフを持つ方の手とは逆の手で草をかき分けると──、

「きゅ……」

「は……?」

 草陰には黒色の毛玉がいた。

 いや毛玉じゃない、小さいけど魔物だろう。

 ローズから渡された本には載っていない種だ。アンテナのようにちょこんと立てられた耳と黒い毛並みが特徴的な魔物。

「ウサギ……だよな?」

 見た目は完全にウサギだが、魔物を思わせる黒色のれいな毛並みと怪しく光る赤い瞳は精巧なぬいぐるみを思わせる。

 その黒いウサギは地面に横たわりながら赤い瞳で僕の方を見てくる。きゅるーんと擬音が飛び出しそうなつぶらな瞳で見上げられ若干うろたえながらも、かき分けた草を倒し近づく。

 よく見れば黒いウサギの後ろ足に、うっすらと赤い血が滲んでいる。

「お前、怪我しているのか?」

「きゅ」

 こくりとうなずくウサギ。

 言葉が通じていることにツッコまない。異世界は何でもありというのは分かっているからね。

 ウサギのそばまで近づき、どこを怪我しているのかを見る。足に切り傷のようなものがある。他の魔物にやられたのか。

「じっとしてろよ」

 手に淡い緑色の光を放出させ、傷口に添える。

 数秒ほどして、手を離すと傷口は跡形もなく消えている。これが僕の訓練の成果。ほとんど自分にしか使ってはいなかったけどね。

「治したぞ、もう怪我しないようにね」

 黒いウサギの頭を一でしてから立ち上がり、その場を離れる。

 愛らしい姿に思わず連れ帰りたい気持ちに駆られるが、僕の目的はグランドグリズリーを倒すこと。可愛らしいウサギにかまけている暇はない。僕にとってもあの黒いウサギにとっても、これが一番いい選択だろう。

 しかし、離れた僕に近づいてくるウサギ。

 無言で一歩下がる僕、近づいてくるウサギ……何だこれ。

「ほらほら、僕と一緒にいたらグランドグリズリーに襲われるよ? それとも君はグランドグリズリーの場所を知っているのかい?」

「……きゅっ」

 こっちへ来いとばかりに首を振り、走り出すウサギ。

 まるで花咲かじいさんのようだと思いながら、試しに後をついていく。

「きゅ────っ!」

 ぴょんぴょんと音を立てずに跳ねながら森を進んでいくウサギ。その最中、ぴんっと張られた耳がアンテナのように一方向を向いていることに気付く。

 あの耳はレーダーのような役割を果たしているのかな? 超可愛いんですけど。

 ウサギの後をついていくこと約一〇分。軽快に走っていたウサギがいきなり立ち止まる。

「どうした?」

「きゅきゅ」

「うわっ! 何だよ!?」

 突然、足から僕の肩まで上ってくるウサギ。

 黒い毛が首元に触れてくすぐったい。それに意外と重くない。

 何この子、超可愛いんですけど……。

 肩に乗った黒いウサギが耳を前方に折り曲げ何かを示唆する。

「きゅ」

「……前を見ろって?」

 このウサギやはり僕の言葉を分かっている。

 でも可愛いからどうでもいいな。

 前方のやぶをガサガサとかき分けると、そこには暗い洞穴と二頭のブルーグリズリー……ぃぃ!?

「おまっ」

 自分で口を押さえる。

 ここで叫んだらあの熊共にバレてしまう。でもあの洞穴が奴らの巣ってことだな。

 僕は肩に乗っている黒いウサギに小さい声で話しかける。

「……ありがと、助かったよ」

 僕の言葉にウサギは照れるように毛づくろいを始める。

 超可愛いんですけど。

 洞穴の場所も分かったことだし、手帳とペンを取り出す。

「きゅ?」

「ん? これが何かって?」

 普通に熊と戦って楽に勝てるはずがない。

 それなら、相手のすきをつくしかない。それならば──。

「観察日記」

 さあ、命懸けの日記を始めようか。


 二日目


 黒い毛並みのウサギに案内され、目的のモンスターのすみに到着した。

 住処には、二頭のブルーグリズリーと一頭のグランドグリズリーが確認できた。

 ブルーグリズリーの一頭は小柄で仕草も子供のように見えた。もう一頭は大柄、恐らく親のように見える。

 グランドグリズリーは群れで生活すると本に書いてあったけど、これも一種の群れなのかな?

 一時間ほど観察した後、あまり進展も見られなかったので、切り上げた。

 相変わらず、僕の肩にはウサギが乗っていたけど……可愛いから許す。


 三日目


 三日目も、住処を観察。

 相変わらず動きはない。

 変わった点もないので、今日のところはこれくらいにする。

 僕についてくるこのウサギは何だろうか? 言葉も通じるし、固有で持っている危機察知能力はとても便利だ。

 疑問が尽きない。

 でも可愛いからいいや。


 四日目


 お腹痛い。


 五日目


 やっぱり水がダメだった。

 腹痛に苦しむ僕のそばにいたウサギがとても心強かった。

 午後あたりから体調も良くなったので、熊観察へと赴いた。

 木の上で見張っていたところ、今日は狩りに出掛けたようだ。一日見なかったくらいなのに、すごく久しぶりに感じる。

 狩りには、小熊のブルーグリズリーをグランドグリズリーが連れる感じ。なんだか和む。

 今日見て分かったこと、奴らは基本なんでも食べる。

 後ろ足が発達したいのししの魔物、フォールボアを簡単に仕留めていた。

 あんなの本当に倒せるのか?


 六日目


 今日はモンスターに襲われた。

 黒ウサギに綺麗な水が涌き出す場所を教えてもらった帰り、突然ウサギが震えだした。

 そして現れたのは、ツチノコみたいな巨大な蛇。胴が太く、全長七メートルほどの巨大蛇だった。

 蛇のように蛇行をせず、まっすぐに走るそいつに僕は心の底から恐怖した。もちろん、逃げた。

 すごくしつこく追いかけられたけど、なんとか逃げ切れた。

 拠点にはかいして帰った。用心のためだ。

 あの蛇は、なんかおかしい。ほかのモンスターとは違うまがまがしい感じがした。

 それに黒ウサギが、おびえていたんだ。グランドグリズリーにさえ平気だったこいつがだ……。

 なんか怖ろしいことが起こっているのかもしれない。


 七日目


 今日も熊に関しては特に異常はなし。

 やばい、ここに来て一週間になるけど、だんだんここにいる理由が分からなくなり始めている。


 八日目


 またあの蛇に襲われた。

 今、拠点にしている場所からさほど遠くない場所でだ。

 奴を見つけたのは森の奥深くのはずなのに……僕を追って拠点を移動した? そしたら奴は完全に僕を狙っている。食べられるのはゴメンだ。

 早めにグランドグリズリーを倒した方がいいな。

 なんか嫌な予感がする。


 九日目


 朝からウサギが怯えていたので、今日は木の上で体を休めた。

 んできた水が底をついているけど、命には代えられない。

 それにしても、このウサギは僕に懐きすぎじゃないか? いくら傷を治してやったからってここまで懐くものなのか。

 正直に言って、お持ち帰りしたい。

 明日、蛇の姿がなかったら、熊を狩りに行く。


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