260 狂乱

「だ、だけど血がそんなに……」


 悲鳴に近いヒルダの声にふと視線を落とすと、地面にボタボタとドス黒い血が滴り落ちるのが見え、思わず目を見開く。

 冒険者になっても何度も怪我をしたし、命の危険を感じるようなことも味わってはいるけど、ここ最近滅多に感じない全身の寒気を感じて俺の顔が歪む。

 痛みと、体から何かが抜けていくような感覚に「放置はまずい」という直感的な感覚を覚え、俺は腹部を押さえる手で無詠唱の発火イグニッションをかける。


「くああああっ! ……ううっ……」

 手のひらで錬成された魔法の炎が焼き付くような痛みと、肉を焼くようなジュウッ! という音を立てて俺の腹部で光り、それまで滴っていた血液が嫌な臭いをたてて焦げ付くのがわかった。

 まるで腹部に何かを叩きつけられたかのような強い痛みと、ジクジクとした鈍い痛みが交互に襲うが地面にそれ以上の血液が滴るような感覚はない。

「クリフ!」


「大丈夫だ……傷口を焼いたから、出血は止まるはず……」

 こちらへ駆け寄ろうとするヒルダを手で制して俺は震える足に力を込めてモーガンに対峙する。

 そんな俺を見てモーガンは歪んだ笑みを浮かべると竜撃の牙ドラゴンボーンを構え直すが、次の瞬間彼女との間の地面に凄まじい数の骨の槍が突き出し俺の方へと向かってくるのがみえ、俺は咄嗟に横へと飛び退く。

 さっきも繰り出していた直線的に槍のように地面から突き出し相手を貫く魔法…/もしかして死霊魔術ネクロマンシーには俺や今の時代の魔法使いには伝わっていない特殊な魔法が存在しているのかもしれない。


「フハハハッ! 死者の槍ゴーストスピアを止めたときは驚いたけど、あの黒い腕を出さなければ難しいみたいねえ?」

 モーガンが再び竜撃の牙ドラゴンボーンを構えて俺に向かって突進してくる……いつもなら流れ出るはずの魔力がうまく錬成できない、いつものように構成まではなんとかなるのだが、大規模な魔法は難しいかもな。

 あの武器に再び傷をつけられたらしばらくは魔力自体を封印されかねないな、と判断し俺はあまり使っていなかった影霧シャドーミストを鞘から引き抜いて逆手に構える。


「黒い刀身……? 魔法の武器かッ!」

 モーガンが突進を途中で止めて、少し離れた間合いから竜撃の牙ドラゴンボーンを俺に向かって突き出す。

 この間合いだと確かに俺は小剣ショートソードで反撃できず相手の攻撃を受けることしかできないのだが、だがモーガンは所詮魔法使い、そして槍の一撃も戦士ほど鋭くない。

 以前見たロランの槍はもっと鋭く、見てからでは避けられない電光石火の刺突だった……それにアイヴィーの突きも俺の身体能力では回避することは非常に難しかった。

「本物の戦士の攻撃には満たないな、最初の攻撃以外は意外性が皆無だぜ?」


「く、この……ッ! がっ?!」

 表情を歪めて必死に竜撃の牙ドラゴンボーンによる突きを繰り出したモーガンの表情が変わる……やはり、彼女は魔法使いであり戦闘巧者ではない。

 モーガンが口元からゴボッと血を吐き出しながら背後へと視線を動かすとそこには彼女の背中に小剣ショートソードを突き立てるヒルダの姿があった。

「……許せない、クリフを……私の大切な人に傷を……しねえっ!」


「がはああ……っ……!」

 がくりと崩れ落ちるモーガンをヒルダはそのまま蹴り飛ばすと、体を支えることができずに地面に仰向けに倒れた彼女に馬乗りになって両手で握りしめた小剣ショートソードを思い切り突き刺す。

 首のあたりに一撃が入ったのだろう、モーガンの体がビクン! と跳ねるがヒルダはお構いなしにそのまま何度も小剣ショートソードをモーガンに突き刺していく。

 俺は慌ててヒルダを止めようと痛む腹を抑えながら彼女へと近寄るが、モーガンに馬乗りになったヒルダが少し口元を歪めて命を失った女魔法使いへと小剣ショートソードを突き立てる光景を見て一瞬あっけに取られてしまった。

「死ねっ! しねえっ!」


「ヒ、ヒルダ……もう死んでいる、もう死んでいるからやめるんだ!」


「う、うるさいいいッ! 邪魔するなああっ!」

 俺が彼女の腕を握ってその行動を止めようとしたが、興奮した状態だったのか怒りの形相で俺に振り返ったヒルダは俺を突き飛ばして地面へと叩きつけるとそのまま俺の腕に馬乗りになって小剣ショートソードを振り下ろす。

 あ、やばい、これフツーに死ぬやつだ……俺は思わず切先から目を背けるように目を閉じるとそれと同時にズトン! という音を立てて耳元に何かが突き刺さる音が響く。

 だが、痛みも何もない……頬にポタポタと冷たい何かが当たる感触があって俺は目を開けると涙をボロボロとこぼすヒルダが俺を見つめていた。

「……クリフ……」


 小剣ショートソードは? と思って視線を横に動かすと本当にギリギリ、顔の真横にヒルダの小剣ショートソードが地面に食い込んでいるのが見え、俺はなんとか命を失わずに済んだことに思わずホッと息を吐く。

 仲間の一撃を顔に喰らって死亡なんて冒険者の死因としては間抜けすぎるし、ヒルダにそんな業を負わせたら死んでも死にきれないしな……。

「ヒルダ、落ち着いたか?」


「……うん……ごめん……なさい……」

 俺が少し体をずらして上半身を起こしてから、そっと彼女の目からこぼれる大粒の涙を拭ってやる。

 しかし、ヒルダはなんで急に暴走したかのような行動に……? 疑問を感じつつもまずは彼女を労ってあげるほうが良いだろうと考えてそっと彼女の頭に手を添えて撫でようとした次の瞬間、彼女が思い切り俺の頭を胸の中に抱え込んだ。

 むにゅうっと発展途上だけど柔らかな感触が俺の視界を奪い、俺は思わず驚いて固まってしまうがヒルダは優しく俺の額に口付ける。

 俺の上に馬乗りになって……あれ? この体勢をよく考えると事案なのでは……? と俺が困惑するのも構わずに、彼女はそのまま顔をずらしていき、自らの唇で俺の口を塞ぐ。

「ヒル……むっ……やめ……う……」


 そして彼女の小さく細めの舌が俺の口内へと侵入し、そのまま蹂躙を開始する……細い体のどこにそんな腕力があるんだ? と思うのも束の間、一瞬体の奥底にある何かが熱を持ったような感覚に襲われる。

 そして堰き止めていたはずの理性が掠れるように失われていき、俺は夢中になってヒルダの体を引き寄せるとそのまま彼女を強く抱きしめる。

 ヒルダと俺の口元にはぬらぬらとした唾液が溢れ始め、お互いの唇を貪るように求め合う音が俺たち、そしてモーガンのまだ暖かい死体以外にない空間に淫雛な音を立てていく。


——俺はそのヒルダが普段見せないような表情と、柔らかい唇……からみ合う舌の感覚に何かが壊れていくようなそんな感覚を覚えていた。

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ゲームプランナー転生 異世界最強の魔道士は企画職 自転車和尚 @bicycleosho

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