第三話 過酷!! リングルの闇!! の巻 (2)


    ***


 薄暗い森が目の前に広がっている。

 崖の上から森をのぞき込みながら、後ろで腕を組んでいるローズを見る。

「この森は『リングルの闇』とか『猛獣の穴倉』といった異名がつくほどの場所だ。ここでお前はグランドグリズリーを狩るまで帰ってくるな。期間は問わねえ」

 サバイバル生活と、なんか課題与えられました。

「グランドグリズリーって……百年生きたブルーグリズリーがなる危険な熊のモンスターじゃないですか!! 成長前のブルーグリズリーでもかなり危険な魔物だって本に載ってたぞ!! アンタ僕のこと嫌いだろ!?」

「いいや、嫌いなはずがないだろ」

うそつけ!!」

「ああ、面倒くせえ。今のテメェならグランドグリズリーぐらい楽に倒せる。分かったか?」

「分かりません!? いやぁやめて!? 持ち上げないで!?」

 首を勢いよく横に振る僕。しかしお構いなしに、ガシリと僕を背負っているリュックごと軽々持ち上げるローズ。

 この女、どんだけ怪力ッああ、やめてそんな野球選手みたいに振りかぶらないで──、

「うらァ!!」

「ぎゃああああああああああああ!!」

 グルグルと空中を回転しながら、投げ飛ばされる。

 しかも、ローズの腕力が強すぎるせいか、勢いは一向に収まらない。

 このまま死ぬのかなぁ僕。

 死因、救命団団長による部下投げ。

 いやいやいや、マジでシャレにならん……ッ。

 勢いも収まり、山なりに落ち始める僕。下は木々が生い茂る森。

 死んでたまるか……ッ。

 僕は、ぐるりと空を向くように空中でバランスを変える。背には大きなリュック。これで衝撃を和らげてやる。

 腕で顔を守りつつ、衝撃に備える。

「う、おぉぉぉ!?」

 着地の衝撃は思っていたよりも少なかった。幸い、森の木々がクッションになったことでだいぶ衝撃が緩和されたが、あくまで思ったより少ないというだけ。一瞬のうちに数度の衝撃に見舞われ、その後に目を見開くと、そこには目前にまで迫った地面が見える。

 いつの間にか下を向いていたのか……ッ。いやそれよりもこの体勢で落ちるのはマズい!!

「ここまできて怪我なんてしてられるかよぉ!」

 治癒魔法を全身に展開して自由になった四肢で地面に着地する。

 少ししびれるくらいで済んだ……けど、ぐらりと視界が揺らぎ後ろへ倒れる。

 背中のリュックがつっかえになってかろうじて起きていられるけど、疲れた。肉体的にじゃなくて精神的に……。

「生きてる? 良かったよぉ……」

 この無駄に大きいリュックサックがなかったら大怪我していたかもしれないな。ローズに準備してもらってなかったら危なかった。

 でも僕は決してあの女に感謝しない。僕がグランドグリズリーを狩らない限り、あの女はまた僕をここに投げ入れるだろう。

しゃくだけど、ローズの言う通りグランドグリズリーを倒すしかないか」

 たかが、大きさ二メートルくらいの熊。

 地獄を生き抜いてきた僕には、熊ぐらい楽しょ──。

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「えっ!?」

 森のどこからか、大きな獣のたけびが聞こえる。その後に近づいてくる足音。

 僕はその場から、だっの勢いで逃げ出した。さとだけにねぇッ!!

「やはり、人は力で獣には勝てないものだね!! 灰色の脳細胞をフルに使った戦術で倒すべきだと僕は思うんだよねぇ!!」

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「追ってきてるしィ!!」

 後ろを見ると、三メートルほどの白い毛並みの熊、グランドグリズリーが口からよだれを垂らしながら僕を追いかけていた。

 森に入って早々ターゲットに遭遇したけど、予想以上に怖すぎる。

 爪や牙があんなでかい熊、動物園でも見たことないよ!!

「どうするどうするどうする!?」

 熊と出会った時の対処法。


 一、死んだフリ……は、都市伝説的な意味ではしんぴょう性があるけど、やったら食べられる気がする。

 二、鈴を持って、追い払う……持ってねえし。

 三、逃げる……足には自信がある。


 作戦は決まった。逃げるしかないなァ!!

 熊ごときが僕の速さにかなうとでもォ!!

