第三話 過酷!! リングルの闇!! の巻 (1)

 ローズに救命団へ入れさせられてから、一ヶ月が過ぎた。

 その間に僕の体は大きな変化を遂げた。

 まず身体能力が格段に向上した。これは分かる。地獄の特訓の成果だ。

 走り込みから始まり、腕立て、腹筋など、段階的に各部を徹底的に鍛えた。いわゆる細マッチョというものだろうか。元の世界にいた時では考えられないような体の変化だ。

 ローズによると、体を徹底的に鍛えるのは戦場で敵からいち早く逃げるためとのこと。

 速く走ればそれだけ早く助けられる、訓練中のローズの口癖がまさにそれだった。

 救命団、そしてそこに所属する治癒魔法使いは傷ついた者、死にひんした者を救うことを目的としている。人を治せるのならば助けるのは当然だ、と言うだろうが、それを実行することはなかなか難しい。戦場に放置された怪我人を文字通り運んでいくのだ。それなりの度胸とそれに見合った実力がなければ意味がない。

 でも、僕に人を助けるなんてそんな大それたマネができるのか?

 カズキや先輩のように、この国を救う使命を背負った勇者のようなことを進んでしたいとは思わない。手伝いたいとは思うけど、どんな風に二人の助けになればいいか分からない。

 僕には、まだ覚悟が足りないのだ。

 いくら体が強くなっても、戦場に駆り出されるという現実に心が追いつかない。

「はぁ……」

 朝の訓練前、起きるたびにそう思ってしまう。

 目が覚めて、体を動かすたびに訓練の成果を実感し、そしてその都度、自分にはこの成果に見合う精神力があるのか、と疑問を感じてしまうのだ。

 我ながら女々しいな、と思いながら気つけ代わりにやや強く頬をたたく。

「悩んでも仕方ない。今日もいつも通りにやるだけだな」

 今日も昨日と変わらず訓練だ。

 目に見える成果が出て、最近はやる気に満ちあふれているんだ。

 よしッ、覚悟うんぬんは後で考えよう。悩んでばかりじゃできることもできないしね。

 ベッドから下りた僕は着替えを済ませ、自室の扉を開け放つ。

 さぁ、今日は何の訓練かな?


「外に出るぞ」

 はいっ、訓練じゃありませんでした。僕のやる気を返してください。

 ……思えば、この世界に来て知っている世界がこの救命団しかないという悲しい現実。

 召喚された当日にここへ拉致られたからね。

 目的は分からないが、とりあえずローズについていく。他の団員共は自主練という強制メニューに取り組んでいるのでついてこない。

 全く気の毒なものだ、ふはは。

「これを持て」

 ローズに渡されたのは、僕の身長くらいある大きいリュックサックのようなもの。

 ローズは何も語らずに宿舎から町の方に歩いていく。

 ん? どうしたトング。そんな死地へ赴く兵士を見るような顔して……なんでもないなら別にいいけど。

「どうした? 早く来い」

 城下町の入り口で僕を待っているローズ。

 なんか、嫌な予感がする。とてつもなく嫌な予感。

 でも、逆らっても面倒くさいことになりそうなので今は大人しく従っておこう。

 渡されたリュックサックを背負い、先に歩き出したローズの背中を追いかけて走り出す。

 彼女のすぐ後ろに追いつきそのまま歩いていると、周りの景色は木々の生い茂る林から活気のある町へと移り変わる。

 初めて訪れる城下町は、僕にとって新鮮なものだった。

 元の世界のように機械や科学は溢れていないが、小さい頃に見た市場と似たような店が並んでいる。

「リングル王国は商業が盛んな国でな。他の国から出稼ぎに来る者も多い」

「そうなんですか……あっ」

 トゲトゲの果物を売っている店で、きつねのような耳が生えた少女が挙動不審な動きで店番をしている。あれは、獣人というやつか。実際目の前にするとなんか感動する。

「あまり獣人をジロジロ見るな馬鹿。お前にとって珍しいのは分かるが、奴らにとっては不快なものだ」

「あー、すいません」

 確かに、見世物じゃないんだから、そういう目で見るのは失礼だな。

 獣人の少女から目をらそうとすると、不意に目が合った。僕の顔を無表情で見ている。

 これは──。

「……可愛かわいいは正義ですね」

「なに言ってんだ? お前は変質者か?」

 全然違います。だからいきなり後頭部を叩かないでください。

 そういえば今のところ獣人は、さっきの少女しか見ていないんだけど……。

「他の国から出稼ぎに来るんなら、もっと亜人や獣人がいてもいいと思うんですけど?」

「……この国に亜人が入るのは比較的簡単だ。ロイド様は心の優しい方だからな。だがその道中に問題がある。盗賊、人さらい、殺し屋、クズみてえな連中がつけ狙っているのさ。亜人、特に獣人の中には貴重な能力持ちがいるからな。それに見た目も相まって奴隷として高く売れる」

「奴隷……」

「もちろんこの国では奴隷制度なぞ設けちゃいないが、やってるところはやってんだよ。理解したか?」

「まあ、一応……」

 理解はしたけど納得はしていない。奴隷制度なんて、パンピーな僕には決して理解できるものじゃないもんね。

 そういえばこの前、世界地図を見てみたが、獣人の国はリングル王国から遠い場所にある。

「ここに来るのも、彼らにとっては命懸けってことですか」

「そうだな……次の場所へ行くぞ」

 相変わらず、ローズがどこに行きたいか理解し切れない。

 僕は、後ろ髪を引かれるように狐の獣人の方を振り返る。彼女は僕の方を見ていた。僕から少しも視線を逸らさずに……。

 少し不気味だ。早く行こう。


 その後、僕は一度も振り返らずローズの後をついていった。

 きょろきょろと周りの景色に意識を向け、どこに向かっているのかなぁ、と思いながら歩いていると町を抜けた場所にある大きな扉の前に到着した。

 あれーこの先にも町があるのかー。すごいなー二重構造かー。

 ……違うよねこれ。外に出るって王国の外かよ!!

 扉の前で見張っている衛兵にローズが話しかける。

 この一ヶ月で気付いたことがある。

 ローズは誰かと話すときは必ずガンを飛ばす癖がある。

 今まさに門番の人ビビッてるもん。

「おう、久しぶりだなトーマス」

「ロ、ローズさん、きょっ今日はどんなご用件で!?」

「今日は、部下に外を見せようかと思ってなァ」

 これは訳すと「扉開けろ」と言っているようなものだ。

 さすがローズ、いるだけで門番の人をビビらせてくれる。

「い、今開けます!!」

「おう」

「ローズさん、アンタやり口が完全にチンピラなんすけど。あっ、やっぱりなんでもないです」

 一ヶ月も一緒にいたら、どのくらいでキレるのかおのずと分かる。

 目から光るものをこぼしながら門番さんが扉を開ける。

 哀愁漂う門番さんの姿を見て哀れに思った僕は、去り際に頭を下げておいた。

 門を出て歩き出した僕とローズ。

「ローズさん、今からどこに向かうんですか?」

「魔物のいる森だ」

「は?」

「ここから大体三、四時間くらいの場所にあるな」

 すいません。僕、あなたの言ってることが分からない。

 えっ、この大荷物ってまさか野営セット!? 僕にモンスターのはいかいする森で過ごせというのか、この鬼畜オーガは!?

 キョドる僕を完全無視したローズは、ズンズンと歩いていく。

 いや、待て。まだサバイバル生活しろとは言われていない。

 希望を捨てるな僕。

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