必ず、見つけるから!

黒銘菓(クロメイカ/kuromeika)

第1話


 (見つけた!アイツだ!)

 生きた人間が何十年と足を踏み入れていない、忘れられた雑木林の中を全力で駆ける。

 昼だというのに木々が太陽を遮って夜中の様に先が見えない。藪で足元がロクに見えずに何度も足元を掬われ転びそうになる。ジーンズ越しに枝や葉が切り付けて来る。木々が複雑に生えてゆく手を阻む。 が、何とかソレに堪えて全速力で走る。



 ここで止まる訳にはいかない。

 (決して足を止めてはいけない。視線を逸らすな。手を伸ばせ!)

 目の前の暗がりに影が一つ。

 雑木林の暗がりに影と言うのも中々変な表現だが、実際そうだから仕方が無い。

 夜中の様な暗さの中に、ぼうっと浮き上がる様に影が一つ。

 それは、姿隠しのまじないで見えない筈のこちらの全力疾走を知った上で嘲るように、雑木林の奥へ奥へと進んでいく。

 暗さでよろめく事も無く、藪に足を取られる事も無く、木々に行く手を邪魔される事も無く、静かに、枝を折ることなく、葉の一枚を地面に落とす事も無く、通った跡さえ残さずに奥へ奥へと…………。

 そう、影は『影』だが『人影』では無かった。



 祓い屋、拝み屋、陰陽師、呪術師……………………………呼び方は色々だが、僕のやっている事の本質としてはこの世ならざるものとこちらのアレコレにちょっかいを出す…と言ったところだ。

 そんな僕の耳に最近こんな情報が齎された。

 『かくれんぼをしていた共通点の有る子供が消えている』というものだ。

 警察が血眼で探したにもかかわらず、何時居なくなったか解らない。手掛かりさえ見つからない。そんな事件が今月だけで6件。

 誰に頼まれた訳でもなかったけど、何となく予感がしたので事件の会った場所の1つにに足を運んでみた。

 不審者の目撃情報、食料品の盗難、若者達の深夜の大騒ぎ、何処からともなく聞こえる子供の泣き声、殴り合いの喧嘩……………。

 そんな些細な情報を調べている内に、子供の足取りが途絶えた場所近くまで来た。

 ビンゴだった。

 子供が消えたとおぼしき場所近辺に、明らかに強い化生の居た気配があった。

 その残滓を追いかけて近くの名も知れぬ山に入ってみると……奴が居た。

 戦う意志こそ無さそうだが、強いのが解った。

 様子見のつもりだったが、子供が消えて3日は経っている。追いかけるしかないと思った。



 そうして、現在。

 雑木林に引っ掻き回されてメチャメチャになりながら山奥の小屋の前に僕は来ていた。

 辺りには、さっきの奴から漂っていた強い気配が濃く立ち込めていた。

 そして、明らかに生きた人間の強い気配がそこにはあった。



 (手持ちの呪符は7枚、式神は0。化生相手の武器は無し、有るのはとっておきの封印瓢箪1つ………参ったな、もっと用意しておくんだった……)

 封印瓢箪。力の有るものを吸い込み、それを使役する化生に作り変える呪具。

 時間さえ稼げれば、これで一発。しかし、7枚の呪符の足止めでどうにかなるかが問題だった。

 (助けは見込めない。時間が惜しい。)

