第二話 地獄の始まり!! の巻 (3)

「なかなかいい感じに私好みになってきてんじゃねえか。これなら思ったより早くあそこへ連れていけるな。ん? お前らは……」

 私好み……だと? もしや自分色に染め上げるためにこのような仕打ちをしているというのか。

 ファンタジーというより、格闘映画の修行のワンシーンのような場面に遭遇し困惑する。

 カズキ君は目をこすり、この光景を夢だと思っているようだ。無理もない。普通の少年に見えたウサト君が、ギラギラと目を怒らせながら腕立て伏せをしているのだ。現実逃避したくなるのはしょうがないことだろう。

 だが、軍団長のシグルスは怒りの表情を浮かべ、ローズの元に歩み寄る。

「よお、シグルスのオッサン。どうした、こんな場所に勇者様と姫様連れてよォ」

「貴様は、何をやっている」

「あ?」

「何をやっているか訊いておるのだ!! このような未来ある若者を壊すようなマネをしおって!!」

 ローズの胸倉をつかみあげるシグルス。

 シグルスが怒る気持ちは分からないでもない。彼女がウサト君に対して行っている所業は訓練と呼べるほど生易しいものではなく、むしろ苦行に近い。

 胸倉を掴みあげられたローズは、先ほどの笑みをひそめ無表情にシグルスの腕を掴む。その握力でシグルスのがメキメキと音を立ててゆがむ。

 シグルスはひしゃげていく籠手に目もくれず、ローズの襟から手を離さない。

「離せよ。アンタの騎士道精神は立派なモンだが、それを私に押し付けないでくれるかな。私には私のやり方があるんだからさ……それにこいつは私の右腕にする男だ。これぐらい軽くこなしてもらわなきゃ困る」

「右腕……だと?」

「そうさ、こいつはとんだ拾いモンだ。負けず嫌いなところがいい、屈服しないところがなおいい。それに加え私の訓練についてこれるというお墨付きだ」

 私は、ローズの目を見て思わず後ずさる。

 彼女の目は、どこか別の場所を見ていたからだ。

 こちらを見ているはずなのに、こちらを見ていない。そんな矛盾をはらんだ目をしている。

「異常者め! 王に貴様を軍に戻すよう命じられたが、その様子では無理なようだな!!」

「ははッ! 右目が開かねえから、どっちにしろ無理だよ」

たわごとを!」

 自らの開かない右目を指差し、そう言い放つローズ。

 彼女は右目に刻まれた傷を建前にして軍に戻ることを拒否しているのだろうか? ロイド王やウェルシーの話を聞く限りでは、目の傷なんて関係ないくらい有能な人と思えるのだけど。

 ふんっ、と鼻を鳴らし私達のところへ戻ってきたシグルスは、心配そうに見守っていたセリアに近づく。

「セリア様、少しこの場から離れます。カズキ様から離れませぬように」

「え? ええ……」

「落ち着いたらすぐに戻ります」

 そうセリアに言い放ち、林の中へ消えていくシグルス。

 彼自身、これ以上ここにいたらローズとケンカに発展することを理解していることからの配慮だろう。

「さあ、シグルスはどっか行ったことだし……勇者と姫様はこれに話があるんですか?」

「これじゃねえし。おい、どういうことですか? 僕を右腕に? やったー右腕になったあかつきには僕の右パンチをローズさんにプレゼントしますよ。ささっ、右腕欲しいなら喜んで顔を差し出してください!!」

「その前に私がプレゼントしてやるよ……っといきたいところだが、せっかく勇者様方が来たんだ、話したいこともあるだろう。昼も兼ねて休憩だ」

 ウサト君に対し右拳を構えたローズ。しかし私達の方を見て気が変わったとばかりに拳を下ろすと、宿舎の方に歩いていく。


 その後ろ姿を見届けながら、背中の重りを地面に下ろし背伸びするウサト君の元に近づく。

「大丈夫?」

「大丈夫ですけど……そちらの方は?」

 私達と共に来たセリアの方を向いて疑問の声を上げるウサト君。

「私はセリア・ブルーガスト・リングルと申します。セリアと呼んでください、ウサト様」

「う、ウサト様……それに王様の……?」

「はい、娘です」

 王様の娘と聞いて、若干パニックになるウサト君。女性にそう呼ばれることに慣れていないのだろうか。カズキ君も最初は戸惑っていたしね。

 普通に接してください、とセリアが言うと、ウサト君も渋々頷く。

「そういえば、カズキ達の訓練はどんな感じ? 二人とも、強くなったのはなんとなく分かるけど」

「「……」」

「どうして無言になるの?」

 言えない。自分達はウサト君のやっているような過酷な訓練ではないことを……。いや生易しくはないのだけどね?