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「ついてくるしぃ! やばいぃ!」

 後ろを振り返らずとも分かる。奴は追ってきている。

 今さらながら思い出したけど、熊という生き物は時速四〇キロから六〇キロのスピードを出すと、テレビで見たことがある。グランドグリズリーだって同じでもおかしくはない。いや、もしかしてそれ以上の速さを持っているとしたら──オワタ。

 ……いや、よく考えろ。僕はこの世界に来てからずっと地獄の訓練をやってきた。それをこの程度、ちょっと色が違う熊に追いつかれてしまうほどヤワなものだったのか?

 否、断じて否ッ!!

 こんな熊よりローズのしごきの方がもっと怖いんだよォ!!

「上等だ、この熊公がァ。僕と君との一対一の勝負だ!! 僕を食いたければついてこい!! 僕は君を引き離すぜ!! さあ来────」

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「……数を増やすとはきょうなり!!」

 ずるいよ。後ろ向いたら白い毛並みの熊と青い毛並みの熊二頭が仲良く並んで走ってくるんですもの。

 いつの間に増えた? 大きさと色が違う。ブルーグリズリーか畜生ゥ!! ポンポン増えやがって、マトリョーシカかお前らは!!

「クッソ! このリュック邪魔!」

 しかし下ろすわけにはいかない。この中にはここで生き残るためのサバイバル道具が入っているはずなんだ。

 重さ的には、一〇〇キロかそれより少ないくらいだろう。何を詰め込んだらこんな重さになるか理解に苦しむが、ローズのことだ。きっと何かあると僕は信じている。

 しかしだ──。

「僕はいつまで逃げればいいんだろうか……」

「「「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」

 というより僕は生きてこの森から出ていけるのだろうか……。


    ***


 モンスター蔓延はびこるデンジャラスな森に投げ飛ばされたその日の夜。

 僕は、二〇メートルほどの木の上で体を休めていた。

 現在座っている枝はとても太く、リュックを背負っている僕の重さを支えることができるほどの強さを持っている。

 細い枝にはれた服を干しているので、僕の格好はパンツ一丁である。

 人は変態と僕をののしるかもしれない。でもこれには深い理由がある。

 ローズに森へ投げ飛ばされ、グランドグリズリーとブルーグリズリーから追いかけられること、三時間。一向にけない熊共に疑問を持った僕は、匂いで追われているという仮説を立てた。

 もしそうならば、この体の匂いを水で洗い流せばいいと考え、水辺のある場所を探した。一時間ほどで滝のようなものを見つけた僕は、勢いのまま飛び込んだ。

 その結果、熊は撒いたが服がびしょ濡れになってしまい、安全な場所で服を乾かすために高い木へ登ったところで現在に至る。

「暗いな……」

 日が落ちてから数刻、腹の空き具合から見て現在は八時から九時ぐらいだと見ていいだろう。周囲は真っ暗。頼れるのは元の世界の数倍は大きい月の光。夜行性のモンスターが活動しているのか、けたたましい鳴き声が聞こえてくる。

「チッ、火もつけられないな……」

 火をつけるとモンスターに気付かれるかもしれない。火を怖がって寄ってこない可能性もあるけど、あいにくリュックの中には携帯食料、ペットボトルくらいの大きさの革製の水筒、刃渡り二〇センチほどのナイフ、ペンに手帳しか入っていない。

 火をつけられる道具がない。それにまさか中身の大半が携帯食料とは──食料の心配がなくなるのは分かるけど、これは大丈夫なのか?

「いや、大丈夫じゃない」

 思わず独り言をつぶやいてしまう。

 これからどうすべきか。

 最終目標はグランドグリズリーの討伐。でもいくら身体能力に自信があっても、僕がその体を使いこなせない。

 格闘技の経験なんて皆無に等しいんだから。

 どうするか。

「今のところ使えるのは……」

 ナイフに、手帳に、ペン。

 そして濡れた服──とりあえず、乾ききっていないズボンを穿きナイフを腰に差す。

「敵を討つには、とにかく相手を知らないとな」

 まずは計画を立て、今いる場所を拠点にする。

 幸いこの場所の近くには川がある。寄生虫がいないか心配だけど、この際いないことを祈るしかない。煮沸したいところだけど火がないから我慢する。

さいさき悪いな。でも、絶対乗り越えて見せる」

 疲労した体に微弱な治癒魔法を巡らす。

 眠ってしまう前に腰からナイフを引き抜き、自分の乗っている木に刃を押し当て削るように切りつける。

「一日目終了」

 たった一人の僕の戦いが始まる。

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