君は珈琲が飲めない

靴下

君は珈琲が飲めない

今年のカレンダーも残り二枚になった頃、昼のニュースのお天気キャスターがよく通る声で全国的に肌寒いなんて言うから、クローゼットの奥にあったトレンチコートを引っ張り出す。

歯を磨きながら財布を探していると、滑舌の悪いリポーターがどっかの紅葉こうようを大袈裟なリアクションで紹介していた。

テレビの電源を切って家を出る。絵に描いたような秋晴れが僕の頭上に広がっていた。


電車を降りて目の前の階段を下る。久しく降りていない駅でも階段に1番近い降車ドアは覚えているものなんだなと少し驚く。

改札口を出て少し左にある丸い大きな柱、ここが彼女との待ち合わせ場所だった。


電光掲示板を覗く。彼女の最寄り駅は各停しか止まらないから大体どの電車に乗ってくるかが分かる。彼女はいつも5分くらい遅れてくるのだ。

「おまたせ」

そう思っていたから少し下から聞こえたその声に

驚きを隠せなかった。

「今日は遅れてこないんだね」

「私これでももう社会人だよ?」

まったくもう、と頬を膨らませる彼女は赤い口紅をしている。

「いつものとこで大丈夫?」

「いいよ」

"いつものとこ"というのは、駅の改札から大体3分くらい歩いたところにある駅前のスターバックスコーヒーのことだ。


少し前を歩く彼女が嬉しそうにピスタチオグリーンのワンピースをなびかせる。


「メニュー表いる?」

レジに並んで彼女にメニュー表を渡す。

「大丈夫、もう決まった」

「珍しいね」

なんて話をしていたらあっという間に「次のお客様ー」とレジに通される。

「僕はスターバックスラテで」

「あ、私もそれで」

会計を済ませてコーヒーの受け取り口に並ぶ。コーヒーを受け取ると窓際のカウンター席の奥から二番目と三番目に並んで座った。

この席は向かいの大通りのイチョウ並木が良く見えるからと、彼女は昔からここが好きだった。


トールサイズのコーヒーを両手で大事そうに持って少しずつ飲んでいる。

「あったまるね」なんて言う君の笑顔が妙に大人びていて、履き潰したかかとが居心地悪そうに僕を見つめる。


ああ、いつから変わってしまったのだろうか。


口紅はカップのふちに着くからやだなんて言っていた君は、

ショーウィンドウに並んだワンピースを見て「私はまだ着れないや」とよれたロンTを着ていた君は、

バラエティ番組を見ながらゲラゲラ笑っていた君は、

いつもメニューが決まらなくて店員を困らせていた君は、

「そんな苦いのよく飲めるよね」といつも僕の手元を睨んでいた君は、

もういないのだろうか。


分かっている。きっと何もかもがそうやって変わっていく。


ただ、わすれもののように僕の中に残る君は、今も珈琲が飲めないまま。───

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君は珈琲が飲めない 靴下 @ku_tsu_shi_ta

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