259 流血

「……するとあの混沌の門ゲートオブケイオスに君たちの仲間が敵を追いかけて消えた、と」


「はい、後に残された巨人兵士スパルタンに足止めされて私たちは後を追いかけることができませんでした」

 針葉樹の槍コニファーはアドリアの言葉に顎に手を当てたまま考えるように答える……中性的な顔立ちの彼が考え込むような仕草を見せるとその場に沈黙が訪れる。

 どうもこの奇妙な間は慣れないな……とアドリアは考えているが、目の前の森人族エルフが伝説的な傭兵団の団長であり、この世界に生きる傭兵たちの間で恐れられる脅威の存在であると、興奮気味にロランから伝えられたが……正直言えばアドリアやアイヴィーにとってみればそれがなんだ、という気にしかならないのだが。

「あの……助けていただいたのは有難いのですが、仲間を追いかけないと……」


「やめた方がいい、君も学んだのであれば星幽迷宮アストラルメイズは知っているだろう?」

 星幽迷宮アストラルメイズ……太古の魔法使いたちによって開発された入り込んだものを殲滅するための防衛機構、空間の狭間に設置され侵入者を確実に殲滅するための無敵の城砦。

 この時代においては伝説となっているが、数多くの魔法使いがこの迷宮メイズを構築する研究を続けていると言われている。

 まさかその防衛機構が目の前に現れるとは思っていなかったアドリアだが、この迷宮メイズの厄介な部分は魔法大学で散々に説明されており、針葉樹の槍コニファーの言葉に彼女の冷静な部分が納得しているのを感じる。

「確かに星幽迷宮アストラルメイズは危険なことは理解しています、でも……仲間が危険に晒されているのに黙っているわけには……」


「仲間を想う気持ちは理解している、だからこそクリフ・ネヴィルは君たちに危ない賭けを望むだろうか?」


「……なんで貴方にそんなことがわかるんですか?」


「トニーから聞いている、クリフ・ネヴィルは愛するものが望んで死地に赴くのを良しとはしないだろう……」

 針葉樹の槍コニファー翠玉エメラルドの瞳がアドリアとアイヴィーに向けられる……ぐっ、と言いたい言葉を飲み込んで二人はほんの少しだけ頬を紅潮させる。

 まるで心の奥底を見抜かれているような、何もかもが知られているような不気味さを感じるが、思いの丈をじっと見つめられているような気がして羞恥心を掻き立てられる。

「……そ、それはそうですけど……」


「どちらにせよ時間をおいて星幽迷宮アストラルメイズに侵入した場合、別の場所へと飛ばされる危険すらある、今からでは機を逸している」

 その言葉にアドリアが反論しようとして言葉を詰まらせる……そうだ、学んだ知識では星幽迷宮アストラルメイズは侵入者を殲滅するための機構、侵入する時間によって場所が変わるなど普通に起きるだろう。

 反論がないと判断したのか、針葉樹の槍コニファーは黙って近くの木の根元に向かうとそのままドカッと腰を下ろす。何をしているんだ? と全員が呆気に取られていると彼は懐から少し長めのパイプを取り出し、火をつけて軽く煙を吐き出す。

「クリフ・ネヴィルが私の認識している存在なら、星幽迷宮アストラルメイズなどでは死なない。君たちがやらなければいけないことは彼を信じてここで待つことだ」




「クリフっ!」

「ダメだ、離れろ!」

 腹部に突き刺さった骨の槍がそれ以上食い込まないように柄を握る……モーガンの膂力はそれほど強くないため俺の腕力でも十分抑えることができる。

 だが油断した……魔法使いが接近戦を仕掛けてくるなんて普通思わないからな、腹部には焼けた鉄が押し当てられたように鈍い痛みが走り苦痛に顔が歪む。

 しかも突き刺さった傷口から漏れ出すように魔力が逃げていくのを感じる……神話ミソロジー級武具は厄介だと知っていたはずなのに。


 竜撃の牙ドラゴンボーン……確か神話ミソロジーに英雄と戦った巨竜が死んだ後、その骨を百腕巨人ヘカトンケイルを受け取った。

 巨人はその手に握る武具を作ろうと考え、様々な武器を作り出した……クラウディオが握っていた骨砕きボーンクラッシャーもそのうちの一つ。

 竜が珍重されるのはその骨にも特殊な魔力が篭ることだ……骨砕きボーンクラッシャーは相手の肉体を粉々に砕く能力を持っている。

 そして俺の腹部に突き刺さっている竜撃の牙ドラゴンボーンは、どうやら相手の魔力を吐き出してしまう効果を持っているらしい。


「う、うげええっ……こ、こなくそ……」

 腕に力を込めて無理矢理に押し戻していく……モーガンはそれ以上突き刺すことが難しいと判断したのか、舌打ちをすると一気に槍を引き抜き、大きく後ろへと跳躍して距離をとった。

 引き抜かれる時にさらにずるり、と何かが抜けた気がして呻き声を上げてしまう……寒い……出血はそれほど多くないのにそれ以上に魔力がそのあたりに撒き散らされている感覚がある。

 モーガンはそのことに気がついたのか侮蔑の表情を浮かべて吐き捨てた。

「あらやだ、貴方どれだけの魔力を体に取り込んでるのよ、気持ち悪いったらありゃしない……」


「く、クリフ! こ、こんなに血が……ッ!」

 膝をつく俺を心配してヒルダが俺の元へと駆け寄るが、彼女は恐怖と混乱で涙を流しながら出血を止めようと必死に俺の腹部を両手で押さえる。

 俺は大きく息を吸い込む……いや大丈夫出血はすぐに止められるし、魔力も再び集めることができる……少しつづ何かが漏れ出すような感覚はあるが致命傷じゃない。

 俺はボロボロと涙をこぼすヒルダにそっと微笑むと、ゆっくりと立ち上がる。


「……お前だって変わんねーだろモーガン。人の身でそんな化け物武具使ってるやつなんざ見たことねえぞ?」

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