 呪符を手に、栓を抜いた瓢箪を腰に、小屋のドアに近付いて………



 『照らせ!』



 ドアを開けると同時に手の呪符が1枚、小屋の中に先行して中を眩く照らす。

 光に怯む影が1つ、横たわって動かない影が1つ。

 「オマエ……クソ、祓イ屋ダ!」

 怯みながら影がそんな事を言っている間に…

 『縛れ!』

 今度は呪符を三枚投げつける。

 「ナ…コノ程度!」

 怯んだ影に向かったそれは旋回する様に飛び回り、火花を散らしながら影を捉える。

 必死に影が抵抗している。持って数秒。が、その数秒が問題だった。

 『此岸より彼岸に申し上げる 昼より夜へ 日向より影へ 陰より陽へ あるべきものはあるべき場所へ』

 火花が更に激しく飛び散り、その中の影が抵抗する。

 「ナラン、ナランゾ、貴様ニハワタサンゾ!」

 呪符が影の抵抗で今にも燃え尽きそうだが、もう遅い。

 『封印』

 その言葉と共に火花が急に消え、影が居た場所には小さな黒曜石が一つだけ、落ちていた。

 封印は成功したらしい。

 さて……

 「大丈夫かい君?」

 子供に駆け寄り肩を叩く。呼吸は有る。血色も悪くない。身体も温かい。大丈夫そうだが、さっきの目くらましでも起きなかったところを見ると、本来は相当衰弱している筈だ。

 「お兄さん?」

 ゆっくりと目を開けて焦点が半分あっていない眼でこちらを見た。

 「良かった!生きてたんだね!」

 思わず抱きしめる。

 「かくれんぼは……終わり?」

 「あの影は僕が退治した。もう影とのかくれんぼは御仕舞だ。」

 さぁ、直ぐにここを離れないと……。

 そうして腰のものを手に取ろうとして……

 「お兄さん…………甘イゾ、払イ人」

 子供がいきなり両の腕で僕の首をむんずと掴んだ。

 頭が揺れ、体が地面から浮き上がる。

 腕を叩いて止めさせようとするも、子どもの腕は微動だにしない。

 あの体格で大人を締め上げるなんてどう考えても人間業じゃない。

 「一人祓エバオ仕舞。トハ限ラン。憶エテオケ。」

 爪を突き立て腕を解こうとしているのに、ビクともしない。

 「サテ、オ前ハ邪魔ダ。失セロ。」

 マズイ……落ちる……………

 身体から力が抜けようとする寸前、引っ掻いていた手が腰のモノに触れた。

 相手は幸いにもそれに気付いていない。

 一か八か、勝ちの目が無いよりはマシだ。

 『大喰らい 底無し 悪食 飢餓の瓢箪刮目しろ お前の前には御馳走一つ さぁさぁ呑み込めひとつ残らず平らげろ』

 瓢箪がカタカタと音を立て、から巨大などす黒い霧を吐き出した。

 それは辺りに立ち込めたかと思えば直ぐに渦巻き収縮し、怪物のあぎととなって子どもに化けた奴に喰らい付く。

 「グッ!」

 襲われた奴は怯んで僕から手を離した。

 その隙に距離を取り、瓢箪を高く掲げた。

 『影なるものを 呑め』

 怪物の顎が獲物を捕らえたまま瓢箪に吸い込まれていく。

 「オノレ、オノレ………オノレェェェェ!!」

 それを最後の言葉に、瓢箪が全てを吸い込んで消えた。

 (三匹目は居ないか……さてと。)

 気配はあった。

 しかし、小屋の中に子供の姿は見えない。

 (と言うことは……)

 草木の汁と土の所為で緑と茶色に染まった靴で足元の床を小突く。

 (音が異様に響く……矢張り、床下に空洞が在るな……………。)