 実際、私達が行っている訓練は体を壊さないように配慮され、なおかつ効率よく戦闘力を高めることができるよう綿密に編み込まれたものだが、ウサト君の訓練は違う。体の無理を考えない、限界すら超えた危険なものだ。

 先ほどの常軌を逸したトレーニングや噂の内容からして、三週間、その訓練を行っていたと考えられる。

 体格はあまり変化していないように見えるが、彼の体はこの三週間で常識では考えられないほどの進化を遂げたことを私は見抜いていた。

 見たい……私は思わず彼のシャツに手をかける。

「少しいいかな、ウサト君」

「え? どうしたんですか犬上先輩……っておおう!?」

 ウサト君の着ていた服をまくる。

 その光景を見ていたセリアの頬に朱が差す。

 なるほど、過度な訓練による筋肉の損傷を治癒魔法で無理やり治癒した結果が、この密度の高い筋肉ということか。持久力もさることながら、尋常じゃない力を引き出すことができるだろう。人の枠を超えるほどに……。

「見違えたよ、ウサト君。すごい筋肉だね!」

「なんか犬上先輩、興奮してませんか?」

「いやいや、この短い期間でこれほどまでに仕上げてくるとは、感服したよ」

 本当にここまでよくいじめ抜いたものだ。

「カズキ様、スズネ様はどうしてしまったのですか?」

「ごめんセリア、俺にも分からない」

 離れない私に業を煮やしたのか、無理やり両腕で私を引きがすウサト君。

 少し残念だが、ここはひとまず引いておこう。

「はぁ、でも二人が元気そうで良かったよ」

「ウサトは……元気そうだな」

「ははは、最近それだけが取り柄みたいになったからね」

 疲れた様子を見せずに快活に笑うウサト君。

 その笑顔にカズキ君はホッと安心するように息を吐いた。

「俺達の心配もゆうだったようだな」

「心配? ……まあいいか。今度は僕の方からそっちに行くよ。城の訓練も見てみたいし」

 城の方を見ながら遠い目をしたウサト君に、セリアは小声で「なんて、お方」と戦慄している。

 騎士の訓練のレベルが救命団の訓練量と同じだと思っているだろうウサト君に、あまり城の訓練は見せたくないのだろう。恐らく騎士の士気が下がる。

「ウサトのやっている訓練は、いつもさっきみたいなやつなのか?」

 カズキ君が、やや遠慮気味にそう訊くと、彼は困ったように頭をいた。

「うん。今日はまだ優しい方なんだけどね」

「あれで優しい方なんだ……」

 すさまじいな。

 でも、精神的にはどうなのだろうか。

 彼は私達に巻き込まれてやって来てしまった無関係な一般人だ。そんな彼が、ほぼ無理やり救命団という場所に放り込まれてつらくて苦しい訓練をしなくてはいけないことに何も思わないのか。

「ウサトは、辛くないのか?」

「え?」

 私と同じことを思っていたのか、カズキ君がそんなことを訊いた。彼の言葉にきょとんとするウサト君だが、数秒ほど考える素振りを見せるとすぐに答えを返してくれた。

「無茶苦茶辛いね。最初の頃なんて何度も逃げ出したいと思った」

「今は違うのか?」

 カズキ君の言葉に頷くと、彼は右のてのひらを私達に見せるように掲げた。

 すると、彼の右手かられいな緑色の魔力が放出される。

「相変わらず団長は怖いけど、逃げ出したいとは思わなくなったよ。この治癒魔法のおかげで酷い目にあったけど、今は辛かった訓練もちょっとは楽しいと思えるようになった。それに、ここでの生活もそれほど悪くないしね」

