力が欲しいか……? なあ、力が欲しいか……?

いのけん

力が欲しいか……? なあ、力が欲しいか……?

「力が欲しいか……?」

 まどろみの中、どこかから声が聞こえてくる。「力」も「欲しい」も普通に使う言葉ではあるが、あまり日常で組み合わせて使うものではない。夢だろうか。


「なあ、力が欲しいか……?」

 再び聞こえてくる。これは俺に向けて掛けられた言葉なのだろうか。まだ目を閉じているため判別できない。


「力が欲しいか……? 力が欲しいよな……? 力が欲しいだろ……?」

 まだ聞こえてくる。さすがに俺に向けて掛けられている言葉のようだ。仕方なく目を開く。


 目を開くと、そこには白髪の老人が佇んでいた。白いローブのようなものを着て、大きな杖を持っている。

「力が欲しいか……?」

 まだ言ってくる。今度は、俺の目をハッキリ見て言ってくる。完全に、俺に向けて言っている。大きな溜息をつき、仕方なく身体を起こして、老人の方を見て口を開く。

「……何?」


 老人は答えた。

「力が欲しいか……?」


 スパアン!!!!!


 老人の禿げた頭を思いっきり引っ叩いた。乾いた音が周囲に響く。


「力が……欲しいか……?」

「うるせえええええ!!!!!!! お前それしか言えねえのか!!?? 微妙にニュアンスを変えてもこっちに何も伝わらねえんだよ! ジジイよお、お前今何時か分かるか?」

 老人は壁掛け時計の方へチラリと目をやり、右手で4本の指を立ててこちらへ向ける。

「そうだよ、4時だよ! 午前4時! 夜ふかしする人もさすがにもう寝てて、早起きする人もさすがにまだ起きてない、日本中ほぼ全員が寝てる時間なんだよ! 今起きてるのはな、コンビニの店員と漁師だけなんだよ!」

 老人はすぐに顔と右手を横に振る。

「うるせえ!!!」

 スパアン!!!

 再び頭を引っ叩く。良い音がするものだ。


「いやいやさすがに他にも居るでしょ、じゃねえんだよ! 時間の問題だけじゃねえんだよ! お前は何者なんだよ!! いや、言うな、当ててやる。神様だろ。本物なわきゃないけど自称・神様だって言うんだろ?」

 老人はそれを聞いて、佇まいを正してから、意図的に少し低い声で威厳を出した感じで答える。

「そうだ、私は神だ。」

「うるせえ!!」

 スパアン!!


「神だろうが何だろうが関係ねえ! 午前4時に起こすんじゃねえよ!! 午前4時に人を起こすことというのはな、神にも天使にも悪魔にも許されることじゃねえんだよ!!! 覚えとけ! それが唯一許されるのはな……、淫魔(サキュバス)だけなんだよ!!!!!」

 老人はたじろいでいる。

「……チッ、目が醒めてきちまったから話をしてやるよ。おいジジイ、神ってのが職業なのか肩書きなのか知らねえけどよ、貴様は何者なんだよ! 何様なんだよ! 用事があるならまずお前が名を名乗れ! 神って何だよそれ、名字なのか? じゃあ下の名前は宗一郎か!? 神宗一郎か!!?」

 老人は言葉に応えてバスケの3ポイントシュートのフォームをする。

「おいおい、ジジイに『SLAM DUNK』が伝わるのかよ! ただの神漫画じゃなくて、神も読んでるから神漫画なのかよ!」

 老人はうんうんと大きく頷く。

「で、何なんだよ、用事は!」

 老人は「おっ、来た来た」という感じで、軽く息を吸って、満を持してという様子で口を開く。

「力が欲しいか……?」

 スパアン!!


「それだよ! 圧倒的に言葉が足りてねえんだよ! 何も伝わってこねえんだよ! なんだよ『力』って! 具体的な説明をしろよ!」

「力……」

「なんだそれ、お前の鳴き声なのか!? ちょっとショボくれてるんじゃねえよ! 今まで誰かに『力』を与えたことねえのか? お前神様のくせに初めてか? 今までみんなに『力が欲しいか……?』とだけ言ってきたのか? それで『欲しい!』って奴ばかりだったのか?(老人は顔を横に振る) そんなわけないだろ!?(老人は頷く) 『力』の詳細を! 効果・効能を! メリット・デメリットを! 具体的に! 説明! しろ!」

 目の前にあるテーブルをバンバンと叩きながら問い詰めると、老人は少し困った表情になった。

「力とは……『異能』だ……。」

「言い方少し変えただけじゃねえかよ! だから! どんな! 異能だよ!」

 言葉を選んでいるのか探しているのか、老人はやはり困った表情をしている。


「……ジジイお前さ、ここどこだか分かるか?」

 老人はゆっくりと周囲を見回し、答えを探している。

「…………………………………雀荘?」

「そうだよ、雀荘だよ!」

 老人は少しだけ嬉しそうな表情になった。

「力が欲しいか……?」

 スパアン!!!

「正解したからいいのかな、じゃねえんだよ! だから何の力だよ! 雀荘で何の説明も無しにそういう話をするってことは、麻雀関連の力なのか?」

 老人は大きくかぶりを振る。

「違うんだろ? じゃあやっぱり説明をしろよ! そもそも、何で俺なんだよ?」

 老人は困った表情になる。言えないこともあるのだろうか。


「……おいジジイ、俺が何歳かは分かるか?」

 今度は老人は大きく頷く。

「45歳……。」

「そうだよ、45歳だよ! 普通こういうのって、未来ある若者の所に行くもんじゃないのか? なんで俺なんだよ!?」

 老人は両腕の肘を腹に付けて両掌を上へ向けたポーズをとる。

 スパアン!!!