 あると思えば直ぐに見つかるものだ。

 放置され、掃除もされず、積もりに積もった厚い埃の下から床下収納の入り口が出てきた。

 大人2人が余裕で入れるその場所に、ビニールごみやペットボトルに囲まれて、横たわっていた。

 「見つけた。君、大丈夫かい?」

 今度こそ人間であることを確認して、床下へ手を伸ばす。

 「ん……?ん?」

 眠っていたのか、僕の声で目を覚ましてゆっくりと体を起こす。

 治りかけの瘡蓋かさぶたや薄くなった青アザの痕はあるものの、血色は良く、健康そのもの。

 生きていて良かった。

 「お兄さん……黒い人達の、友達……?」

  半ば寝惚けた状態でそんなことを呟く子供。

 「………あぁ、彼等は少し用事があるということで出掛けたんだ。で、友人の僕が頼まれたのさ。」

 「そう……2人とはまた会える?また遊べる?二人はお母さんとお父さんに怒られない?」

 少し泣きそうな、怯えた子供の顔、辺りに広がった食品の包装と空のペットボトル。

 この辺りで食料品が盗まれていた事実と子供の泣き声の事を思い出した。

 そして、彼の怪我を見て、点と点が繋がった。

 どうやら、この子供は彼等に助けられていたらしい。

 どうやら僕は惜しい事をしてしまったらしい……。

 「………大丈夫、お母さんとお父さんが君に怒る事なんて無いよ。安心してほしい。

 2人にだって直ぐに会える。約束しよう。」

 子供の目を見て真っ直ぐ答える。

 「本当?………本当!?」

 対して子供は目を輝かせ、真剣そのものの目をこちらに向ける。

 「あぁ、勿論だ。この通り……」

 瓢箪を子供の前に置いて呪文を唱える。

 『大喰らい 底無し 悪食 飢餓の瓢箪刮目しろ お前の前には御馳走一つ さぁさぁ呑み込めひとつ残らず平らげろ』

 瓢箪の内から靄が現れ、禍々しい顎の形を成し、そして、子供の喉笛に喰らい付いた。

 「ゥッ、グッ……」

 苦悶の表情と抵抗を見せるが、それが状況を好転させることはない。

 「……ナニ こ、れ  ?」

 涙を浮かべながらこちらに目を向けてくる。

 「これかい?これは表向きは封印呪具さ。

 一定以上の力を持つ怪異化生を封じる……ね。」

 ただ、本質は違う。

 本当の名を『妖塊ようかい瓢箪』。

 この瓢箪は封じたものらを溶かし、混ぜ合わせ、1つにする力を持っている。

 どんな力の弱い輩でも、融かして1つに纏めて固めればある程度強くなる。

 式神を作る道具としては破格だ。

 けど、ある程度強くしたければやはり素体が強い方がいい。

 そんな訳で、素材集めに難儀している時に子供のかくれんぼ事件を聞いた。

 なんでも、強い力の子供ばかりが消えているらしい。

 だから、僕はここに来た。

 力の強い子供、力の強い化生のどちらかの素材が手に入ると思った。

 結果的に、三者を瓢箪に入れられた。

 「だけど残念だ。

 あそこまで知能があるなら縛ったまま式神にすれば良かった。」

 瓢箪の弱点は、純粋な力を加算出来ても、知能や他の要素は加算出来ない点だ。

 人を襲うのではなく、守ることが出来るのであればそのまま使えたのに……。

 「そこに入れば、皆一緒さ。

 じゃあね。中の皆に宜しく伝えて。」

 「まっ!……………」

 抵抗の出来ない子供は瓢箪に呑まれて消えていった。

 あの子供は中々力が有った。

 化生達もそう。

 でも、まだ足りない。

 もっと、もっと力が有る素体が欲しい。

 「さぁ、あと5人居る。死なない内に吸ってしまおう。」

 瓢箪は悪食。けれど、生きているものの方が吸いが良い。


 こうして、6人の子どもは相次いで失踪し、『6人のかくれんぼ事件』として、一時期世間を騒がせ、そして消えていった。

 そして………



 「さぁ、初陣だ。子共しきょう。」

 懐から取り出した瓢箪を逆さにすると、どす黒い液体が生き血の様に流れ出て来た。

 それは地面に吸い込まれず、固まり、積み上がり、形を成していく。


 造形を一言で表すと人の形。しかし、細部は醜悪そのもので人とは呼べない。

 手足は短い手足を積み木の様に積んでいた。

 目は大小様々16個が全身でぎょろぎょろと動き回り、そのどれもが正気がなく、生気がない。

 歪で歪んでいない所など無い。パーツを寄せ集めて無理矢理この形に押し込んだ様。

 「た て ス ケ ………アァ……」

 歪んだ口の中。本来舌のあるべき場所に更に口が有り、そこから空気を振るわせて音が漏れ出た。


 かくれんぼはもう決して終わる事は無い。

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