 ちょっと騒がしすぎるけどね、と苦笑しながらそう言った彼の言葉に私は感心してしまった。

「すごいな、君は……。もう自分の居場所を見つけている」

「すごくなんてないですよ。僕はただ、犬上先輩とカズキの足手まといにならないように必死だっただけですよ」

「足手纏いだなんて、俺達はそんなこと絶対に思わないぞ」

 心外だとばかりにカズキ君がウサト君の言葉を否定する。

 私も彼を足手纏いだなんて思っていない。

 でも、巻き込まれてしまった彼からすれば、そう思ってしまうのもしょうがないのかもしれない。

 そう思っていた私だが、カズキ君の言葉に苦笑するウサト君を見て、少し驚く。

「違うよ。これは僕の意地みたいなものだ。二人が勇者として魔王軍と戦わなくちゃいけないのに、僕だけのうのうとしてられないからね」

「でも、ウサトが魔王軍と戦う必要は……」

「もちろん、戦う覚悟も何もできてるはずないよ。でも、じっとしてられないんだよ。何かしなくちゃ頑張っているカズキ達に申し訳ない」

 意地か、なるほど。それでは私達にはどうすることもできない。なにせ彼が自分で決めてやろうとしていることだ。それを変えさせることは誰にもできない。

「それじゃあ、私がピンチの時は助けてね、ウサト君」

「いや、あの……いきなりそんな普通の女の子らしいことを言われても……」

「普通の女の子だよ!? 君は私をなんだと思っているんだい!?」

「確かにスズネ様は普通の女の子とは言いがたいですね……」

 セリア、君まで……。

 カズキ君に至ってはウサト君と一緒に笑っている始末。

 あれ、結構いい話の流れだったよね。なんで私がもてあそばれている流れになるのだろうか。


 その後も軽い雑談を交わしていると、林の方から一人の大男が片手に弁当箱のようなものを持ってやって来た。

「おぉい、ウサト! 優しいオレ様がテメェの弁当持ってきてやったぞ!!」

 この時、私はウサト君の額にビキリと血管が浮くのを見た。

 ウサト君は温厚な人物だと思っていたが、彼がこんな鬼のような形相をするなんて、一瞬悪い夢かと思った。

 だが現実はあまりにも非情だった。

 ウサト君が背の高い男に向かって暴言を吐いたからだ。

「どの面下げて僕の弁当持ってんだぼう!! その足りねえ脳みそで一週間前のことを思い出せやコラァ!!」

「あぁん!! 何言ってるか分かんねーなァ!! もっと馬鹿なオレにも分かる言葉で言って見ろよボケがッ!!」

「これ以上分かりやすくすると赤ちゃん言葉になるぞ!! あっ、そっかぁ!! トング君は頭に脳じゃなくて綿が詰まってるんだったね!!」

「てめっ……ッいつまでもネチネチとッ、ガキかよ!!」

「そのガキの飯を勝手に食った奴に言われたくないわ!!」

 一気に距離を詰めたウサト君が、背の高いいかつい男にとび蹴りを放った。

 それを危なげなくかわした男は、口の端を震わせ彼をにらみつける。

「ッぶねぇな!! 当たったらどうすんだよ!! 上等だ……姉御が来る前にテメェをボコボコにしてやる……ッ」

「ハッ、やれるもんならやってみろや!!」

 そのまま取っ組み合いを始めるウサト君とこわもての男をぼうぜんと見ていると、隣のカズキ君が困惑しながらも、ははは、と嬉しそうな笑い声を上げる。

「あれが、ウサトの日常なんですね」

「そうだね。彼はここで頑張っている」

 無用な心配だったな。

 彼はたくましすぎるほどにこの世界を生きている。むしろ、私達以上にこの世界に馴染んでいるのかもしれない。

 少しヒャッハーすぎるかもしれないけどね。

「なんか俺もじっとしていられない。城に戻って訓練してきます!!」

「あ、お待ちくださいカズキ様!!」

 ウサト君と話をして居ても立ってもいられなくなったのか、城へ向かって駆け出すカズキ君。その後ろをセリアが追いかける。

 二人の背中を見送った私はもう一度、ウサト君の方に顔を向ける。


 私とカズキ君が勇者として召喚されたこと、そして君が巻き込まれて治癒魔法使いとして目覚めたことには、何かしらの意味があると思う。君はただの偶然だろと言うかもしれないが。

「一緒に頑張ろう、ウサト君」

 取っ組み合いをしているウサト君を見て、私はそんなことを呟くのだった。

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