「さあね、じゃねえんだよ! 神様なら知っとけよ! 俺は15歳とか25歳じゃなくて45歳なんだよ。どんな力なのか知らねえけどよ、今からそれを使って人生を変えるには少し遅いんじゃねえか?」

 老人は顔と右手を横に振る。

「いやいやそんなことないですよ、じゃねえんだよ! 人生の折り返し点はもう過ぎてるんだよ! 南入してるんだよ!」

 老人はニヤリと笑って両手の人差し指をこちらへ向ける。

 スパアン!!!

「うまいこと言うじゃん、じゃねえんだよ! 我ながらしょうもねえんだよ! まぁ百歩譲って、人生に悔いがあるタイプの老い先短い老人の所にこの手の輩が現れるパターンもあるかもしれねえよ。でもな、俺はまだその力とやらで自分の願いを叶えようみたいなことはしたくねえんだよ! 他力でもいいから人生を変えたいってほど自分の人生を諦めてはねえんだよ! まだ自分の力で未来を切り開いてやりてえと思ってるんだよ!」

 老人は口を縦に開いて両手をパチパチと軽くぶつける。

 スパアン!!!!!

「お~~~、じゃねえんだよ!! 舐めてんのか!? そうだよ、自分でももう無理だって分かってるんだよ! 平日の午前4時に! 雀荘のソファで寝てる! 俺のような45歳のショボくれたオッサンがよ!! 今から自力で人生を良い方に変えられるだなんて思っちゃいねえよ! でもな、ちょっと見栄を張りたかったんだよ!!!!! 畜生~~~~~!!!!!!」


 俺の魂の叫びが雀荘に響いた……。かと思ったが、どういう理屈か分からないが俺と老人のやり取りはどうやら麻雀を打ってる奴らには届いていないらしいことに今頃気が付いた。一呼吸置いてから、老人は俺の肩を優しく叩く。

「……デメリットとか無いよな? 後から魂や寿命を奪われたりしないよな?」

 老人は大きく頷く。

「ああもう分かったよ、『力』とやらを貰ってやるよ! くれるっつーもんは病気以外なら何でももらうかんな!」

 老人は再び大きく頷く。

「で、力って何だよ! どんな異能なんだよ! 世界を統べることのできる力なのか!? あらゆる物事を思い通りに操れる異能なのか!?」

 老人は右腰のあたりで両手の手首を合わせてから、開いた両掌を俺に向けて放ってきた。要するにかめはめ波的な動きだ。


「……………??? これで『力』が備わったのか?」

 すると、老人は右手の人差し指と中指を額に当てて強く念じるポーズをとり、左手でそれをこちらへ促す。これをやってみろってことか。同じポーズをとり、額に力を集中させる。

「こうやるのか?」

 老人は大きく頷く。同じ動作をすると、耳からではなく直接脳の中へ声が響いてきた。

「(お主に授けた異能とは、念じた相手の心を読み取る力、すなわち『テレパシー』じゃ……。)」


「おい、オッサン!!! 仮眠から起きてるならここの代走に入ってくれよ! 膀胱が限界なんだわ!」

 まだ老人との話の途中なのだが、老人自体も老人とのやり取りも伝わっていないらしい奥で麻雀を打っている知人の卓から呼びつけられた。仕方ない移動して、すぐ卓に座る。対面の親からリーチが掛かっている。

「無理はしなくていいからな。」

 そう言ってトイレへ駆け込んで行った。代わった席の手牌を開く。


 手牌【四五六④⑥⑧222(5)中中中】


 ちなみに、【】でくくって表記した内側は麻雀牌の種別を示しており、漢数字は萬子、丸数字は筒子、全角数字は索子、字牌はそのまま、()でくくっているのは赤ドラだ。

 ドラ表示牌は【4】で、リーチの安全牌は【中】しかない。4枚使いのスジでドラの赤五索【(5)】が手牌の中で浮いており、具体的な情報を伝えると他家の差し支えるため言葉を選んだが、つまりは「【中】を切ってベタオリしてていいぞ」ということだろう。そんなことを思っていたら、ツモ【⑧】でテンパイした。


 手牌【四五六④⑥⑧222(5)中中中】 ツモ【⑧】


 何も考えずに【中】を河に3枚並べてればいいのだろうが……。

 俺は右手の人差し指と中指を額に当てて強く念じる。


「(くっくっく、【一二三①②③1234555】で高目三色ドラ3、【1436】の4面待ち……これは勝ったな……)」

 なんということだ、待ちも形も分かってしまう。遠慮なく、打【(5)】でテンパイに受ける。次巡、これはたまたまだが、僥倖のツモが訪れる。


 手牌【四五六④⑥⑧⑧222中中中】 ツモ【(⑤)】


「ツモ! 1300-2600!」


 俺は後ろを振り返って言った。

「麻雀にも使えるじゃねーか!!」

 老人はニヤリと笑って両手の人差し指をこちらへ向けた。


「「どうも、ありがとうございました!!!」」

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力が欲しいか……? なあ、力が欲しいか……? いのけん @inoken0315

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